番外編:王立茶葉研究所設立秘話 その2/ふたりの微妙なすれ違い
庭園を軽く散歩した後、お茶会がお開きになりディアナ達と別れた王子とセオドアは、自室に戻り話をしていました。
「どうだ。セオ」
「はい。10日後の予定は調整できます」
「いや、そうではなくてだな!」
「……何でしょうか?」
「お前、わかってる癖にわざと言っていないか?」
「とんでもない。私ごときが殿下のお心の内を全て把握するなど、とてもとても無理なお話です」
「……今、俺は『慇懃無礼』という言葉の意味を知った気がする」
「気のせいでございますよ。ところで、何のお話でございましたか?」
「いや……だからな……ディアナの事だ」
セオドアは先ほど考えた仮説(ディアナは王子を怒らせたい? と思ったこと)など微塵も表情に漏らさず、愛想良く答えます。
「ああ! 大変麗しいご令嬢でしたね。マナーも振る舞いも綺麗でしたし。ただ、殿下から事前に伺っていたのとは随分印象が異なりましたが……」
「ああ、確かにカンサイ弁も使わず、無表情気味だったな……セオに初めて会ったから緊張していたのかもしれん」
「緊張ですか?……しかしお茶とオレンジのお菓子の話をしていた時には目を輝かせておいででしたね」
「ああ。ディアナは本当に茶が好きなんだと思う。次回の茶会ではもっと趣向を凝らさねばな。この国で一番旨い茶を飲ませて、王都にずっと居たいと思わせられれば良いんだが」
頬杖をついた王子は、少し後にニヤリとしました。
「うむ。良いことを思い付いた」
~・~・~・~・~
王宮を後にしたディアナは帰り道の馬車の中でようやく標準語の仮面を外しました。
「はぁ~、疲れたわー。めっちゃ緊張した……ドロランダぁ~」
「はい。お嬢様は大変ご立派でしたよ」
綺麗に結った髪が乱れるのも惜しまず、ドロランダの膝を枕にして甘え、くつろぐディアナ。磁器人形の様な姿からすっかり年相応の無邪気さを纏った女の子に戻っています。
「あ! そうそう。『ワキャーマ』の地を治めてる遠縁の叔父様に急ぎで手紙を書かなあかん。お屋敷に戻ったら準備してね」
「はぁ……突然ですね。普段連絡を取ったりする仲では無いでしょう?」
「今日ので思いついたんよ! さっきのお茶とオレンジに王都の南で直轄領があるとこて言うてたの、ドロランダもどこかわかるでしょ?」
「僭越ながら……『シゾーカ』地方かと」
「そうそう! でね、『ワキャーマ』もオレンジが取れるし、海に面してて温暖やから似てるんと違うかなって。だからお茶が栽培できるかもしれんって考えたん!」
「そうですか……しかし、カンサイでお茶と言えば『古都・ミヤコ』産のお茶でしょう? わざわざ『ワキャーマ』で栽培しても『古都』には質では勝てないかと……」
ディアナは唇をツンと尖らせます。
「もう! 安かろう悪かろうでええねん! 確かにお茶と言えば『古都』やけど、あそこは『古の帝の一族』が治めとる不可侵の地やろ? だから……」
ディアナはドロランダの膝から身を起こし、彼女にこそこそと耳打ちをします。
「なるほど……それはお嬢様の仰ることにも一理あるかと」
「せやろ?」
鼻高々のディアナを見て、密かに感心するドロランダ。
(お菓子とお茶を見ながら目をキラキラさせてそんな事を考えていたのね……お嬢様はどうやら、アキンドー家の商売人の血を濃く受け継いでいらっしゃるようだわ)
しかしディアナの口調がふと、一段暗いトーンに変わります。
「なぁ、今日の殿下、最初ちょっとおかしかったんとちゃう?」
「どの辺りでしょうか?」
「うーん……いっつも怒った顔して暇さえあれば勉強してた殿下が、ニコニコしてこっちを見ながらゆったりお茶すんのよ。不気味やわ」
「ぶっ……不気味、ですか?」
最初の「ぶっ」は吹き出したのを誤魔化したようなドロランダ。ディアナは気づかないのかそれには言及せず、言葉を続けます。
「最初はずーっと笑顔やからそれこそ毒でも入れられたかと思たけど、途中から顔を赤くして睨んだり、怒って『早く来い』て言うてたから機嫌が戻ったみたいでホッとしたわ」
「……」
「……ドロランダ? どしたん?」
思わず額に手をやり考え込んだドロランダ。普段は滅多にそんな様子を見せない侍女の姿に、ディアナは不安になります。侍女は小さく息をフ~ッと吐き、ディアナの目を見てぽつりと言いました。
「……それはお嬢様の誤解ですね」
「誤解?」
「確かに今までのエドワード殿下は、普段は怒りを滲ませているご様子でしたし悪い事が起きると笑っておられましたけれど……先日のお嬢様の啖呵を切っ掛けに変わられたのかと思います」
「ん? 説得? そんなんしたかな?」
「殿下の感情が逆だとお怒りになられたでしょう?」
「んー、あぁ……確かに……ん? じゃあ今の殿下は笑いたい時に笑てて、怒りたい時に怒っとるて事?」
「ええ」
ドロランダの頷きに、徐々に顔色を失うディアナ。
「そんな……じゃあ、私、殿下を怒らせてたん?! え? なんで? 完璧な標準語で失礼なことはしてない筈やのに……!?」
「お嬢様、落ち着いて下さい。大丈夫です。最後の方は単なるヤキモチですから」
「何が? 焼き餅てなにそれ? 大丈夫やないやろ……やっぱり王都の人間の考えることはさっぱりわからん!! あああぁどないしよ……」
ディアナは頭を抱えました。
◇◆◇◆◇◆
10日後。
ガッチガチに緊張して前回以上に人形の様な姿のディアナが王宮に赴くと、以前と同じサロンに通されましたがその様子は一変していました。
そこには50客は下らない数の茶器がズラリと並べられ、沢山の侍女が準備をして待っています。明らかに大勢の客を迎える様子なのですが……しかし。
(椅子が2脚だけ?)
