001.寝起きデストロイ
普段と変わらない日々だったと思う。
今日もお仕事疲れたなーとか、明日の朝ごはんは何にしようかなーとか、新作のゲーム楽しみだなーとか、そういうとりとめのないことを考えながらその日もきっと眠りについた。いや具体的には覚えてないけど。
はっきり覚えていることがあるとすれば、来週の金曜日は有休を取ってこの1ヶ月待ちに待った新作推しゲーム「ブレイブブレイド4ザ・エヴォリューション」を24時間プレイするスーパースペシャルプレミアムフライデーとなる予定があったくらいだ。
いつものようにふっと目を覚ました。そしていつものように、自分の右隣に置いてあるスマホを確認しようと、寝ぼけながら手を伸ばした。
けれどそこに自分の愛用スマホはなく、そもそも自分愛用の布団の中とは違う手触りというか違和感を覚え、脳みそが一気に覚醒した私は驚いて飛び起きた。
好きなキャラのぬいぐるみ、推しキャラのアクリルスタンド、半ば衝動買いしたお高めの壁掛時計。そういったいつも目にする家具はそこになく、ただ視界の中に広がったのは全く知らない部屋の景色。
あ、これ夢かな。その時はそう思った。覚醒夢なんて人生で1,2回しか見たことがないけど、まあ3回目だってあるだろう。その時もそう思った。
ベッドのすぐ脇にある窓からは暖かな陽の光が差し込み、おそらく欠かさず洗濯をしているのであろう真っ白いカーテンは、柔らかな風に包まれてゆらゆらと揺れていた。
部屋の中にあるのは私が今寝ているベッドと簡素な机、その上に置かれた一輪挿しの花瓶と見たことのない花が一輪。
その隣にある戸棚の中には、小瓶やら小物やら、これまた見たことのないものが並んでいた。
そして電気照明らしきものはなく、傍らに使い古したランプが置かれている。
どう見ても令和のオール電化ハウスには見えない。
どちらかというと、森の中のオシャレなログハウスの様な印象を受ける、実に素朴な木造小屋だった。
(こういうのって夢占いだとどういう意味があるんだろうなぁ)
そんなとりとめのないことを考えながら素足のまま床に足をつけ、ゆっくりと立ち上がろうとしたその時、木造の扉が音を立てて開き、向こう側にいた人物と目が合った。
いや、人物と呼んでいいのか知らんけど。
だって、どうみても妖精だし。
淡く虹色に煌めく透き通った羽、山吹色の髪とトパーズみたいな瞳。ちょっとしたテレビのリモコンとどっこいの身長をしたそいつは、私と目が合うと手に持っていた何かをポトッと落とし、そして
「う…うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
と叫びながらすごい勢いで全力頭突きをかましてきた。
そもそも妖精っぽい何かが空を飛びながら部屋に入ってきただけでも呆気にとられていた私は、避ける間もなく己の額に妖精っぽいのの全力頭突きを受け止めて、反動でさっきまで頭を乗せていたであろう枕にもう一度頭を突っ込んだ。すごい勢いでな。
「いっっっ…たぁぁ!?」
思わず声に出す。いやほんと、くっっっそ痛いんですけど?
夢ってここまで鮮明に痛みとかあるん??
同じく結構な痛みに見舞われたのか、妖精らしいなんかは自分の頭を抱えて少しふらつかせていたが、やがてハッとなったようにこっちを見て私の顔面に飛び付いてきた。
「なっ…ナオ!本当にナオなの!?ついに目を覚ましたんだね、そうだよねナオ!!」
一体どこにそんな力があるのか、襟首を掴まれて頭をガクンガクンと大きく揺さぶられる。
強力な一撃からの激しい振動を食らった私の脳は、そろそろ一回転してバターにでもなっちゃうんじゃなかろうか。ていうか率直に言って吐きそう。
あれ、これ本当に夢…なのか?
