004.夕暮れセンチメンタル
あてもなく森の中を歩く。
季節は春くらいだろうか。新緑の葉をつけた木々の隙間からこぼれる柔らかな陽射しが、ぽかぽかと暖かくて気持ちが良い。
何も考えずにぶらつくなら絶好のお散歩日和だろう。問題は、今現在は何も考えずになんていられないってこと。
(思えば色々と衝撃の展開だったなぁ)
昔ハマったゲームの世界の主人公に異世界憑依して、その世界の住人と声を交わして、軽く暴れて、ご飯を食べて。
今更夢だなんて思わないけど、やっぱり現実味には欠けている。到底「そっかー」と受け入れられる状況じゃない。
それにしてもどうしたものか。
さっきは勢いで「ユーフォリア大聖堂に行きます!」なんて言ったけど、かなり先行き不安だ。それに…
『あのね…驚かないで聞いてね。ナオは今…"時の加護"がないんだ。』
ムムの言葉を思い返す。
時の加護がない。つまり完全な不老不死になったということ。
フィクションの異世界転生物語とかなら「やべぇwwwwチートきたこれwwww」なんてセリフでもつきそうなものだけど、スカイオフィリアの世界で不老不死なんてなったら一大事…いや、世界を揺るがす大問題だ。
異端者、神の冒涜者として吊るし上げられて即刻処刑とかもありうるんじゃなかろうか。いや、死なないのなら処刑のしようがないけど。とにかくそれくらい大変なのだ。
なぜなら時の加護を持たず不老不死ということは、時の神から加護を消されたか生命の神から死の概念を消されたか…あるいは、邪神の力をその身に授かったという事なのだから。
しばらく歩いていると、腰をかけるのにちょうどいい大きさの岩を見つけた。私はそれに座りながら考え込む。
邪神。
名前は…なんだっけ、なんたらマギア。
スカイオフィリアで辿ることの出来る3つのストーリー、そのひとつであり他2つをクリア済みじゃないと解禁されない真相ルート。
他2つのルートでは明らかにされなかった情報が開示され、全ての伏線が回収され、全ての黒幕として最後に立ちはだかる真のラスボス。それが邪神だ。
邪神の目的は、自分の力の源である混沌と絶望で世を満たすために世界に永遠の争いをもたらすこと。そのために人類から死の概念と時の加護を奪い、不老不死に戻して終わりのない戦争と絶望をもたらしたいのだ。
さっき話したマギア教団もこの邪神を救世神として崇拝しており、教義が「永遠の生命を持ってして次なる世界の楽園に旅立とう!」とかそういうノリ。楽園(半ば滅亡した争いの世界)なんだけどな。
創世神話も真相ルート上で明らかとなる真実で、ゲーム初見時は「元々みんな不老不死とかやべぇ世界だなスカイオフィリア」とか思ったもんだなぁ。
おっと閑話休題。
(ワンチャン私…ナオって世界を救った英雄とかだろうし、その功績とかで免除されないかな)
まあなくはないと思う。とはいえ確実に大丈夫とも言えない。
いずれにせよこの事がバレるのはあんまり良くないよね。いやむしろ10年眠り続けていた大英雄が当時の姿そのままに目覚めたってだけでインパクトやばいか。表立って行動出来ないやん、英雄なのに。
かといってここで手をこまねいていても元の世界に帰れなさそうだし…ぬおおなんという板挟み!
頭を抱えて呻いていたら、どこからか草木をガサガサと掻き分ける音で驚いて飛び上がった。
そういやここ森の中じゃん。安らぎの森の中じゃん。
安らぎの森は一番最初に踏み込むダンジョン。最序盤であるとはいえダンジョン。故に当然モンスターだって出るだろう。
「…ムム?オルフェさん?」
…返答なし。モンスター的ななにかである可能性高し。
…戦い方とか分かんないんすけど?
