008.唐突シリアスRPG
森の中を全力で駆ける。
初めて見る場所のはずなのに、茂みに足を取られることも木々に激突することもなくスイスイと走っていけた。これも何かしらのスキルが働いているのかもしれない。
いやぁ自分で自分の能力が恐ろしいわ…。
「…ん、だいぶ近くなってきたかも」
足を止め、適当な木陰に身を潜める。
索敵するようなスキルで様子を伺えたらいいんだけど…さすがにそれはパッシブスキルには無いし。
このゲームには自動発動技能とは別に戦闘技能と補助技能があるのだが、ジョブをマスターすれば他ジョブに転職しても使用可能なパッシブスキルとは違い、アタックスキルとサポートスキルはそのジョブでないと使えない。
索敵系のスキルは大体が狩人系、盗賊系のジョブじゃないと使えないのだ。
まあさすがに全盛りしちゃうとチートというかゲームシステム的にヌルゲーになるから順当でいいとして…。
(そもそも私って今なんのジョブだ…?)
すごく今更な疑問が頭をよぎる。
多分パラディンとかワイズマンとか、もしくは救世の英雄とかだと思うんだけど…あーもーメニュー見れれば一発で分かるのに!
多分一番可能性が高いのは、真相ルートかつ主人公限定ジョブの救世の英雄だ。となると索敵系のスキルはひとつもないので使えないはず。
(まあダメもとで使ってみるか…《鷹の目》)
《鷹の目》は狩人のサポートスキル。敵の特性や弱点を見破る効果がある。
ところが、チートなパワーで《鷹の目》の効果が使えた!…という虫の良い展開は起こらず、残念ながら何も起きなかった。
多分使い方は間違ってないので単純にジョブが違うから使えないのだろう。
『…おい、アイツどっか行きそうだぞ』
ロングソードが言う。
「えっ、ああ本当だ」
なるほど確かに動き出す気配を感じる。
モタモタしてる間に取り逃がす訳にもいかない。
いい加減意を決した私は、逃げる方向と手順をしっかりと確認した上でモンスターを肉眼で確認できる位置まで近付いた。
そこにいたのは…オーガ。少し開けた場所に、全長4mはありそうなオーガがいた。
この周辺でエンカウントする、ちょっと強めのザコ敵だ。なのでオーガがいるのは何の疑問もないんだけど…。
私の知ってるオーガと、ちょっと…いやかなり違う。
筋肉隆々の緑色の皮膚に、青紫色のまだら模様。本来一本角のはずがもう二本、形状の違う角が生えている。
それだけならまだいい。
血管の浮き出た凶暴な腕とは別に、ライオンのようなクマのような獰猛な獣じみた腕が背中からもう二本、計二対四本の腕を持っていた。
(ええ…なんかすごいキモいんだけどぉ…)
グロホラーの類いは割りと平気な方ではあるが、だからといってキモいものは率直にキモい。
それに見覚えが全くない。10年前で覚えてないとかではない、本当に見たことの無いモンスターだった。
序盤からあんなキモいのと遭遇してたら嫌でも覚えそうだし。
どういうことだろう…思えば意味深少年にせよロングソードにせよ、私の知らない展開が度々起こっている。
(この世界って、本当に──。)
そう思った刹那。
私の身体は思いっきり下方向、地面へと引っ張られた。
這いつくばるような形で地面に伏せると、次の瞬間、鈍い風切り音と共にさっきまで身を隠していた木が力任せになぎ倒される轟音が響く。
為す術もなく砕け散る木片を背中に浴びながら、そこでやっと自分の身体が引っ張られたのではなく、無意識かつ反射的に屈んで攻撃を回避した事を察した。
「Gaaaaaaaaa!!!!」
化け物のおぞましい雄叫びが辺りに響く。
なぎ倒された木の向こうから、醜悪なオーガが血走った眼でこちらを睨んでいた。
「ひっ…ひえぇぇぇ!!」
思わず情けない声を上げながら開けた場所へ飛び出した。
パッシブスキルに《気配遮断》とかあったはずなのになんで見つかったの!?
『おい、しっかりしろ!来るぞ!』
ロングソードの叱咤が聞こえる。
「Gaaa!Guaaa!!」
「ひえっ、ちょ、まっ、」
がむしゃらにブンブンと襲い来る四本の腕をなんとかかわしていく。
赤羽奈緒だったら間違いなく腰が抜けて動けなくなってそうなのに、これだけ軽快に動けるなんてさすが女主人公ナオ…って、いやいや感心してる場合じゃない!!
多分今は踊り子か忍者か知らんけど回避系能力のパッシブのおかげでなんとかなってるっぽい。けど、それもいつまで持つか分からない。
この状況をなんとかしなければ!