「騒がしいですよ、ムム。いったいどうしたんですか」
扉の向こうからもう1人誰かが入ってくる。
今度はリモコン大の大きさをした妖精っぽい何かではなく、身長180cmはありそうな中性的な人物だった。
その人物…若草色のロングヘアと尖った耳からエルフっぽさを感じさせるその人物とも目が合う。彼(彼女?)は開幕全力頭突きをしてくること無く、目を見開いて「ナオ…ですか…?」と呟いた。
確かに私の名前は奈緒だ。間違っちゃいないのでぎこちなく頷く。
ていうかさ
ていうかさだよ
「これ…ほんとに…夢なん…ですか?」
思ったことをそのまま口にした。仮に夢だとしても夢の住人がハイそうですと答えるかどうかとか、そういう発想は全くなかった。
エルフっぽい人は少しだけ悩む素振りを見せてから口を開く。
「…あなたの言う"夢"が何を指しているかまでは推し量ることができませんが、この世界では眠気も空腹も感じますし、生や死の概念もありますよ。」
「夢…じゃない…?」
「眠りについている時に見る夢の事であれば、そうですね。」
「えっ、じゃあ…私の家は…?」
あの家賃5万の平アパートは?
「ここは私の住処ですので、貴女の家ではないですね。」
是非もなく答えるエルフっぽい人
あーーーーーなるほどなるほどはいはいはい…
完全に理解しましたよこれ
つまるところこの状況はアレですね
あの有名なやつ
そう
イッツア☆誘拐
「ア゛ーーーーーーーー!!!!!」
全てを理解した私は、産まれて初めて腹の底から絶叫した。
胸元に引っ付いていた妖精っぽい何かを鷲掴み、誘拐犯の顔面目掛けて全力でぶん投げる。グエェという呻き声が聞こえたが、当然気にする余裕はない。
そのまま急いで逃げだそうとし、足がもつれて無様にベッドから転落した。
「だ…大丈夫ですか?」
顔面から妖精を剥がした誘拐犯が慌ててこちらに手を差し伸べようとするが、パニックに陥った私は「ア゛ーーーー!?」とどこぞのマーモットの様に叫んで反射的に飛び退き、近くにあったランプやら花瓶やらを手当たり次第に掴んでぶん投げた。
それらは誘拐犯の近くに着弾すると思われたが、誘拐犯が小声で何かを呟くと、それらは空中でぴたりと静止した。
「うぬぇ!?!?」
フィクション作品でしか見たことのないような超常現象を目の当たりにした私は、あまりの驚愕からまたしても大声で叫び床の上を這いずるようにして逃げ回り、近づいてきた誘拐犯に対しとっさに全力の足払いを食らわせた。これもまた産まれて初めてのことだった。
「うわっ!?」
なすすべもなく転倒する誘拐犯の背後から宙に浮いていたランプや花瓶が落ちて砕け散る音がする。その隙に逃げようとする私の顔面に妖精が「ナオーー!」と叫びながらまたも全力タックルを私の顔面にかましてきた。こいつタックル大好きかよ!
ひっぺがそうとしても全力でしがみついていて、中々離れない。前が見えず更にパニックに陥った私はもんどりうっていろんな所に体をぶつけ、「ああああああ!!」とか言いながら床の上をゴロゴロと転がった。
そして何者かに体を押さえつけられ、頭の上に手を置かれると、何か呪文のような言葉を囁きかける。
するとさっきまでアドレナリン全開だった頭は、まるで冷や水でもかけられたようにスーッと沈静化し、一気に落ち着きを取り戻した。(あぁ、SAN値回復ってこういうことなのかなぁ)とか、とりとめのないことを考えてしまう程度には落ち着いた。
「私は誘拐犯ではありませんよ」
誘拐犯もといエルフっぽい人に苦笑気味にそう言われる。
そして、顔面に張り付いて何かを泣き叫んでいる妖精をひっぺがしながら
「まぁ、連れてこられたという意味では間違っていませんが」
と付け加えた。
私は実に穏やかに気絶した。