スカイオフィリアはコマンド制バトルシステムだったし、ボタン1つで戦ってくれてたし。
いやそれ以前に武器ないし?魔法の使い方分からないし?不老不死でも痛いのとかは普通に嫌なんですけど??
いやまて落ち着け、クリア後の世界なら多分ナオもクソ強ステータスのはずだ。さすがに素手だけでもワンパンできるはず。空手とか別に習ってないんだけどビンタ一発とかでも多分いけ…いける…はず…だといいな。
あでも邪神覚醒後だと世界中のモンスターが終盤クラスの強さになるんだっけ。あああなんで今そんないらん事思い出すかなぁ!私のアホ!
「ああもういいや!来るならこい!私が相手になったるわぁ!」
勇ましくそう叫んで、戦隊ヒーローみたいなファイティングポーズを取りながら揺れる茂みに向き合った。
やがて茂みから顔を出したのは最序盤の一角ウサギでも最終盤のベヒーモスでもなく、小さな黒い頭。
私の膝上くらいしかない身長、黒くて長い髪、惹き込まれそうなくらい透き通った赤い瞳。
黒いワンピースを着た少年か少女か分からない人間の子が、目の前に現れた。
モンスター…には、見えないかな?
そういう敵キャラがいたのを忘れてるだけかもしれないけど。とはいえ開幕速攻ビンタをかますにはちょっとはばかられる。
「えーと、どちら様?」
ファイティングポーズは崩さずに聞いてみた。
少年が黙ってこちらを見上げてくる。
無言。
沈黙が流れた。
わぁいすっごい気まずいぞう☆
「ボク…迷子かな?ごめんね怖がらせるつもりとかじゃ全然なかったんだけど」
さすがにファイティングポーズを解いて手を振って弁明した。
「私はナーー…えっと、ナーシャ…そうナーシャっていうの。考え事してたら君が来たからびっくりしちゃってね、怪しい人とかじゃないよー、ホントダヨー」
咄嗟に偽名を使ったりファイティングポーズしながら叫んでたりしてた時点でその弁明は大分遅い。あと怪しくない人アピールするやつほど怪しいヤツ感が高いってそれ1。
「…奈緒」
しかし少年は偽名ではなく私の名前を呼んだ。
私自身の名前。ナオとイントネーションは同じなのに、なぜだろう。そう感じた。確かに私の名前を呼んだのだと。
「奈緒、どうか約束を違えずに。救済の導き手、異界より来たる癒し手。貴女だけが奇跡を紡ぐ。その魂の内にある彼を快癒してくれ。」
透き通る赤い瞳でまっすぐこちらを見据えながら、やけに気持ちの落ち着く、静かな声音で少年はそういった。
「君…は…」
どうしてだろう。声が掠れる。目が離せなくなる。
このままずっと見つめ合うのだろうか、そんな錯覚にさえ陥ったけど、先に目を逸らしたのは少年だった。
「…すまない、あまり姿を現せない。また会おう、私の残滓が陰る場所で…。」
だけど、どうか──。
そう言い残して、少年は陽炎の様に揺らめいて姿を消した。
風が吹いて木々が揺れる。風が過ぎ去ってまた平穏が戻ってきた頃に、私は何度か瞬きを繰り返した。
…えええええそういうやつぅ?
急に現れて意味深なセリフ一方的に吐いて消えるヤツじゃんそれぇ
なんだろう今の…イベント?
あんなの見たことないや。私の知らないイベントなんてあったのかな、攻略サイト見ながら隅から隅までやり込んだつもりだったんだけど。
でも、どうしてだろう。
妙に心に染みたというか、頑張ろうって気持ちになってきた。
知らないイベントを見てテンション上がったのかな?
そうだよね、ウジウジ悩んでても仕方ないし、やれることからやっていかなきゃ
そうと決まればさっさと小屋に戻ってオルフェさんから戦い方の1つでも習わないとね!
意を決した私は、小屋に向けて歩き出した。