信仰の対象
駅前を歩いていると、新興宗教の信者と思われる女性がビラを配って勧誘をしていた。
それをほとんどの人が無視するように前を通り過ぎる。自分もその一人。スマホをいじりながら前を通り過ぎようとした。
だが、視界の中にビラが入ってきた時にギョッとした。差し出されたビラを持つ手が黒かったのだ。日焼けなどではなく、真っ黒。それに皹が生えていた。まるで炭のようで、人の肌にしてはあまりにも異様だった。
驚いて思わず声を上げそうになったが、その場では足を止めずに通り過ぎた。そして少し離れたところで立ち止まって、ビラを配っていた人を見てみる。
ビラを配っていたのは嘘くさい笑みを浮かべている三十代ぐらいの女性。
彼女の顔は黒くはない。人間の肌の色をしていた。長袖から出ている女性の手も黒くはない。黒く見えたのは、気のせいだったかと思ったが、彼女の背後に何かがいることに気付いた。
それは「何か」としか言い表せない存在だった。
人間のように手足はあったが、人間であればあるはずの、首から上はない。それに服を着ておらず、全身真っ黒な身体をしていた。首から上はないが、手足は長く、身長は二メートルはある。とてもこの世に存在する生物とは思えなかった。
その存在を認識して気付いたが、その存在の腕は女性の腕と重なっていた。まるで溶け合うように一体化していて、一つの黒い腕になっていた。その黒い腕でビラを配っている。
誰もこの黒い存在に気付いていないらしく、自分のように女性の様子を窺う人はいない。
ああ、これは見えてはいけないものだ。直観的にそう思い足早にその場から離れた。
もしかするとこの黒い存在こそが、女性の信仰の対象なのかもしれない。だとしたらどうして信者の腕を使ってビラを配っているのか。そして、いったい何を信仰しているのだろうか……。
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