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3話/ 公爵令嬢は才能(商売)の原石を見つける

 ◇◆◇◆◇◆


 ディアナ達は王立学園の一部屋、応接室を借りてシャロンを長椅子に寝かせました。

 ここまでシャロンを抱えて運んでくれたアレスは、物見高い生徒達が勝手な噂話をしないよう鎮静すると言って出ていきました。

 ……が、騎士見習いのアレスがあの銅鑼声で「苛めじゃないから!」と言ってまわれば逆効果ではないか……とディアナとカレンは少しだけ心配ではあります。


 医者を呼び診て貰ったところ、シャロンはショックで一時的に気を失っただけの様でした。

ディアナは彼女が目覚めるまで付き添うという体で応接室に残り、彼女がしたためた文章を読んでいました。

 ちょっと迷いはしたのですが、読んでも良いかというディアナの問いにシャロンは一応「はい、どうぞ」と言いかけていましたし、何よりもその文章に惹かれてしまい読みたくて仕方なかったのです。


「……ふう」


 読み終わったディアナは思わず瞳をキラキラと輝かせて幸せな溜め息をこぼしました。

 先程、アレスが拾った一枚……シャロンが書いた恋愛小説『王子と凍える赤薔薇姫』の1ページ……の詩的な表現に彼女の非凡な才能を感じていましたが、それを最後まで読んだ今は尚一層強く感じ、彼女の将来性にワクワクしていたのです。


「…………ううん……」


 シャロンが目覚め、カレンが傍に寄ります。ディアナも普段の無表情の上にとびきりの笑み(のつもり)を乗せ、優しい声をかけるように努めました。


「ご気分は如何ですか? シャロン・ソーサーク様。お紅茶でも用意させましょうか?」


「……ひっ!!! あああもっ申し訳ございません!!!」


 飛び起きてまたもや土下座しそうになるシャロンをカレンがさっと止めます。


「どうか落ち着いてくださいませ。そんなに取り乱されては、ワタクシが苛めているみたいですわね?」


「はっ……」


 それを聞いた途端に謝罪こそぴたりと止めたものの、何か長いものでも丸飲みしたような不思議な表情のシャロン。


「何か悪いことでもなさったのですか?……例えば、盗作ですとか?」


「違います!! 盗作なんてしてません!! これは私の作品です!!」


「では何故謝罪をされているのですか?」


「あの、……そんな話を書くなんて……私は(ゆる)されないかと……」


 ディアナはその後に言葉が続くのかと思い待ちましたが、シャロンはモジモジしてあまり要領を得ません。


「何故赦されないとお思いですの? 先程全て読ませて頂きましたわ」


「ひぇあっ!!?」


「とっても素敵な恋愛小説ですね。貴女には素晴らしい才能が眠っていると思いますわ」


「えっ……えっ……ディアナ様、怒っていらっしゃらないんですか……?」


 怯えながら聞くシャロンの疑問にディアナは内心首を傾げました。貴族の娘がこっそり恋愛小説を書いている事を、人によっては『はしたない』と責めるかもしれませんが、ディアナが怒る筋合いなど無い筈です。


「何故ワタクシが怒るとお思いに? 破廉恥な内容も無かったですし、内容も恋の表現も読んでいて楽しいですし、何より女性なら『こんな恋をしたい、好きな男性と永遠に添い遂げたい』と誰もが憧れときめくのではないでしょうか?」


「……!!」


 シャロンの青白かった頬に徐々に赤味が差してきました。表情も一気に固さがとれています。


「シャロン様……とお呼びしてもよろしいですか?」


「いいいいいえ!! 勿体無いです。呼び捨てにしてください!!」


「そういう訳にはいきません。シャロン様、貴女は先程一人で隠れてこれを書いたと仰せでしたけれど、貴女の師となる方や、貴女の文章の才能を認めた支援者(後ろ楯)はいらっしゃらないのですか?」


「そんなのいません! 本当にこっそり勝手に書いただけなんです! 父も母も知りません!……ただ、友達には完成したら読ませる約束をしていましたけど……」


 首を横に振るシャロン。栗色の前髪が揺れ、その下の大きな茶色い瞳も揺れている様がとても可愛らしく見えます。


「じゃあワタクシともお友達になってくださる? 貴女の書いたもの、また是非読みたいわ」


「いいいいいえ!!! そんな、そんな恐れおおいです!!! それに私の書いたものなんてディアナ様を侮辱するようで……」


(侮辱? 先程から赦されないとか怒るとか、何故そんな事を仰るのかさっぱり理解できないわ。ワタクシ、やっぱり人付き合いはちょっぴり苦手みたいね……)


