13話/ やっぱりヘタレと罵られる王子
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「実は僕に接触してきた女性はフェリア嬢一人じゃなかったんだよ」
「え!?」
夜空に満月がのぼり、そのあかりが優しく学園の中庭を照らしています。
あの後パーティー会場を辞した二人は、中庭のテラスに設けられたテーブルの一つを借りて話をしていました。
以前王子とフェリアがいたのと同じところですが、あの時はテーブルの向かい合わせに座っていたのに対し、今は椅子を移動させディアナの横にぴったりと密着し手を握るエドワード王子。
すぐに抱きしめようとする王子に全力でディアナ(とカレン)が抵抗した結果、妥協案でこうなったのです。
「君は婚約者である僕にも外面で冷たい態度を取る事で有名だったから、間に割り込めると勘違いした女性に何度か厚かましくアプローチされていてね」
「……それは……申し訳ありません」
自分の態度が一因だと知ってしゅんとなるディアナに、翠の目で優しく微笑む王子。
「いや、いいんだ。それにそういう女性はすぐに調べがつく。殆どは身の程知らずに未来の王妃を夢見た者だ。しかし逆に反王家や、僕の足を引っ張りたい内部勢力の手の者も居る。時には他国から差し向けられた女性もいたな。……しかし、フェリア嬢だけは正体がわからなかった」
「王家のシノビから裏の顔の報告が上がらんかったからですか?」
「そう。実はセオドアともう一人僕の直属のシノビ以外は陛下の手が回っていたわけだ。しかし最初はそうとわからなかったからとても不気味だった。それで向こうの罠に嵌まったように見せて直接探ろうかと思ったんだ」
「そんなの危険やないですか……」
「ははは。昔に比べれば全く危険ではないよ。フェリア嬢は学園でしか接触して来なかったからね。学園内なら武器は携帯できないし僕には常にセオの他にも最低一人は護衛が付いているから、万一刺客だったとしても危険性が低い。それより彼女が不気味な存在のまま僕の周りでうろつかれる方が怖かったんだよ」
そこに苦笑しながらセオドアが後ろから声をかけます。
「でもハニトラ男爵令嬢は一向に尻尾を出さない。しかも彼女は徐々にディアナ殿との婚約破棄をするよう匂わせてくる。最初の内はかわしていましたが、あまりに続くと彼女に夢中になっているのは演技だとバレる恐れがある。……で、婚約破棄宣言の途中で『今日は縁起が悪い』って理由で無理やり中止する作戦を取っていたわけです」
「じゃあ、あの鏡とか猫は偶然やなかったん!?」
「はい。鏡はもう一人のシノビが割りました。黒猫も僕がこっそり連れてきましてね。でもその時、ディアナ殿が殿下に婚約破棄を言わせようと催促なさっていましたよね?」
「ええ……そやね」
(確かにあの時は、はよ気持ちの整理をつけたくて、婚約破棄を言わせようと思てたわ)
「実はその前にこれはアキンドー公爵家の仕業ではないかと思い至りまして。ディアナ殿が殿下との婚約が嫌でこんな事を企んだのかと疑っていたんです」
「え!?……じゃあ、私がちゃんと婚約は嫌やないって殿下に言うておけば……」
「いいえ、殿下も悪いんですよ。もっと前にディアナ殿に面と向かって訊いておけば良かった話です。でもヘタレだから嫌がってないか訊けなかったわけです」
「セオ!」
(セオドア様、主である殿下をヘタレ呼ばわりしてるけど不敬にならんの……?)
