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6話/ 公爵令嬢の夢の中・彼女は再び場を凍らせる

 ◇◆◇◆◇◆



 王子の部屋のドアの外で入室が許されるのを待っていた少女は、人形かと見まごうばかりでした。

 その顔は愛らしさを持ちながら作り物のように硬い無表情で、豪華な衣装を纏った小さな身体は声をかけられるまで微動だにしなかったからです。


「どうぞ。殿下のお許しが出ました」


 侍従がドアを開け、招き入れます。少女はしずしずと進み、ドアの正面である部屋の奥に目を向けます。

 奥には大きな窓があり、その手前にやはり大きな書き物机が設えてありました。

 窓を背にして書き物机の前に座っているエドワード王子の漆黒の髪は、差し込む陽光を弾き虹色にキラキラと輝いています。


(わぁ……まるでアレみたい……)


「ヘリオスの妹だったか。名乗っていいぞ」


 王子は少女に目もくれず、机の上でペンを動かしながら言います。

 少女がスカートを摘まみ淑女の礼をすると、彼女の銀の糸のような髪がさらりと小さな音を立てました。

 その薔薇色の唇から、一所懸命に言葉を紡ぎます。


「でんか、ごきげんうるわしゅう。アキンドー公爵家のディアナでございます。ふだんからワタクシの兄となかよくしていただき、ありがとうございます。ワタクシともぜひ、おみしりおきを」


「うむ」


 ふうっと息を吐くディアナ。その途端、先程までの氷のような硬い表情が融け、子供らしい顔つきに戻りました。

 練習してきたセリフをトチらず言えエドワード王子の前で粗相をしなかった事に満足して、後ろについていた侍女のドロランダにドヤ顔をして見せます。


「……なんだ? もう下がっていいぞ」


「えっ」


「ああ、父上と公爵に、一緒に話をするか遊ぶかしてこいと言われたんだろう? だが僕は見ての通り忙しいんだ。二人には僕からちゃんと言っておくから、王宮の中でも見物して時間を潰してくれたまえ」


 そう言いながら、ディアナの方は見ずにひたすら机の上の本を読み、メモを取る王子。ディアナは傍らに控えていた王子の侍従に質問します。


「でんかはおしごとなのですか?」


「仕事と言えばそうですね。この後王宮の教師が来る予定なので、事前に質問する内容をまとめておきたいと自主的に勉強されているのです」


「おべんきょう……?」


 ディアナはエドワード王子の机に近づきます。


「……なんだ。侍従(そいつ)に案内して貰え。お前は西の国から来たんだろう? 王宮見物など滅多にできないぞ」


「けんぶつします。おべんきょうを」


「は?!」


「おべんきょうすると、お金をいっぱいかせげるのだそうです。だからワタクシもおべんきょうがしたいです」


 王子の表情は先程まで厳しく自分を律した硬いものでしたが、びっくりした拍子に年相応のあどけなさを覗かせました。王宮の侍従や侍女達も表面上は落ち着いているものの内心は驚いています。

 数瞬の間があった後、王子が顔を歪め口を開きました。


「はぁ……金か。公爵家の娘がこんなに金に汚いとはな。ではこれでもやるから行け。純金製だ」


 汚いものでも見るようにディアナをチラリと見たエドワード王子は、机の上の小さな文鎮を端の方に押しやります。

 この国の第一王子が公爵家の娘に自分のものを下賜すると知って流石の侍従達も今度は慌てだしましたが、ディアナの反応に更に驚かされる事になるのです。


「いりません」


「はあ? 何故だ!?」


「えっと……えっと……(標準語で)なんと言えば……」


 睨み付ける王子に、もじもじするディアナ。


「いいから早く言え!」


「!!……っ、そんなもん、貰う(いわ)れが無いからやろ! 王子様の癖にそんな事もわからんなんてアホちゃうか!?」


 先程までの可愛らしい標準語(外面)から一転、カンサイ弁で啖呵を切ったディアナに、ドロランダ以外のその場の全員が腰が抜けるほど仰天しました。

 ドロランダは「あちゃー」という感じで額に手を当てています。


「私は施しを受けたいんやのうて、将来自分で稼げるようになりたいねん! もちろん自分でも勉強はしとるけど、この国の王子様なら最高の教育を受けられるんやろ? ケチケチせんとちょお見せてや!」


