4話/ 公爵令息は美形だがちょっとオカシイ
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「で、フェリアさんの事なんですが。お嬢、すんません。なにもわかりませんでした」
それは同じ日に公爵邸に帰宅してからのこと。カレンが珍しく申し訳なさそうな顔でいます。今日はカレンの百面相やな、と思いながらディアナは紅茶を飲み、カンサイ弁で返しました。
「……なにも?」
「表向きの顔は、今まで漏れ聞いてきた事と完全に一致してますわ。男爵の愛人の娘で途中まではちょっと裕福な程度の庶民暮らし。愛人であった母親が亡くなったのを切っ掛けに、ハニトラ家の養女になってます」
「……裏の顔は全く出ぇへんの?」
「まったく報告に上がってきません。エドワード王子との出会いは1ヶ月ちょっと前、フェリアさんが王立学園に編入してきてすぐに王子の目の前で転んでドジっ子ぶりを二回披露。そこから何度か偶然に学園内で会い、話をするようになったらしいですわ。王子の腕に絡み付きながら、ずっと一緒にいたいとねだる姿を他の生徒に何度も目撃されてます」
今日カレンが所用で少しディアナから離れていたのはこの辺りを学園内で探るためだったのです。
しかし、フェリアの事をアキンドー公爵家の手練れのシノビ達が探れないとは、とディアナは驚きました。
彼女はもう一口紅茶を飲み何か苦いものを感じます。舌の上に紅茶の渋みが広がったのかと思いましたが、それは心の中の苦いものと、得体のしれない疑問とがぐるぐるとない交ぜになったものかもしれません。
「裏の顔が無くて、見た目があれほど可愛くて、一緒にいたいとねだる所はちょっと礼儀知らずやけど情熱的。……そんなフェリア嬢と偶然にエド殿下が出会い、殿下は彼女に夢中になって婚約を破棄したいと私に言う……辻褄は一応あってるけど……なんかおかしない?」
「そんな可愛いもんじゃないです。気色悪いですわ」
「そやね……でも、うーん……そもそもどこかの間者なら、こないだカレンが言った通り既に王家のシノビが掴んでいそうやし……」
「まあそうですが、一応他国や国内の反王家派の勢力から送り込まれた刺客とかの線も考えた方がええかもしれません。ちょっと他の方法で探ってみようかと思てます」
そんな会話をしていると、ディアナの自室のドアをノックする人がいます。
「ディア、ちょっといいかい?」
「お兄ちゃん? どーぞ」
ドアを開け、美しい笑みで颯爽と入ってきたのはひとつ上の兄、ヘリオス・アキンドー公爵令息です。
この国の財務大臣でもあるディアナの父、アキンドー公爵の跡目を継ぐ存在として同い年のエドワード王子とも親しくしている存在です。
「おお、今日も相変わらず我が妹ディアはこの国一の美しさだ。眩しくて目が開けられないよ」
春の光のような明るい金髪に、グレーに近い淡いブルーの瞳。陶器のような白い肌を持つ美形の見本のような男である兄のヘリオス。彼が自身の美しさを差し置いて妹を国一番と褒め称える姿はちょっと白々しくもあります。
幼少期から彼が各所から「天使だ!」と賞賛されていたのを真横でずっと見ており、尚且つ自分はそのおまけでお世辞を言われるばかりだったディアナは、白々しいを通り越して寒気すら感じていました。
「はいはい。今日も相変わらずお兄ちゃんはきっしょいな」
彼女の挨拶に、その兄は額に手を当てため息をつきます。
「……ディア、ここは王都だぞ。いくら自分の家だからと気を抜いてカンサイ弁を使っていたら、いざという時にボロがでるぞ」
「御言葉ですがヘリオス様、お嬢様は外ではオートモードを多用されているので言葉遣いでミスをされたことはございません。心の中まで標準語でお話しています」
(カレン……なんで私の心の中まで読めんの)
「オートモード?……ああ、あれか」
カレンの反論に、ヘリオスはその美しい眉根を寄せます。
「あれ、もうちょっと愛想よくできないのか?……いやしかし、お前の名前の通りディアナのような美しさで微笑まれたらどんな男も心を蕩かされるだろうな。……ふっ、やはりその罪作りな笑顔は俺だけに見せてくれればいいか」
(気持ち悪過ぎる!! 鳥肌が止まらんわ……)
ヘリオスの言葉に体感温度が―5度程下がったディアナは、敢えてオートモードではなく意図的に笑顔と標準語のナイフで兄に切りつけます。
「こほん。……先程はお国言葉で失礼致しました。改めてご挨拶致しますわ。……お兄様は今日もとっても気持ち悪くおぞましい存在ですわね。今すぐにワタクシの前から消えてくださらない?」
