10話/ パーティには陰謀が渦巻く
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そのパーティーでの出来事は後日、いえ後世まで学園内で語り継がれる伝説となりました。
当時王立学園に通っていた、この国の第一王子が同じく学園の生徒であった婚約者に婚約破棄を申し出て、なおかつ婚約者の実家である公爵家の企みを暴いたのです。
そしてその後のドラマチックな展開。
当時のパーティーに居合わせた人々は皆驚き、興奮し、屋敷に戻った後それぞれの家族や知人達に自慢げにその話をしたものです――――――
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由緒ある王立学園のダンスホール。壁には芸術的な装飾が施され天井は高く、その中心には豪奢なシャンデリアが吊るされています。
そのシャンデリアの明かりを一身に集めるかのように輝くこの国のエドワード王子は、黒い地に銀糸の刺繡をあしらった正装を身に着けています。
その左横にエスコートされているのはサファイアブルーの瞳を煌めかせ、小動物のような愛らしさを纏うフェリア・ハニトラ男爵令嬢。
王子が婚約者とは別の女性を伴いパーティーに現れた事に、会場内ではざわめきとひそひそ話が満ち溢れています。
(遂にフェリア嬢を左に置いても良いと、殿下のお気持ちが変わったのかしら……)
ぼんやりと二人を眺めるディアナの気持ちを読んだのか、カレンがそっと手を取り、耳元で囁きます。
「お嬢様、大丈夫です。私とエドワード殿下を信じてください」
「カレン?」
「何があっても普段の無表情で動じないフリをしたお嬢様で居れば万事上手く行く筈です」
「……どさくさに紛れてワタクシを貶したわね」
「ふふっ、その調子です。今回の事で私達も周りに注目されています。いつも通りになさって下さい」
「わかったわ。これ以上注目も浴びたくないしね」
エドワード王子の登場で今日のパーティーの参加者は全て集まったため、学園長の挨拶が述べられます。
その後は楽団がダンスの音楽を奏で、それにあわせて何組かの男女が踊り始めます。
「ディア、僕達も踊らないか?」
ヘリオスがにこりと手を差しのべ、ダンスに誘う様子は本気のように見えますが(本気だとしたら婚約者のいる妹と最初のダンスを踊るなど狂気の沙汰です)、おそらく周りの貴族令息が王子を差し置いてディアナを誘おうとしている事への牽制でしょう。
……ディアナは悪寒を感じつつもきっとそうだわそれ以外無いわ、と心の中で自分に言い聞かせました。
「いいえ、お兄様。ワタクシあまり気分が良くなくて。お友達とゆっくりお話をしていますわ」
ディアナが周りにも聞こえるようにはっきりと返すと、明らかに落胆する様子の兄。そして同様の男性が数人視界の端に映ります。
小さく息を吐くディアナとカレンの前に一人の男性が近づきました。
「アキンドー公爵令嬢殿、恐れ入りますがカレン殿を少しだけお借りしてもよろしいですか?」
声をかけてきたのは黒い目を持つエドワード王子の従者。
「……セオドア様!……ええ、カレンさえ良ければもちろん。でも殿下のお側にいらっしゃらなくて良いのですか?」
「今日は殿下より特別に別行動を許されております。ではカレン殿、一曲お相手願えますか?」
「喜んで」
美しく微笑んだカレンの手を取り、ダンスホールの中央へ向かうセオドア。すぐに曲に合わせ二人は華麗に踊り出します。
ディアナはそれを見ながら『赤薔薇姫の会』の四人達と壁際に移動し、飲み物を手に取って話を続けます
「御姉様、カレン様達素敵ですねえ」
シャロン達はうっとりして踊る二人を見つめます。ディアナも同じ方を見て返答します。
「本当ね。二人ともとても上手だわ」
セオドアとカレンは滑るように優雅に踊り、ターンをする度にカレンのワインレッドのドレスが揺れ、広がります。複雑なステップを踏んでいる筈ですが難しそうな素振りは全くなく笑顔で、時には言葉を交わす余裕さえあるようです。
