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11話/ 公爵令嬢は渦の中心にポツンと置かれる

 

「きゃあぁっ!!」


 か弱そうな女性の短い悲鳴とざわざわと周りの浮き立つ声が聞こえました。ディアナとシャロン達がその方角を見るのと、キンキン声で怒鳴りつける数人の声があがるのはほぼ同時の事でした。


「ほぼ庶民のくせに殿下の横で、殿下の色を身に着けるなんて図々しい!」


「殿下にはディアナ様という婚約者がいると知っての行動でしょう! なんて女なの!」


「これは罰よ! 私達のお友達、ディアナ様に代わって貴女に罰を与えたのよ!」


「今すぐディアナ様にお詫びをして出ていきなさい!!」


「ひ、酷い……なぜ……?」


 声を荒げているのは自称ディアナの"取り巻き"の令嬢達。その一人が飲み物の入っていたであろう空のグラスを手にしています。

 彼女らと相対するのは飲み物をその花の蕾のようなドレスにかけられ突き飛ばされた後、半身を起こして真っ青な顔をしているフェリア。

 そしてその横で片膝を付き彼女に手を貸している最中の、緊張した面持ちのエドワード王子。


 何をしたのかは明白でした。"取り巻き"……いいえ、外様の令嬢達は陰口をするだけでは飽き足らず、ついにフェリアを攻撃する実力行使にでたのです。

 それも自らの責任において行動するのではなく、卑怯にもディアナの威を借る狐として。


 この騒ぎに楽団の音楽は中断され、ホールにいる人々の目は殆どが王子達とディアナを交互に見ている有様です。ダンスを踊っていた人達も動きを止め、カレンとセオドアは各々の主の元に駆け寄ります。


「ディアナ……これはどういう事か説明してくれ」


 立ち上がり、震えるフェリアを左手に庇うようにしてディアナを見つめるエドワード王子の翠の目が揺れています。

 ホールは静けさに支配され、その場の皆の視線がディアナに集中しまるで炎のようにちりちりと熱を感じます。彼女はその熱をはねのけるかのように冷たい無表情のままハッキリと答えました。


「説明もなにも、ワタクシは無関係です。この方々は勝手にお友達を名乗っていらっしゃいますが、ワタクシはこの方々のお名前すら存じませんわ」


「!……ディアナ様!私達にハニトラ男爵令嬢を傷つけるよう命じたではありませんか」


「そうですわ! 私達を切り捨てるおつもりですか!?」


 キンキン声で反論する外様の令嬢達。その顔に何故かニタリと暗い笑みを含んでいるのを見たディアナは背筋に冷たいものを感じました。


(明らかにワタクシを巻き込み、殿下がワタクシに悪印象を持つように誘導しているわね……ここで無表情で否定したとて、一体カレンとお兄様以外の何人の方が信じてくださるのかしら)


 しかし否定しないわけにもいきません。ディアナはその見た目の堂々とした素振りとは裏腹に心細い気持ちで精一杯主張します。


「……フェリア・ハニトラ男爵令嬢を傷つけるように命じたですって? 馬鹿な事を。先週、ワタクシは真逆の事を申し上げましたわ。それに先程も貴女方にはもうワタクシに話しかけないように、と言った筈です!」


「そそそそうです!!」


(えっ!?)


 横から吃りながら大声で言われ、驚いたディアナとカレンが振り向くとそこには顔を真っ赤にして今にも泣きそうな顔のシャロンが立っていました。

 ……正確にはフラフラしてやっと立っている状態です。


(何故シャロン様が!? でも、それよりもまたショックで倒れてしまうのではないかしら? 大丈夫なのかしら???)


 同じ事を考えたであろうカレンがすぐさまシャロンの側で彼女を支えます。エマ、ミレーユ、アリス達も一緒に団結しました。

 シャロンは皆に支えられて力を得たのか、エドワード王子に向かって再び話し始めます。


「おおお恐れながら申し上げます!! ディアナ御姉様はそんな方じゃありません!! わ、わわわ……私達ぃ! ディアナ御姉様ファンクラブが保証します!!!」


「………………なっ?」


 ディアナは危うく外面の仮面を取っ払って「何アホな事を言うてんの!?」とツッコむところでしたが、何とかギリギリで踏みとどまりました。しかし状況が整理できず、呆然とします。


 カレンを見るとシャロンを支えたまま、何故か憐れむような目をしてディアナを見ています。次いで兄、ヘリオスを見ると笑いを噛み殺しそうな顔です。

 前に向き直ると、外様の令嬢も、エドワード王子も、フェリアですらポカンとしています。

 そんな周りの状況を置き去りに、なおも話すシャロン。


「わっ、私、ノーキン様に全部聞きました。先週御姉様はハニトラ男爵令嬢の悪口を言うこの方々を、教室で厳しく窘められたのです! 殿下の一時の気の迷いに一番辛い想いをされているのはご自身の筈なのに、決して愚痴や他人の悪口を言わない御姉様のなんて気高く美しいことか!!」


(……え?)


