007.ソードオブ2者面談
スカイオフィリアはどちらかと言えば王道のファンタジーだ。
エルフも妖精もドワーフもいるし、剣と魔法とドラゴンなんかもいる。
とはいえファンタジー要素が全部入っているかといえばそうでもなく、例えばモンスターとしてワーウルフはいるがケモ耳しっぽのはえた獣人族なんかはいない。
武器に関しても同じ。
魔法剣やら聖剣やら呪われた剣やらはあるけど、人の言葉を発する武器なんて設定上ないはず。…なんだけど。
『あーあ、せっかく気持ち良く寝てたってのに用もなしに呼びつけるとかマジないわー』
目の前のロングソードはなんかグチグチ文句を垂れている。
ひとりでに浮いたり動いたりとかそういうことはないけど、喋るだけでも十分びっくり。
これは主人公の能力なんだかこの剣がすごいのか。
「あのう…。」
『あ?』
「えーと…どちら様ですか?」
『は?』
なんかこの剣、口悪いんだけど。
『オマエ、マジで頭死んでんの?見りゃわかんだろ。てかそれ以前にオレの名前呼んでなけりゃ引っ張り出せてないだろ。馬鹿なんじゃねえの?』
「え、ロングソード?」
『そうだよ』
「ロングソード…さん?」
『なんで剣にさん付けしてんの?くまさんとかちょうちょさんとかそういうノリ?きも』
いやほんとに口めっちゃ悪いぞコイツ!?
「そっ、そこまで言われる筋合いないし!疑問に思ったから聞いてみただけじゃない!」
『その疑問のレベルが低すぎて引いてんだよ。あーあ、今までこんな勘違い女のスピリットに収まってたとは嫌気がさすね。』
「そう…そうだよ!私のスピリットに居たんだから私が持ち主でご主人様でしょ!もうちょっと敬うというか謙虚に話すとか」
『はぁ〜?』
ウンザリしたような舐め腐ったような声音で話を遮られた。
『別にオレはオマエのために収まってた訳じゃねえんだけど。オマエが勝手にオレを買って、オマエが勝手に収納したんだろうが。ろくに使いもしねーでよ』
「うっ…」
正直そこは覚えがある。
周回に慣れてきた頃、サブストーリーもダンジョン攻略もほぼ完遂して次なる目標を求めた時、アイテムコンプリートというのを目指したことがある。
ショップで買えるもの、隠し部屋で拾うもの、モンスターのレアドロップなどなどゲームに存在する全てのアイテムを1つ以上獲得するという、ゲームと直接の関係はない個人的な目標だ。そのアイテムを使うかどうかはさておいて。
「そ、それはぁ〜ちょっとごめんなさいだけど…」
『はぁー…で、今更なんの用だよ。』
剣が露骨にため息を吐く。
「えっと、護身用の武器が欲しいなーって思って」
『は?んなもんオレじゃなくったっていいだろうが。てかオマエなら剣なんて持たなくてもデコピン1発で大抵のヤツはのせるだろ。』
なにかと一言多いなこの剣…というか、さすがにデコピン1発はどうかなぁ…?
「見栄というかポーズというか、私は武装してますよーアピールのためにね?」
『はん、なるほどね。お飾りの剣が欲しくてオレを呼んだってことか。』
ウッ
そう言われるとまたなんとも言えない罪悪感が…
なんかあからさまに嫌そうだし、ここは一旦戻してあげた方がいいよね。
「えーと、そうだよねぇ。嫌なことを無理に押し付けるつもりもないし、どうしてもキミじゃないとダメって訳じゃないから他の武器にするね」
おずおずと答えながら今まで出しっぱなしだった刀身を鞘に戻す。そして、鞘に収まった話し相手からの返事は想像していたのとは違うものだった。
『なんで?』
「なんでって、え、嫌じゃないの?」
『別に』
さっきのようなトゲトゲしさはなく、平然とした態度で剣が言う。
『久しぶりに外の空気に触れるのもアリだなと思っただけだ。お飾りの剣ってだけならそれはそれでいいし。てかむしろ使わないでいてくれた方がありがたい』
これは…取り出され、持ち歩かれることに肯定的と受け取ってもいいのかな?
