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こぼれ話その2・前編/ エマ御姉様の『御姉様』

また前後編になってしまいました。すみません。

時間軸はフェリアが現れるよりもずいぶん前~少し前の話です。



(こんな筈では無かったのに……何故)


「エマ御姉様! おはようございます! あの、今日のランチは私達とカフェテリアで御一緒してくださいませんか?」


「あら、ご遠慮くださる? 今日、わたくしはエマ御姉様の為にシェフにお弁当を作らせましたの! 御姉様、後程テラスで一緒に食べて頂けますよね?」


「ちょっと、そちらこそ遠慮なさって!! 私達が先にお誘いしたのよ!」


 エマは数人の令嬢達に囲まれて、目を伏せ額にそっと手を当てました。


 元来の中性的な凛とした顔立ちに、ぴしりと背筋の伸びた長身。濃い焦茶色の真っ直ぐな髪を簡単に後ろでひとつに結び、僅かに寄せた眉根の下には金色に近い淡いオレンジ色の美しい瞳。

 この麗人が悩む様子は『苦悩』というタイトルでもつきそうな情景です。


 言い争っていた令嬢達の内の一人が、その絵になる姿に気づくと口をつぐみ見惚(みと)れます。それを見てエマの方に向き直った他の者も同様になり、じきにその場は静かになりました。

 するとタイミングを計ったかのようにエマが口を開き、落ち着いた低めの声で断りを入れます。


「申し訳ありませんが、今日の昼は予定がありますのでどなたともご一緒できませんの」


「ええっ、そんな~」


 令嬢達が揃って落胆しているところへ、用意されたバスケットに視線を移したエマが続けます。


「そのお弁当を皆様で召し上がっては?……私は可愛い女の子達がいがみ合うのを見たくはありません。お昼を一緒に皆で食べれば仲が深まるというものでしょう?」


「はっ、はい!! 御姉様がそう仰るなら!」


「私達、仲良くしますわ!」


『可愛い女の子達』と言われた彼女らは皆頬を染め、素直にコクコクと首を縦に振ります。それを見たエマは口元に微笑みを浮かべました。


「それは良かったですわ。……それから、同い年なのに『御姉様』では、ちょっと……」


 エマの言葉に顔を見合わせつつもじもじする令嬢達。


「えっ、だって、ねえ……?」


「ええ……エマ御姉様、素敵ですもの……」


「特別素敵な方には『御姉様』と呼ばれる資格がございますのよ!」


 エマはその顔に困ったような陰をかけ、こう言います。


「私にはそのような資格はありません。もっと相応しい方がいらっしゃいますわ。では失礼します」


 彼女が身を翻した際に焦茶色の髪が風になびき空中に優美な線を描くのを見た令嬢達は、揃ってほう……と溜め息をついてその後ろ姿を名残惜しそうに眺めます。


「やっぱりエマ御姉様って、その辺の殿方より断然カッコいいわ……」



 ◇◆◇◆◇◆



「はあ……もう。こんな筈では無かったのに!!」


 王立学園の廊下を、少々はしたなくも大股でずんずんと進んだエマは、周りに誰もいなくなってからそう独り言(ひとりご)ちました。


 エマは実は可愛い女の子は大好きです。ただし普通の友人関係で仲良くしたいという意味ですし、恋愛なら男性としたいと思っています。


 彼女はこのバクフ王国で北の国境を任されている伯爵家の長女として生まれました。

 領地の伯爵邸(国境の重要な砦を兼ねています)での生活は、右を見ても左を見ても国境を守るゴツい兵士達ばかり。女性は自分と母と妹に加え、何人かの使用人だけと言う超少数派です。


 更に寒くて危険でゴツくてムサい(防衛の砦としては実用的な)伯爵邸に、お茶会や遊びに来てくれる物好きな貴族令嬢などいるわけもありません。

 エマはこの王立学園に通うために王都に来るまでは同じ年頃の貴族令嬢と交流することが殆ど出来なかったのです。


 この環境でも女らしさを完全には失わなかったのは、ひとえに余所の伯爵家から嫁いできてずっと貴族女性としての矜持を忘れず、娘を諭し続けてきた母の努力の賜物だとエマは思います。

 ……それでも、伯爵令嬢としてはやや、少し、まあまあお転婆には育ってしまいましたが。


 そんなわけでエマは可愛い女の子達と、お菓子や流行りのドレスの話や、たまには素敵な殿方を遠くから眺めてきゃあきゃあするのが夢だったのです。

 王都に来て最初のうちはその夢が叶ったと思っていました。……しかし、徐々におかしいと気づくのです。


 彼女達はエマと一緒にきゃあきゃあするのではなく、()()()きゃあきゃあしていたのですから。


 今にして思うと、アレで目立ったのが大失敗だったとありありとわかります。

 女生徒の為の護身術を兼ねた短剣の扱い方の授業。


 王都に来るまでは大した娯楽もない北の国で生活していたエマは、遊び半分でしょっちゅう砦の兵士と剣の打ち込みや鍛練をしていました。

 ですから女教師の模造剣の握り方に若干の甘さがあると気づき、「他の生徒にお手本を見せてください」と言われて調子に乗り、教師との模擬試合で鍔迫(つばぜ)り合いに持ち込んで相手の手から剣を落とさせたのです。


 全てが終わった後、周りの全員がポカンとしているのに気づいたエマは、慌てて

「……というように、女同士ですら上背のある敵相手だとゴリ押しで剣を落とされますので、絶対に鍔迫り合いなどせずに常に相手と距離を取るよう、故郷(くに)で教わりました!」