咄嗟に腰に差した剣の柄を握り締める。
『おっ、おい!間違ってもオレを使うなよ!折れる!ゼッタイ折れるからな!』
「今ンな事言っとる場合かーッ!」
今日イチの渾身ツッコミを炸裂させながらオーガもどきの拳をなんとか避ける。
でも確かに折れて二度と話せなくなったりされても後味悪いし、胸に手を突っ込んでる場合でもないし、剣以外の選択肢…そうだ、魔法だ!
スキルの使い方同様、魔法の使い方もオルフェから教わってんだよ!
なんとかオーガもどきと距離を取り、向き直る。
かざした杖の先を標的に差し向けて、腹から声を出した。
「火弾よ貫け!フレイムショット!」
ジョブ違いで使えませんでした…ということも無く、杖の先に魔法陣が浮かび、練り上げられた火炎がオーガもどき目掛けて射出される。
それは見事、相手の顔面へ命中。爆ぜる炎が凶悪な顔を焼く。
『やったか!?』
「おいフラグゥ!!」
だからコントしてる場合じゃないんだって!
オーガもどきは顔を手で覆ってもがき苦しんでいるが致命傷にはなっておらず、すぐにでも立ち直りこちらへ襲いかかって来そうだ。
ていうか序盤モンスターが初期魔法とはいえカンスト主人公の一撃を耐えるってどういうことなの。やっぱり普通のオーガとは違うのかな。
「ダメだ、もっと強力なやつじゃないと。」
『なら早く最上位魔法でもなんでも使えよ、オマエならそれくらい数発は撃てるだろ?』
……ん?
なにか、言い知れぬ違和感みたいなものを覚えた。
いやいや、今はそれどころじゃない。
「そうだね、パッと見で闇属性っぽそうだし光魔法とかいいかも」
『相手の弱点とか分かるのか?』
「長年の勘!」
『オマエなぁ…』
呆れる長剣を余所に、杖を構え直して息を吸う。
ひとつ。
ふたつ。
間。
沈黙。
『…おい、なにしてんだ早くしろよ』
長い沈黙に耐えかねた剣が声をかけてくる。
「…これはねぇ、ヤバいやつですねぇ」
思わず目が泳いでしまうのが自分でも分かった。
「…詠唱が思い出せない」
『はぁ〜〜〜!?』
いや分かってるよ、ここ一番でそんな大事な事を忘れるとかそりゃはぁ〜!?って言いたくなるのも分かるよ!
そう、魔法を使うには詠唱が必要らしい。
とはいえ「紅蓮の炎よ、我が眼前の敵を焼き払え!」とか長ったらしいやつじゃなくて、もっと短い詠唱。詠唱と言うよりはちょっとした前口上みたいなヤツ。フレイムショットなら「火弾よ貫け」がそれに該当する。
そんな詠唱を魔法ごとに全部、オルフェから教わったんだけど…
『なんで忘れんだよ大事なことでしかも短文で覚えやすいのになんで忘れんだオマエは馬鹿じゃねぇの馬鹿じゃねぇの馬鹿じゃねぇの!?』
「そんなに言うことないじゃんかぁ〜〜!!」
私だって初回はちゃんと覚えてたけどあまりにも敵と遭遇しなさ過ぎて軽く平和ボケしちゃったというか考え事してて抜けてっちゃったというか…忘れちゃったもんは忘れちゃったんだもん!
ああ…懐かしいな…。
会社でも教わったことよく忘れて先輩に同じ質問3回くらいしてはやんわりと「そろそろ覚えよう?」と言いたげなスマイル貰ってたっけ…。
いやいやいや、感傷に浸ってる場合じゃない!
見ると顔を焼かれたオーガもどきがいよいよ立ち直りそうになっていた。またこちらへ殴りかかってくるのは時間の問題…。
「あっ、そうだ!」
思わず声を上げる。
「メモ束!知ったこと聞いたことをメモしてまとめといたやつ!そこに詠唱とかも全部書いた!」
『おおっ、それだ!』
剣も思わず感嘆の声を上げる。
自分の懐をまさぐる。ポケット、ポーチ、ウエストバッグ…全部に手を突っ込んでまさぐる。
「あれ…あれない…ないなぁ、このへんにやっとかなかったっけ…あれぇ?」
『早くしろ!アイツ動き出してんぞ!』
おかしい確かこのへんにやっといたはずなのに…ていうかこの服の構造どうなっとんねんポケットが訳分からんとこに…2次元世界の衣服は訳分からん。ここへ来てコスプレイヤーさん長年の難題が自分に降りかかる事になろうとは。
ああ…懐かしいな…こういうのもよくやったよね、持ち歩いてるはずなのにスマホがどっかいったり鍵がどっかいったり…なんでいつもこうなるんだ。同じうっかりをしょっちゅうやっちゃう…お前はいつもそうだ…。
『おい──おい!前!』
ロングソードの悲痛な叫びが聞こえてふと顔を上げた。
そこには顔面を焼け爛らせながら、憎悪とも狂気とも知れぬほどにこちらを睨み下ろすオーガのような怪物が…私の頭へ手を伸ばし、イチゴのように握り潰そうとしているのが見えた。