 シャロンの心の内には悪いものはなさそうとはわかるのですが、それ以上細かく読むことはできない事に少しだけ落ち込むディアナ。

 が、元々無表情気味の顔ではそれを気取られることもありません。彼女はそのまま話を続けます。


「そんな事ないわ。それにね。ワタクシ個人の小さな力だけど、もしよろしければ貴女の後ろ楯になりたいと思ってるの」


「ふえぇっ!?」


「貴女には素晴らしい才能が眠っているけれど、まだ原石だわ。貴女さえよければ、今度ワタクシの家庭教師が文章の添削と指導をするよう手配をしたいのだけれど」


「えっ、あのっ、えっ……本当に……?」


 シャロンの顔がぱっと明るくなり、顔色もかなり赤くなりました。瞳も潤んでいるかのようです。とても嬉しいのでしょう。


「ええ。それで才能を宝石になるまで磨き上げることができたら素晴らしいと思わなくて?……我が公爵家は、本を出版や販売する商会にも顔が利くのよ」


「本!?……えっ、この話を本にしても、良いのですか……?」


「勿論もっともっと磨いて更に素晴らしい物になってから……という将来の話ですけど。その為にまずは添削と指導を受けてみてくださいな」


「……あっ……あのっ……ありがとうございます!! ディアナ様の公認を頂けるなんて……私、もう死んでも良いです!!」


 先程とは違う種類の涙をこぼしそうなシャロン。流石にこれは純粋に喜んでいるのがディアナにもわかりました。

 でも公爵家ではなく、あくまでもディアナ一人の後ろ楯と伝えたのに『公認』という言葉は少々格式張っています。死んでも良いというのもいささか誇張された表現のような気がします。


(でも、作家の表現力は豊かなものだからつい誇張されるものかもしれないわ)


「いやだわ、大げさです。今度お手紙を出しますわ。家庭教師を寄越しますから都合のよい日を考えておいて下さいな」


 ペコペコするシャロンにもう少し休んでいくように言って、ディアナとカレンは応接室を出ました。


「……お嬢様、本当にいいんですか?」


「何が? カレンも少し読んだでしょう? 彼女は天才よ。もっと磨き上げてから将来うちの息のかかった商会で本を出せば相当な売り上げになりそうだもの。貴族の娘という身分が問題なら覆面作家として活動すれば良いだけだし」


「……あぁぁぁ、やっぱりお金の事しか考えていなかったんですねぇ……」


 頭を抱えたカレンに、侮辱されたように感じて言い返すディアナ。


「失礼ね! お友達になって欲しいというのも本当よ! シャロン様はゴマすりしてくるあの嫌らしい令嬢達と違って下心はなさそうでしょう?」


 まるで何かに打ちのめされたような表情のカレン。いつもの彼女とは全く違う態度です。


「いや、そんな意味じゃないんですわ……シャロンさんには下心は無いですけど……」


「じゃあ何? まさか子爵令嬢では不満なの? 元々王都での友達がいない私と仲良くしてくれそうなのに、家柄を気にしている場合かしら?」


「や、それはええんです。ただ下心ではないですけど、彼女はお嬢に対する別の気持ちがあるというかなんちゅーか……それに本にするとなるとぎょうさん問題が……」


「カレン、言葉が」


 カレンはヒュッと息を吸い、即座に標準語で従者らしい態度に戻りました。


「失礼致しました。ちょっと考えることが多過ぎて若干キャパオーバーしました」


「そんなに考えるほど、シャロン様は怪しく見えたの?」


「いいえ。お嬢様のお友達には良いと思います。……ただもし将来本を書かせるなら、覆面作家になって貰うのは必須です。内容も添削ついでに修正して……尚且つ表向きはアキンドー公爵家とは無関係なように見せた方が良いでしょう。新規で商会を立ち上げるか、どこかを買収するかですね」


「……なぜ? 破廉恥な内容ではないんだから、うちと関係ないようによそおう必要はないんじゃなくて?」


「大有りですよ!! 後で気づいてベッドをゴロゴロ転がるような真似をされても知りませんからね!!」


「……?」


 カレンのちょっと怒ったような呆れたような態度を理解できず、ディアナは困惑しました。

 小さい頃から一緒にいる姉妹のようなカレンの気持ちですら読めないことを歯がゆく思い、次いで一つの可能性に思い当たります。


「大丈夫よ、カレン! もしワタクシに心から信頼できるお友達が沢山出来ても、一番の親友は貴女だから」


「……はぁ?!」


(ああ、やっぱり読み間違ったのね。友達とはある程度距離を取って付き合って! 万一裏切られてベッドで泣き暮らしゴロゴロするぐらいなら最初から信じるのは自分(カレン)だけにして! って意味かと思ったのに……)


 しょんぼりしたディアナを見て、カレンは泣き笑いのような表情になりました。


「…………もう、アナタって御方は……はぁ。もうそれで良いです。何かあれば私が全力でお守りしますから」


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