と説明し、その場を何とか収めました。


 しかし収めた……と思ったのはエマと恥をかかずに済んだ女教師だけで、思えばもうその日からエマはご令嬢達にロックオンされていたのです。


「でもなぁ。あの子爵令嬢だって私より強いし、美しさなら断然公爵令嬢の方なのに……」


 問題の「お手本」事件の直後、二人一組になって短めの模造剣をおっかなびっくり振り合うご令嬢達の中で、明らかにそれに慣れた動きをする二人組がいました。

 ディアナ・アキンドー公爵令嬢と、その従者の子爵令嬢。確かカレンと名乗っていた筈です。


 中でもカレンは数段違いです。ディアナのレベルに合わせてかなり手を抜いており、本気ならば自分よりも上なのがエマにはわかりました。


(多分、ただの従者じゃなくて護衛を兼ねた影の存在ね。そして普段から二人で訓練でもしてるんだろうな)


 顔立ちは割と整いつつもかなり地味なカレンに比べて、ディアナはその銀髪と深紅の瞳が目を引く氷の花のような派手な存在です。誰が呼んだか学園での異名は"氷漬けの赤い薔薇姫"。

 二人が剣を打ち合い、綺麗な体さばきを見せる姿はカレンの手抜きもあってかなりディアナの方が目立っているようで、その姿をこっそり見つめるご令嬢も何人かいました。


 しかし相手は公爵令嬢で、しかもこの国の第一王子の婚約者と来ています。

 おまけにこのディアナは周りを凍りつかせるほどの冷たい態度と、口数の少なさ、眼光の鋭さで皆に恐れられているのです。

 そんなご令嬢相手に格下の貴族令嬢達が纏わり付いてきゃあきゃあすれば、彼女を怒らせまさに氷漬けにされるのは明白です。


「……結局、私はちょうど都合の良い存在って訳ね」


 もしも相手が男性なら、ランチを誘ったり溜め息をつきながら見つめるなど、軽い気持ちではできません。

 そして公爵令嬢のようなガチの恐い存在でもなく、北国育ちでフランクな態度のお転婆なら少々の憧れごっこも笑って許してくれる……と、あのご令嬢達は見抜いているのでしょう。


 口の悪い領地の男達がこの状況を見たら『おう、俺達のエマお嬢ちゃんがご令嬢の火遊び相手にされてるぞ。こりゃ面白れえ!』と言いそうね……と考えて、再び眉根を寄せながら歩くエマ。

 廊下を進み十字路に差し掛かり、ふと横を見て眉間が開きました。


 そこにはお仕着せを着た下働きらしき少女がバケツの横に屈んでモップを手で絞っている姿がありました。

 まだ朝方の寒さが残る廊下で懸命に水気を絞る指は真っ赤で震えています。

 絞り終わった少女が立ち上がりモップがけをすると、僅かな水分で床に帯が描かれていきました。


 北の砦でモップがけをする所などは殆どありませんが、兵士が失敗して酷く汚した時はその兵士自身が拭かなければなりません。しかし寒さと男達のガサツさ故にモップは殆ど絞られず、床がビショビショで上官が怒り狂っていたのをエマは思いだしました。


(この子はとても仕事が丁寧なのだろうけれど……学園の生徒が登校するこんな時間まで床を磨いていては、遅いと叱られてしまうのではないかしら)


 エマは彼女が少し心配になりましたが、かける言葉が見当たりません。仮にも伯爵令嬢が庶民の彼女に『手を抜け』というのも違う気がしますし、少女の今後を考えると無責任な発言です。


 視線を戻し歩を進めると廊下の向こうから二人の人影と、小さな足音がやってきました。

 その足音の持ち主が誰かわかると、エマは一瞬だけその姿を目に焼き付け、自然な動きで端に寄り道を開けます。


 こちらを見もせずその横をすれ違うのは"氷漬けの赤い薔薇姫"こと、公爵令嬢ディアナとその従者、カレン。


 エマはその間目を伏せていましたが、実は脳内で先程焼き付けた美しい令嬢の立ち姿を反芻していました。


(やっぱりとっても綺麗で可愛いわ……笑ったらどうなるのかしら。嗚呼、あんな顔に産まれたかった……!!)


 ディアナの吊り上がった大きな赤く鋭い目付きを無表情で向けられた者の多くは震えてしまうでしょう。

 しかし、昔から父……狂戦士とも言われたド迫力の鋭い眼光を持つ伯爵の顔を見慣れていたエマは何とも思いません。

 可愛い女の子が好きなエマは(冷たい無表情とその中身はともかく)外見は純粋に美しい女の子……それもとびっきりで等身大の磁器人形のようなディアナの事を、実は心の中でその美しさを楽しむだけなら最高の存在だと思っていました。


 自分の後ろで彼女の小さな足音がふと止んだ事に気づき、エマはつい振り向きました。

 ディアナは先程の十字路で、横を向き止まったままです。エマには、あの少女を見ているのだとすぐわかりました。


(ああっ、あの子、公爵令嬢に叱られてしまうのでは?)


 一瞬やきもきしたエマでしたが、すぐに違うと気づきました。睨み付けているのかと思ったディアナの目、その深紅の瞳が燃え盛る炎のようにキラキラと輝いているのです。

 それは父が新しい武器や訓練方法のアイデアを思い付いた話を部下としている時の眼光にも共通したものがありました。


「―――――――???」


 この国では王家の次に威厳があると言っても良い公爵家のご令嬢が下働きの少女に目を輝かせる意味が全く理解できず、エマは今日三度目になる(しかし先程とは違う意味の)眉間にシワを寄せ、その場をそっと立ち去りました。



後編へ続きます。


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