二人はそのダンスの技術もさることながら、長年一緒に踊ってきたパートナー……いえ、もっと深い……まるで双子であるかのように呼吸がぴたりと合っているのです。
(!……やっとわかったわ。私がセオドア様の笑みで不安になった理由)
セオドアとカレン、二人は一見して共通点が無いようですが瞳がとても似ているのです。
その色もそうですが、ニィッと笑うと三日月のように細くなる様がそっくりです。
(あの時の笑み、カレンがイタズラや企みごとを考えている時の瞳と同じだったわ……でもセオドア様もシノビならカレンの遠縁の可能性すらあるから不思議ではないわね)
ディアナが不安を自己解決できた事に満足し、改めてホールを眺めると右手のそう遠くない所に目立つ団体が見えました。
(……流石に殿下は踊らないわね)
王子は左横にフェリアを侍らせたまま、高位貴族や学園の関係者と軽く挨拶をしているようですがヘリオスやディアナ以上に沢山の人に囲まれています。
フェリアの今日のドレスはピンク色を基調としながら、裾の方に向かってグラデーションで緑色が入るデザインです。まるで可憐なピンクの花の蕾のように見えます。
緑といえば……
「殿下の瞳の色をドレスに取り入れるなんて、あの女は本当に図々しい!……ねえ、ディアナ様もそうお思いですよね?」
二人を見つめていたディアナは、突如横からキンキン声でそう言われてピクリとしました。
横にはいつの間にか例の自称"取り巻き"の令嬢達がシャロン達を押しのけて寄ってきています。
(またそんな事を……この方々の頭の中はどうなっているのか理解できないわ)
ディアナは呆れ、"取り巻き"達へ遠慮なく蔑んだ目を向け小さく呟きます。
「この間も言ったでしょう。貴女達の品位を疑うわ。もう話しかけないでくださる?」
「「「「!!」」」」
ディアナは前回の反省を踏まえ、自分が悪目立ちしない為と"取り巻き"達を過剰に辱める事のないよう、他の人達には聞こえないぐらいの小声で話しました。
が、自らのキンキン声で周囲の耳目を集めておきながらディアナの言葉に剣呑な顔つきに変わった彼女達を見れば、ディアナの返答は良いものではないとわかってしまうでしょう。
「ディア? 大丈夫か?」
ディアナの周りの空気を感じとったヘリオスが近づいてきたのを見て、"取り巻き"達は波が引くように逃げていきます。ほっと一息ついてから、押し退けられたシャロン達を心配して声をかけるディアナ。
「皆様、お怪我はございませんか?」
「御姉様!」
「大丈夫です。御姉様に心配をおかけしてしまい申し訳ありません」
「あの人達失礼ですよね! 無理やり入ってきて、御姉様が傷つくような事をわざと言ったりして!」
「悔しいわ。私達がもっと強ければ割り込まれなかったのに。次はちゃんとこの場所を守れるよう身体を鍛えますわ!」
何故か身体を鍛えるという少しピントのズレた事を言うエマに、思わずクスリとディアナが小さく笑うとヘリオスと四人の令嬢は目を丸くしました。
一瞬の後、ヘリオスは苦笑してこう切り出します。
「……いや、身体の強さもそうだけど、あのご令嬢達の鼻息の強さは凄かったからな。君達には少し荷が重かったね。でも妹がこうして笑顔になれたのは君達のお陰だよ」
苦笑から満点の愛想笑いに切り替えたヘリオスに四人は真っ赤になり、中でもアリスは「ひえええっ」と言って倒れそうになっています。
ディアナが兄の人たらしぶりに内心呆れていると、その兄は笑顔のままこう言いました。
「ディア、君はさっきの五月蝿いご令嬢達には今まで興味も抱かなかったのかもしれないが、あれは多分外様の没落した侯爵家や伯爵家の娘達だぞ?」
「ええ、恐らくそうだとは予想していましたわ。今までも酷くワタクシに付きまとって、何とか取り入ろうとしていましたもの」
「それに比べて、こちらのお嬢様方はなかなか可愛らしい」
ヘリオスの微笑みにシャロン達と、周りの女性達もぽ~っとなりかけ、ディアナが呆れたその時、新たな騒ぎが起きたのです。
続きます。