お先に
金田さんという男性はいわゆるブラック企業と呼ばれる会社に勤めていた。
毎日数時間の残業は当たり前、休日出勤も度々ある。そのうえ業務時間外の労働に対して手当を出さない。少しでも仕事が遅れれば厳しい叱責をされる。
あまり自分の意思が強い方ではない金田さんは文句を言わず、どれだけ理不尽でも上司の言葉に黙って従い、頑張って仕事を続けた。
だが、金田さんは務め始めて三年目に心を病んでしまった。
会社に行くのが苦しい。でも会社に行かなくては上司に叱責される。そのような状態であっても辞める勇気がなかった。
相談できる人もおらず、心が苦しいのを我慢し続けた結果、とうとう金田さんは自ら命を絶つことを考えるようになった。
死ねばこの苦しい状況から逃げられる……そう思った金田さんはいつものように残業を終えると、帰り道にある踏切で足を止める。
ここで金田さんは電車に飛び込もうと思った。
電車が来るのを待つ。やがてカンカンカンカンと警報が鳴って遮断機が降りてくる。
電車が近付いて来るのを感じた金田さんは、さあ行こうと遮断機の下をくぐり抜けようとした……その時。自分の横を通り抜けて線路に飛び出す男性がいた。
金田さんよりも少し年上と思われる、自分と同じサラリーマンと思われるスーツ姿の男性。
突然現れた人物に驚き、金田さんは動けなくなった。
線路に飛び出して行った男性は、そんな金田さんに対して「お先に!」と、まるでかけっこで順番を競う子供のような明るく、無邪気な声で言うと、電車に撥ねられた。
その後は警察や鉄道会社の人が現場に来て、そこに野次馬も集まってくる。金田さんはもう自殺どころではなくなった。
それから不思議なことに、金田さんが命を絶とうと考えると、まわりで自殺する人が現れる。
通勤途中に乗っている電車に飛び込む人がいたり、買い物に行ったスーパーのトイレで首を吊っていたり、会社の近くのビルの屋上から飛び降りたり……そんなことが何度も起きた。
そして自殺をした時と思われる瞬間に金田さんには「お先に」という声が聞こえた。
決まった人の声ではなく、老若男女様々……きっと目の前で線路に飛び出した男性のように、自殺をした人の声だと金田さんは思う。
そして何度もその声を聞いている内に、金田さんは死ぬ順番があるのだと悟った。
天寿をまっとうせず、人生から途中退場してあの世に行くのだ。あの世で受け入れる準備もあるのだろう。そして受け入れる準備ができた人から「お先に」と順番待ちをしている人に声を掛けて死ぬ。金田さんにはそのような仕組みがあると、順番待ちをしている一人として理解することができた。
金田さんはいつか自分が「お先に」と言う日を心待ちにしている。
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