とりあえず会話を続ける。
「そうなの?剣として生まれたら戦いの中に存在価値を見出しそうなものだけど」
『はぁ…そういう先入観とかで推し量るのやめろよ。剣にせよ人にせよ決められた通りに動きたくない使われたくないって思う奴だっているだろ』
「んまぁ…それは確かに?」
『第一』
そこで急に声を張り上げて
『オマエみたいな腕力ゴリラ女に振り回されたらすぐ折れちまうに決まってんだろうが!!』
と断言された。
「え、えぇ…」
さっき『別に』って言ったあたりからツンデレのデレの部分みたいでちょっと可愛いかなって思ったのに、普通に我が身可愛さで言ってただけなんかい!
「えーと、じゃあまあ使わずに装備してるだけの剣として帯刀してても良いってことね?」
『剣に一々許可とるのオマエ。ほんとキモイな』
「なんもうホントに一言多いねキミ!?」
『いいよ』
サラッと言われた。
『これからよろしく、ナオ。』
そうして、口が悪くて愛想のない話し相手が私の旅に加わりました。
* * *
「………えーと、じゃあなんで喋れるのかはロング自身にも分からないってことね」
『さっきからそう言ってんだろうが』
あれから私は、一通り試す事を試して今は杖を片手に再び大聖堂への道を歩いていた。
あの会話の後、私は思い出せる限りの武器を全部取り出してみたが会話ができる武器はこのロングソード1本だけだった。
ロングソードそのものは他にも3本収納されていたので、それも全部出してみたが結果は同じだった。
その間、一生懸命に物言わぬ武器達に呼びかける私の姿を見て『オマエ…本当にヤバいやつだな』とか若干哀れむように言われたがそれは鋼の精神で気にしないとして。
これでおそらく、主人公のすごさで剣と会話できる説より、剣がすごくて会話できる説の方が有力になった。
「鑑定とかしてみたいねぇ」
『オレはじろじろ見られるとか嫌だけどな』
杖をついて歩きながら話す。
ちなみにこれは旅人の杖という武器だ。ロングソードと同じく最序盤で手に入るもので、魔道士系ジョブのキャラクターが装備できる。
本人もとい本剣にも『使われたくない』と明言され、かといって剣2本を持ち歩くのもアレなのでとりあえず杖という形に落ち着いた。
「ゲーム中ならメニュー…もとい今ここでざっくりとした情報を確認することもできるんだけどねぇ」
残念ながら天下のカンスト主人公にも鑑定のスキルは持ち合わせていなかった。まあ元々システム的にないんだからそりゃ持ってなくて当然なんだけど。
『また訳の分からんこと言ってんなオマエ』
「はいはいどうせヤバいやつですよー。…って、ん」
反射的に視線を上げる。
周囲の環境は、いつの間にか草原を抜けて森の中に突入していた。とはいえ安らぎの森とは大差ない程度には豊かな緑と陽の光あふれる穏やかな森。
そんな平穏な森のどこかで、すごく、嫌な気配を感じた。
すぐ近くの事じゃない、まあまあ距離がありそうだ。舌の先が乾くというか心がザワつくというか…やたら明確な嫌な予感。
「多分、これ…自動発動技能かな。」
狩人系のスキル《気配察知》、盗賊系のスキル《危機感知》。
そういったものが警笛を鳴らしているのが感覚的に分かる。
「なんかヤバいかもしれないのがいるみたい。」
『魔物か?』
さすがに事の緊迫感を察したのか声を抑えて言うロングソード。
「わかんない…でも多分、私よりは弱いかな」
当てずっぽうで言ってるのではない。サムライマスターというジョブから習得できるパッシブスキルの中に、《頂きを望む者》というのがある。簡単に言うと自分より強い相手を見分けるスキルなのだが、それが発動している感じがしない。
『どうするつもりだ?』
今までモンスターらしいモンスターと会えず、ファンタジー世界ほのぼの漫遊記みたいになっていた旅で初めて遭遇したモンスターっぽい気配。
現実世界の私なら怖がって逃げ出そうとするところだけど、怖いもの見たさというか、私よりは弱いみたいだし最悪不死で死ぬこととかもなさそうだし。
「…いってみちゃおっか。」
意を決した私は気配のする方角へ走り出した。