「…………あ、ああ?……いいぞ」


 王子は半ば呆然としつつも、読み終わり傍らに積んでいた本のひとつを手渡します。

 ディアナはふん! と鼻を鳴らして椅子のひとつにちょこんと腰掛け本を読み始めますが、暫くするとプルプルと小さく震え始めました。


「なんだ? 読めないのか?」


(……まあ当然だな。同い年のヘリオスすら、かなり知識は持っていたが僕についてくる事はできなかった。さらに彼の妹の年となれば文字が読めてもこの本の内容はまだわからないだろう)


 ディアナは悔しそうに王子を見た後、本のページを素早く繰っていきます。


「…………ここ! ここは読める!」


「ふうん? どこだ?」


「"この国が統一されたのは、約150年前。それまでは幾つかの小国が覇権を争っていた。他国に攻めいられたバクフ王国が機転を利かせて返り討ちにし、それをきっかけに周りの国と同盟を組んで戦い、徐々に大国になっていった。そして150年前の東西の決戦が勃発する。"」


「ほう」


「"西の大国であったカンサイ国に勝利した東のバクフ王国は、カンサイ王を、"…………う?」


 詰まったディアナをフォローする王子。


「"蟄居(ちっきょ)"だ。隠居させ、住まいから出られなくする。幽閉よりは優しい扱いだ」


「…………"蟄居させ、その姫を腹心の部下の妻にして部下にカンサイ地方を治めさせた。カンサイ国と同盟を組んだり、ギリギリでバクフ王を裏切った小国の王族や貴族達は殆どが幽閉されるか、その領地を取り上げられ外様(とざま)貴族として辺境の各地へ送られた。"」


「ふむ……よく読めてるな。だがこれは君の先祖のことだ。当時のバクフ王の腹心の部下というのが王の末弟であり初代アキンドー公爵でもあるから、君にはバクフ王家と元カンサイ国王家の血が流れている。だからこれを知っていても不思議ではないな?」


「むぅ…………ここも読めるわ! "当時は常にどこかの国が争いを起こしていた為、国民からの納税は殆どが麦をはじめとした食料であった。その税を使って兵糧とする事が多かった為である。国が統一され、平和が続くようになると食料以外の物を納める者が増えた。特に人気が出たのは少量で持ち運びが可能で莫大な価値を生む金銀宝石である。"―――つまり税に金銀が採用され、金貨や銀貨等が造られるようになったって事やろ?」


「……なるほど。金を稼ぎたいと言うだけあって、それに絡む話も強いんだな。大したものだ」


 エドワード王子はその翠の目を初めてにこやかに細めてディアナを見ました。


「ディアナとか言ったな。その本はお前にやる。次に会うことがあれば、その時にもう少し本の内容について話ができるように読んでおけ」


 ディアナはその本を抱きしめ、瞳をキラキラさせて王子にお礼を言います。


「ホンマにええの? ありがとう!! ケチとか言うて悪かったわ!」


(                     )

╰━━━━━〇━━━━━━━━━━━━━━╯

    O

   O

  ゜


 窓から眩しい朝日が差し込み、小鳥のさえずりが遠くから聞こえます。

 彼女の長い銀の睫が震え、ゆっくりと目蓋が開きました。


「―――――――?」


 ディアナは寝床から身を起こし、額に手を当て首を振ります。


(何の夢か思い出せん……なんか、小さい頃の夢やったと思うけど……大事なような、思い出したらアカンような……)


 彼女が首を振るたび、その銀の糸のような髪がさらりと小さな音を立てました。



 ◇◆◇◆◇◆



 翌週。王立学園でディアナは一刻も早く帰りたくてたまらなくなりました。

 学園の生徒の皆の視線が突き刺さりむず痒さを感じていたのです。


 以前からディアナは学園内で標準語の外面を使うのが疲れるのでカレン以外を遠ざけ無表情を貫いた結果、見事な孤高の存在(ぼっち)として遠巻きにひそひそと噂をされる存在だったのですが、今回はなんだか様子が違います。