「そうです! "氷漬けの赤い薔薇姫"という学園での異名の通り、一見して冷たく他人を寄せ付けない御姉様ですが、その赤い瞳には温かく優しく薔薇のように美しい魂が宿っておられるのです!」


(……へ?)


「ここに居るシャロン様なんて、勝手に御姉様の二次創作(恋愛小説)を書いたのに、お怒りになるどころか、小説の才能があると誉め、その才能を伸ばそうとまで仰るほどの心の広さですのよ! まさに未来の王妃の器ですわ!!」


(……はい?)


「しかも殿下の気の迷いを責める事は一切せず、御姉様と殿下をモデルにした恋愛小説を公認して広める事で、ただ殿下への純粋な想いのみを伝えようとするなんて、なんて慎ましやかで深い愛なのかしら! ひえええっ、そのお姿が恐ろしいほど美しくて誰も近寄れないのに、中身まで美しいなんて尊すぎて倒れそうですわ!!」


(……皆様、何を仰っているの……これは一体誰の話なの……?!)


 シャロンだけではなく、エマやミレーユ、アリスまでが口々に言い募る内容を聞く度、身に覚えのないキーワードがポンポン出てきます。

 まるで台風の目の中にポツンと立たされ、自分の周りだけが荒れ狂っているのを眺めるような状況にディアナの頭の中は大混乱に陥りました。


 勿論、外面でしっかりと無表情は保っていますが冷や汗が今にも額から粒になってこぼれ落ちそうです。無言を貫く(混乱で何も言えないだけなのですが)ディアナの代わりを務める気か、ヘリオスが王子の前に進み出てこう言います。


「ふふっ。エド。俺も先週の事はアレスから聞いてる。君もそうだろう? それなのに俺の大事な妹に疑いをかけるなんて酷いじゃないか。……それともわざとかな?」


「いや、そうじゃない。最初からディアナは潔白だと信じていたが、きちんと本人に無関係だと言わせないと筋が通らないだろう? 念のための確認だ。……そこの無礼な四人、君達はこの場に相応しくない。出ていきたまえ」


「なっ! 殿下!!」


「信じてください! 私たちは…!」


 いつになく厳しい顔のエドワード王子の退出命令にキンキン声で食い下がろうとする外様の令嬢達ですが、すぐに護衛の騎士達が集まり彼女らを捕らえました。


「お嬢さんがた、外までお連れしましょう。君達の言い分は後でじっくり聞かせていただく」


 騎士の中には見習いとして参加するアレスも居て、ディアナに向かって手をヒラヒラと振ります。

 外様の令嬢達は騎士の力に抗えるわけもなく、あっという間に会場から連れ出されてしまいます。


「さて……これでこの婚約が色々なしがらみに縛られているのが改めてわかった。……ディアナ」


 向き直ったエドワード王子の表情と声音は一転して優しさに溢れているように見えます。


「……はい、エドワード殿下」


「この婚約の形がそもそもの発端だ。王家の力を盤石にしようと西()()()()()()()()()()で縛り付けようとしたから、外様の勢力にこういう邪魔を入れられるのだ。よってこの婚約はいったん破棄し白紙に戻してもらう」


 今日一番のどよめきがホールを支配します。ディアナは足元の床が急に抜けたかのような感覚にとらわれました。身体が倒れそうになるのをぐっと堪えます。カレンの方をチラリとみると彼女は小さく頷きます。


(殿下とカレンを……信じるわ)


「……殿下の御心のままに……」


 震える声を止めることまではできませんでしたが、ディアナはなんとか答えることができました。

 その答えに周りの皆は一層ざわめきました。シャロン達からは小さな悲鳴も上がっています。人々が口々に勝手な言い分を話す中、エドワード王子が手を挙げて騒ぎを制します。

 再度静けさがホールに満ちた後、王子が口を開きました。



「これで満足か? 君の書いた()に乗ってやったぞ。今から君の罪を暴こうか…………アキンドー公爵令()



続きます。


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