お茶会のテーブルには椅子が向い合わせでふたつだけしか用意されていません。ディアナの頭の中が疑問符でいっぱいになったところへエドワード王子が声をかけます。
「ディアナ! ここだ。早く来てかけろ」
王子が満面の笑顔であることにホッとしたディアナが挨拶をし、椅子にかけると三人の侍女がいっせいにお茶を淹れはじめます。
「?」
ディアナの目線を追うように見ていた王子は自慢気に言います。
「王宮の中でも茶を淹れるのが特別に上手い侍女を三人選りすぐった。この中から俺の紅茶専属侍女を決める。お前が一番旨いと思う茶を選べ」
「!?」
三人の侍女がそれぞれ淹れた茶を、それぞれが交代に毒見をし、更にセオドアの毒見が済んでから三つのカップが同時に王子とディアナの前に置かれます。
「茶葉は前回と同じものだ。菓子も同じオレンジだが趣向が違うものを取り寄せた。お前のためにな」
オレンジの蜜漬けにカカオを纏わせた菓子が添えられた紅茶は濃い琥珀色で大変良い香りが立ちのぼっています。
ディアナは紅茶のカップからそっと目線だけを侍女達の方へ移しました。三人とも固唾を飲んで王子とディアナを見つめています。力が入りすぎて眉間にシワが寄っている者や、涙目でぷるぷると震えている者までいる有り様です。
(……これ、なんだか責任重大やないの???)
ディアナは慎重に三つのカップから紅茶を飲み、ゆっくりと味わいました。確かにお茶を淹れるのが上手な侍女達だけあって、前回よりも更に鼻に抜ける香りがふくよかで非常に美味しい紅茶ではあります。
「……どうだディアナ?」
「どれもすばらしいです。ワタクシでは、どなたがいちばんじょうずかをきめられません」
「いや、お前の好みで決めて欲しい。お前が一番好きなのはどれだ?」
(ええええ……なんでや……)
ディアナは迷いながらひとつのカップを選び出しました。ちらりと横目で見ると、眉間にシワが寄った侍女の顔色が明らかに良くなっています。
「……これを」
「ふむ。そうか。では次を!」
「え!?……つぎって」
飲みかけの紅茶がサッと下げられました。ディアナの困惑をよそに、既に三人の侍女が次のお茶を淹れ始めています。
辺りには青い香りが立ちはじめました。
「これ……みどりのおちゃですか?……ハーブティーでしょうか」
「いや、古都・ミヤコ産の特別な茶だ。紅茶と同じ茶葉だが発酵させていないからこのように美しい黄緑色になるのだそうだ」
(綺麗……殿下の瞳の色に少し似てるわ)
同じ緑の茶葉を粉にして練り込んだという焼き菓子が添えられ、カップに注がれた緑のお茶を飲んだディアナは目を丸くします。
「しぶくない……! なんだかあまいようなきがします」
「うむ。なかなかいけるな。お前も気に入ったみたいだな?……さて、この中で一番はどれだ?」
(ええええ……また?)
ディアナは何だか嫌な役目を押し付けられたような気になりました。が、黙っていても王子は期待に満ちた目でこちらを見つめているばかりで逃げられそうにありません。
(まあ、今回は結構淹れ方に差があったから選びやすいわ)
ディアナは一番美味しかったと思うカップを選びます。先ほど涙目だった侍女が笑顔になったので、どうやら彼女が淹れたお茶のようです。
「ほう。では次を!」
「えっ!!……ちょ……おまちください!」
まさかの三杯目を淹れようとした侍女達を大声で制するディアナ。王子に向き直ると不思議そうな顔をした彼と対峙します。
「ん? どうしたディアナ」
「でんか、これはなにをされているのですか?」
「いや、だから一番お前が旨いと思うお茶を探しているんだが。次は北地方の海沿いで作られた珍しい紅茶だぞ。めったに王都では飲めないが特別に取り寄せた。お前のためにだ!」
「……まさか、これをあとなんかいもくりかえすのですか?」
「そうだな。今回は五種類の茶葉を取り寄せている」
「いつつも!? な、な、なんで……」
「何故? お前は茶が好きなんだろう? お前がまた飲みに来たくなるように、この国で一番お前の好みの茶葉とお前好みの茶を入れる侍女を探そうとしたんだが?」
にっこりと自慢気に言う王子に、ディアナは震えながら深く息を吸い込み、大声で吐き出します。
「な、な、な……なんでやねん!! このアホ!!!」
続きます。