それを聞いていつもはにこやかな仮面を被っている兄があきらかにショックを受けた顔になります。尤も、それも演技かもしれませんが。
「おお愛するディア、なぜそんな事を言うんだ?俺の胸は張り裂けそうだ!」
「実の妹以外の女性にそんな事を言わないからです。ワタクシがエドワード殿下の婚約者でなければ、ワタクシ達兄妹はあらぬ疑いをかけられるところでしたのよ」
「だってディア以上に美しくて可愛い女性が居ないんだから仕方ないだろう!」
自信満々で言いきる兄に、今度は妹が眉を寄せ顔をしかめる番でした。
ディアナは決して醜女では無いですが、王都で彼女に面と向かって『美しい』や『可愛い』などと言うのは公爵家の家族と使用人くらいのものです。あとは明らかなおべっかを使ってくる自称"取り巻き"のような人物のみ。
持って産まれた物ですから仕方がないのですが、その大きくて吊り上がった目で見つめるとよほど恐ろしいらしく、話相手が委縮して言葉を失う事が過去何度もありました。
また、王都ではかなりの割合で無表情でいるか、オートモードを駆使し、おべっかを使う相手はバッサバッサと氷の微笑で切り捨てる冷酷な態度ですから、誰も『美しい』や『可愛い』と言わないのも当然かもしれません。
一方の兄といえば、『名は体を表す』と言いますがヘリオスの名に相応しい端正な顔とそつのない態度で世のご婦人方の人気を集めています。
しかし各所から婚約の打診やパーティーのエスコートの申込みが殺到しているものの、誰一人口説きもせず断り続け、いまだに婚約者が決まらない状況です。
妹にだけはゲロ甘な(まさにゲロが出るほど気持ち悪い)事を言うのですから、母である公爵夫人が気を揉んでいます。
(……私とお兄ちゃんが男女逆なら良かったのに……)
もしディアナが男なら公爵の跡目を継いで領地経営に精を出すことができたでしょう。また、腹芸が苦手なので財務大臣は無理だとしても金勘定に絡む補佐官としては割と優秀な筈です。
ヘリオスは金勘定よりも父の社交性(表向きの愛想の良さと裏側の腹黒さ)を受け継いでいます。王子の婚約者を利用しようとわらわらと寄ってくる不届き者も、ディアナのように切り捨てるのではなく笑顔でかわして逆に利用する事まで可能ですし、シノビの使い方も心得ています。兄のような女性なら王子を表と裏で支えることができたでしょう。
ディアナがそんな妄想を自分で考えてちょっぴり悲しくなっていると、突如カレンがこんなことを言い出しました。
「お嬢様以上の女性……ではフェリア・ハニトラ男爵令嬢など如何でしょうか?」
「「は?」」
兄妹は驚いて同時にカレンを振り返りました。彼女の目が、イタズラでも思い付いた子供のようにキラキラしています。
「あのピンクブロンドの髪。サファイヤブルーの瞳。薔薇色の頬に甘く高い声。庇護欲をそそる壊れそうな細い腰。魅力的じゃないですか?」
「いやいや、我が妹の魅力には遠く及ばん! ディアが月ならあいつはせいぜい路傍の石だな」
「その石が宝石の原石と言うこともございます。何よりエドワード王子を1ヶ月で籠絡したんですよ。王子にはディアナお嬢様と言う至高の存在がいるのに!……それほど素晴らしい女性なのか確かめたくなりませんか?」
「カレン……貴女」
「カレン、お前……従者のくせに主にその女を探ってこいと言う気か?!」
「何度も申し上げておりますが、私の主はディアナお嬢様です。お嬢様の為なら何でもするつもりですわ。ヘリオス様もお嬢様を想う気持ちは同じではないんですの?」
「ぐっ……」
カレンの瞳に今度は意地の悪そうな光が満ち、それをニイッと細めました。
「あら、普段あんなにお嬢様を褒め称え、愛していると仰っていたのはお得意の演技でしたのねぇ? お嬢様に婚約破棄という不名誉な危機が迫っているのに自らお調べもされないなんて……」
「ふん、ではシノビに調べさせる」
「もうやらせましたが、大した成果はありませんでした。フェリア嬢は高位貴族の若い独身男性にしかご興味がないようですから、私が直接接触するのは難しくて……その点ヘリオス様なら適任ですわね?」
「……クソ! やればええんやろ!」
カレンはニッコリしてこう言います。
「はい。坊、頼んますね」
ディアナは心の中で「お~」と感嘆の拍手をしていました。流石は小さな頃からアキンドー兄妹と一緒に育ったカレンです。この兄にカンサイ弁を……素の言葉を言わせる女性など、カレンと元世話係のドロランダ以外にそうはいないでしょう。
「ではお嬢様、これから例の護身術の訓練に参りましょう。ヘリオス様、失礼致します」
カレンは難しい顔をした彼をそのままに、ディアナを部屋から連れ出しました。