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田んぼの中で



 次の日の午前中、本当にイッくんが来た。車から降りて早々、


「ごめん、ノリちゃん」


 と私に申し訳なさそうに言った。昨日星空を見ながら考えていた。もし謝られたら、いいよ、仕事が忙しいんでしょ、と物分かりがいいフリをしよう。そう思っていたのに、無理だった。

 謝られた瞬間ブワっと涙が出てきて「ムリなので」と言ってしまった。

 

 数日前、瀬戸大橋を渡りながら「マジでムリ」と何度も唱えていたから、極々自然に「ムリなので」と口に出た。出たら取り返しがつかない。イッくんは急に泣き出した私に面食らってオロオロしている。


「……なんで、来たの」

「ノブ君に怒られた、ねーちゃん泣かすなって」

「だから謝って、くれるの?」


 しゃくり上げながら、私はイッくんを睨みつける。本当は泣きたくない、ばあちゃんみたいにもっと強くいたい。いいよ、これからは一緒に子育て頑張ろうねって笑う、理想の自分。でも現実の私には、それは無理だった。イッくんは居心地悪そうに、黙り込んでしまった。

 ごめん、多分何を言われても許せない気がする。


 イッくんを見つけた母さんが、


「よぅ来たね、啓一さん。疲れたじゃろ。高速、混んどらんかった?」


 と、家の前の床几しょうぎに誘った。イッくんは戸惑ったようにありがとうございます、と言ってそこに座った。ここでも、ちゃんと申し訳なさそうな顔をしているのが腹立たしい。


 泣いてしまった私を見て、母さんは苦笑いした。


 ーー当事者ではないけえ、どちらの肩も持てん。でもな、帰る場所くらいは空けとくけん。


 昨日新茶を飲みながら言っていた通り。母さんにはそういう強さがある。この人はとてつもなく懐が深い。ばあちゃんとは、また違った強さだ。何でも拾ってきて、結局面倒をみてしまう。野良猫とか、野良猫とか。いや、面倒を見て楽しんでしまうような人なのだ。

 でも母さん、このままイッくんを拾ったりしないよね?


「まあ、夫婦は色々あるけんな」


 母さんにやんわりと言われたイッくんは、すみませんと神妙に頭を下げた。お茶入れてくるな、と母屋に入っていく母さんの背中。

 なんだか釈然としない。そりゃ母さんだって父さんがいない分、苦労した部分もあるだろう。私もそんなにいい子ではなかったと思う。ノッブはノッブで、母さんが貯めていた大学資金を「いらん」と言って返すような子だし。子どもが二人とも思い通りにいっていないはずだけれど、母さんはそれでも楽しそうだ。


 でも私は。

 何が嫌なのか分からない。メグの面倒を見るのが嫌なのでもないし、イッくんにだってもっと手伝ってと思っているわけでもない。でも何かが思いっきり足りてない。喉が渇いたみたい。砂漠で水が欲しいって言いながら行き倒れてるのに似ている。

 私は。現状の何に不満があるのか分からないまま、何かに限界を迎えてアパートを飛び出してしまった。水を求めるが如く。

 

 全然答えが見つからない。問いがないのに答えが生まれるわけもない。

 そうか、一番欲しいのは……。


 田んぼの方からばあちゃんと一緒に、ノッブがメグを抱っこしてやってきた。そして私を見て、やったれ、と言うように顎をしゃくった。昨日縁側に座って話してたやつだ。私はそれに頷いて、腕で涙をゴシゴシこすった。


 メグがノッブに抱っこされたまま、イッくんの方に手を伸ばし「あっ、あっ」と声を出す。数日ぶりのお父さんに見せる、メグの反応。そうだね、メグ。私だってイッくんが嫌いじゃないんだよ。でも、確実に話し合いの時間は足りてない。このままだと、マジで嫌いになるかもしれない。


 ばあちゃんが後ろからゆっくり追いついて、よう来たね、とイッくんに声をかけた。イッくんは立ち上がってばあちゃんにお辞儀をした。そう、別に嫌な人ではないのだ。だからこそどうしたらいいのか、その答えが欲しい。

 私は、イッくんの方に向き直った。

 

「なあ、イッくん、田んぼで遊ばへん? じいちゃんに服借りてきて。それだと汚れ取れんから」

「え?」

「ええから、早よ行ってきて。ノッブ、場所教えてあげて。私、メグ抱っこしとくけん」


 ノッブからメグを受け取ると、メグはノッブの方がいいのかバタバタと手足を動かした。

 それを見てばあちゃんが笑った。


「赤ん坊はよう知っとるね。男の人の方が力が強いけん、抱っこが安定するんやろうな」

「なあ、ばあちゃん。メグもやっぱ、お父さんの方がええんかな」

「誰にでも長短あるけんな。どっちがええとか言えん。じゃけん、みんなで見るんよ、赤ん坊は」

「そっか」


 そう言った私に、ばあちゃんは厳かに告げた。


「田んぼ入るんはええけど、ほどほどにしとけな」


 ばあちゃんには、私とノッブの悪巧みはバレているようだ。



 じいちゃんのヨレヨレTシャツを借りて戻ってきたイッくんと一緒に、私は家の前の田んぼに向かった。日差しが強い、イッくんは喋らない。そのかわり、ソワソワとした雰囲気が伝わってくる。イッくんは都会っ子だ。彼の家は普通のサラリーマン家庭だし、田んぼなんて私と結婚するまでほとんど触れる機会がなかったって言ってた。


 しろかきが終わったばかりの田んぼに入ると、ぬるりとざらりが私の足を包む。イッくんは長靴でやってきた。ノッブ、意地悪いなぁ。田んぼ入るって言ってるのに長靴渡すなんて。


「ノリちゃん、ここで何するの」

「泥んこ遊び」


 先に田んぼに入った私の後ろから、イッくんは恐る恐るといった様子で長靴の足を突っ込んだ。私は地下足袋でぐいぐい奥の方へ進んで、くるりと振り向きイッくんを睨みつける。そしてドロドロの土を掴んで、ぽかんとしたイッくんに思いっきり投げつけた。


「え、わっ、待って、ノリちゃん」

 避けようとしたイッくんは、足が田んぼから抜けなくて、そのまま背中から泥の中に倒れ込んだ。それがおかしくって大笑いしたら、私も田んぼに倒れ込んだ。シャツやパンツの中に泥が染みてくる。顔を泥まみれにして起きあがろうとしたイッくんに、更に泥を投げつけたら、ごめんごめん、と慌てた。


「ごめんじゃない! 絶対許さんけんね!」


 おかしくってイライラしてたまらない。泥をぶつけられたイッくんが、とぼけた顔して謝るのも気に入らない。


「いっつもいっつも、ごめんって! ごめんで済んだらケーサツ要らんって習ったやろ!」


 私の怒声が四国山地に跳ね返る。大昔からいる山びこさんが、私の怒りを受け取って、辺り一面に振り撒いた。

すみません、今日完結って言っていましたが上手に畳めなかったので、明日もう1話上げて完結とします。

毎日、ノリちゃんを応援してくれてありがとうございます。

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