 先週末廊下でシャロンを泣かせてしまったのが悪い噂を生んだのだと最初のうちは思っていました。

 その後にアレスとシャロンがそれぞれその噂を否定してくれたと聞いていたのですが、何かその噂が更にねじ曲がって伝わっているのかもしれません。

 噂をしているらしき数人と目が合うと今まで皆は目を逸らしてさっと逃げていたのに、今日はニコニコされる事が多いのです。中には目礼をする者までもいます。

 ……生暖かい雰囲気とでも言えばぴったりでしょうか? なんとなく居心地の悪いような。


「ディアナ様! ディアナ様、聞いてください!」


 自称"取り巻き"の令嬢の内の二人が、小走りで教室に入ってきました。

 ディアナはどうせくだらない話をするのだろうと思いオートモードに切り替えようとした刹那、


「あの、ハニトラ男爵令嬢が、今度はヘリオス様に言い寄ってるんですよ!!」


「え?」(お兄様、約束通りフェリア嬢に接触してらっしゃるの!?)


 思わず目を見張ったディアナの反応に、いつもは無視か会話をぶったぎられている二人が大喜びで口々に言います。


「あの麗しのヘリオス様! ディアナ様のお兄様ですよ」


「今二人が中庭の木の下に立って話しているのを見たんです!」


「あの女、こーんなあざといポーズしちゃって!」


 令嬢の一人が両手を拳にし、口元に持ってくるポーズをして見せました。

 口にはとても出せませんが、目の前のご令嬢はともかくフェリアなら見た目の愛らしさをより引き立てて殿方の心を射止めそうな所作です。


「エドワード殿下だけでなくヘリオス様にも言い寄るだなんて、あの女厚かましいと思いませんか!?」


「男爵の庶子だと聞いたわ! ほぼ庶民の癖に!」


「ちょっと身の程をわきまえるよう注意してやりましょうよ!」


 他の"取り巻き"も加わり、フェリアを糾弾せしと口々に言います。まさか(カレンが唆した為に)兄の方からフェリアに近づいたからそっとしておいて、とは言えません。


 かといって彼女達の言葉は淑女としては攻撃的かつ下品なものです。無関係なら目を背け聞かなかったことにすれば良いのでしょうが、今まさに巻き込まれそうになっている身としては全力で否定をしなければ自身の品性まで周囲に疑われかねません。

 困ったディアナは思わずいつもの冷たい口調で彼女らに言いました。


「貴女方には殿下も、兄も、ハニトラ男爵令嬢も関係のない人間でしょう? それでよく赤の他人に対して身の程をわきまえるように、なんて傲慢な事を言えたものね。見苦しいわよ!」


 教室内がシン……と静まり返り、ディアナは言い過ぎた事にすぐ気づきました。"取り巻き"の令嬢たちは真っ赤になって涙目で震えています。これは恥をかかされた怒りの震えなのだという事は流石のディアナでもわかります。


 しかしディアナの指摘は事実であるからこそ彼女らは真っ赤になっているのです。進んで謝罪や前言撤回をするのも違うでしょう。


「……失礼するわ」


 無表情のまま、しかし内心はとても気まずい思いでディアナは教室を出ます。


「おっと、失礼」


 教室のすぐ外に立っていた男性が詫びながらするりと避けて道を開けます。その相手がアレス・ノーキンとわかり、今のやり取りを聞かれたかもしれないと一層暗い気持ちになるディアナ。


(また冷たい姫様、とからかわれるわね)


 しかしアレスはニコニコと、ディアナの後ろに付いてきたカレンに近寄ります。


「カレンちゃん、今日も可愛いね」


「ノーキン様、"ちゃん"付けは止めて頂けませんか」


 苦笑いで、しかし愛想は失くさずに対応するカレンの手をぎゅっと握るアレス。


「じゃあなんて呼べば良い? カレン様、だと他の男と差をつけられないから嫌だな」


「男女の事は呼び名より、まずはお互いを知り心の距離を縮める事が先でございましょう?」


「ハハハ! そりゃそうだ。じゃあ今度デートしてくれる?」


 さりげなく握られた手を離しながら伏し目がちに答えるカレン。


「……私はお嬢様のお側を離れられませんので、学園のカフェテリアで皆様とお茶程度でしたら」


「ちぇ、……まぁいいか。じゃ約束だよ。またね!」


 去っていくアレスを見て、まるでつむじ風のような勢いだと思いながらディアナが歩きだそうとすると、カレンがそっとアレスが去った方向とは真逆の方を目で示し呟きます。


「お嬢様、移動致します」


(あら、口説いていたのは偽装だったのね)


 いつの間にかカレンの手の中には小さな紙片が収まっていました。


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