「それで、ディアナ殿に破棄を催促されたものですから、あの後『やっぱり僕との婚約が嫌だったのか』と殿下の凹みっぷりがそれはそれは激しくて……」
「セオドア!!」
セオドアの暴露に驚くディアナ。そして、あの時のトボトボと帰る王子の後ろ姿を思いだし、カレンと目を合わせて笑いを噛み殺します。
一方エドワード王子は、セオドアを睨み付け反論します。
「そんな簡単な話じゃない。例え公爵家でも王家側から申し入れした婚約を断る事など出来ないのだから、ディアナの気持ちを知りたいと訊いたって嫌だと言えるわけないだろう?それでなくても外面を繕って距離を取られていたのだし」
「あ、ああ……やっぱり私の外面がそもそもの原因やないの……」
「あっ、違うぞ。ディアナは悪くないからな?」
自分を責めるディアナに焦ってフォローする王子。どさくさ紛れでまた頭を撫でています。その様子を見て、目を三日月のように細めて茶化す王子と公爵令嬢の従者たち。
「そうですよ。悪いのはヘタレのエドワード殿下です」
「あら、うちのお嬢様もいい勝負ですわ。『私の本当の姿を殿下に知られたら呆れられて嫌われる~』と仰って二人きりのお茶会のときもずっと外面で対応していらしたんですから」
「カレン!!」
「何だそれは……(健気で可愛いにも程がある)」
今度はカレンの暴露に慌てるディアナと()部分を口の中だけで呟いて妙に真顔になるエドワード王子。
「嫌いになるわけ無いじゃないか!」
「ひゃっ」
「ストップ!はい殿下、どーどー」
「恐れながら、今はお控えください。お嬢様、こちらへ」
王子は興奮してディアナを腕の中に閉じ込めようとしますが、セオドアとカレンが二人がかりで止めに入ります。
「いやあ、今はこんなガルガルしてますけど、やっぱりうちの殿下の方がヘタレですって。ノーキン侯爵家のアレス殿まで引っ張りだしてディアナ殿にこっそり訊いてくるよう頼み込むし」
(あ! あの時の質問)
『なぁ。本当はエドとの婚約を破棄したいのは姫様の方なんじゃないの?』
(……殿下に頼まれてたんか)
「それで、ディアナ殿がソーサーク子爵令嬢の書いた小説をお認めになって、殿下に対して恋心があるようだとアレス殿から聞いた時の殿下の浮かれっぷりが……ぶぶぶっ……小躍り」
笑いを堪えながら(堪えきれていませんが)言うセオドアのセリフを消すように、慌てて大声で王子がかぶせます。
「あー!!……アレスの件は仕方ないだろう!! あの時既にヘリオスは信用ならなかった。お前と"影"以外で二心が無いと確信したのはアレスだけだったんだから」
「"影"?」
「ああ、王子直属のもう一人のシノビです。でも存在そのものがその名の通り公で無いのでどうぞご内密に」
指を唇の前に立てて微笑むセオドア。そんな表情もカレンにどことなく似ているので、ディアナはこの短時間ですっかりセオドアに馴染んでしまいました。
「ディアナ殿は彼の声だけは聞いたことがございますね。あの時の烏の鳴き真似ですよ」
「え!? あの特別室の時の?」
ディアナは過去何度も特別室でのやり取りを思い出していた為、あの烏の鳴き声と羽音も簡単に思い出せます。とてもリアルで本物だとばかり思っていました。
「上手でしょう? でもあの時のファインプレーは彼ではなくディアナ殿ですね。咄嗟に殿下の話に上手く併せてくださったお陰で、敵が誰かわかったんですよ」
「え?」
ディアナとカレンは顔を見合わせます。流石のカレンもその意味はわからなかったようです。エドワード殿下がいつもの落ち着きを取り戻し、微笑んで二人に話します。
「あらかじめ符丁を決めておいたんだよ。誰かが僕たちの話を盗み聞きしていたら、わざと良いところまで聞かせてから鳴けとね」
「!!」
「僕としては婚約破棄するつもりだという話を聞かせるだけでも良かったんだが、君が『先に慰謝料を払わなければ婚約破棄は聞き入れない』と言ってくれただろう? しかもまるで本心かのようにカンサイ弁で」
「あ……!」
またまた真っ赤になるディアナ。それを見てクスクスと笑うエドワード王子に、目だけでニヤッと笑う従者。王子が続けます。
「それがとてもリアルで効果的だったから、盗み聞きする人間が二人も釣れたわけだ」
続きます。




