タリカラという国
泣きじゃくる紗椰を連れて、青刹は、愛惟のもとに身を寄せた。
東矢は、まだ帰っておらず、愛惟は、驚いてはいたが、紗椰が落ち着くまで寄り添い、背をなでてくれる。
温かいミルクを飲ませると、やっと呼吸ももどり、紗椰は愛惟に寄り添ってもらいながらうなされるよう口を開く。
「憎しみの気持ちが出てこないの。私は、あんな風に言われて、怒るべきなのに。父のことが大好きだったのに。あの人から悲しみだけが流れこんできて、そちらに引っ張られてしまう。なんで・・なんで!!」
愛惟は優しく紗椰をなで、紗椰は落ち着くと同時に眠ってしまった。
「まったく。式の日は夜通し男の会でのみ明かして、今日は紗椰様たちが駆け込んできて、出番はないなって友達のとこに泊まりにいっちゃうし。私たちホントに新婚なんですかね?」
愛惟が笑いながら青刹に話しかける。
シロは、ちょっと調べてくる、と言って出ていった。
怒りで我を忘れていたかと思ったが、シロも気付いていたらしい。
首筋にあった刺青。
あれが、予想通りならば、少なくとも紗椰の父の再婚については説明がつく。
「紗椰様って、人の気持ちに妙に敏感なときがあるんですよね。」
愛惟が懐かしそうに言う。
「私と東矢が、結婚することになったのは、もとはといえば紗椰様が始まりなんですよ。」
「そうなのか?」
「はい。」
愛惟も東矢も、自分たちの気持ちにすら気付いていなかった頃。紗椰が唐突に言ったのだ。
二人はきっといい夫婦になるね、と。
驚いて聞き返したときの、紗椰の丸くなった目を今でも覚えている。
『だって、こんなに相手を想っているんだもの。』
驚きと同時に納得している自分にさらに驚いた。
気がついてしまえば、自分がどれだけ東矢を愛おしく思っているか、今までなぜ気付かなかったのか不思議なくらいに、はっきりと自覚してしまう。
やがては自然とこうなっていたかもしれない。
でも、やはりきっかけは、紗椰なのだ。
「ありそうだな。」
「でしょう?」
愛惟はそれからにやりと笑った。
「私も、紗椰様ほどではないですが、勘は鋭いほうですよ。アオさんって、紗椰様のこと、想ってますよね。」
不意打ちに、青刹は言葉につまる。
「龍の花嫁伝説のことがあって、シロ様が夫になったと最初に聞いた時はそうなのかと思ったけど、最近はちょっと違うのかなと思ってます。むしろ、アオさんが深く関わってるんじゃないかなって。」
もともと彼らを安心させるための設定だ。嘘をつく必要もないのだが。
悩んでいると、愛惟は微笑みに変わる。
「いつか、いろいろ落ち着いたら、ホントのことを教えてくださいね。」
「ああ、約束しよう。」
夜は静かに更けて行く。
シロが「タリカラだった。」という情報をもたらしたのは、愛惟が寝てしまった真夜中のことだった。
朝。
紗椰は泣きつかれて寝てしまったのが申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、シロとアオから、ある想像を聞いていた。
「ちょっと前にね。国とも呼べないくらいの小さな集落が、壊滅状態に追いやられたんだ。その集落の名前はタリカラ。タリカラの民はほとんど全滅したと言われてる。」
なぜ、タリカラは攻撃されたのか。
原因不明の伝染病が流行し、死に至る病の封じ込めのために、見捨てられたからだと言う。
だが、病にかかっていなかった者ももちろんいた。
彼らは、必死で、攻撃をかいくぐり、脱出をはたす。
脱出してからも、見つかれば、病の可能性を疑われ、処刑される恐怖にさらされた。
「彼らの名誉のために言うとね。伝染病を抑えるために、ちゃんと対策をして、病の研究もしていたんだ。医師や薬なんかが足らなくて、近くの国に助けを求めたんだけど、相手が悪かった。調査団を派遣して、原因不明とわかると、治療ではなく、強制的な封じ込めを選んだんだ。」
結果、病ではない死を多くが迎えた。
もう一つ、彼らにとって、大きな悲劇があった。それは。
「タリカラにはある風習があってね。成人の証しに刺青をいれるんだ。特徴的なタリカラの紋章をね。」
そこまで聞いて、理解した。
義母は、人前では首もとを必ず隠していた。
しかし、館のなかでは何度か見たことがある。
首から肩にかけての辺りに、確かに刺青があった。
義母は、タリカラの生き残り・・。
「おそらく、彼女を守るために、妻として匿ったんだろう。」
青刹は言う。
妻なら目の届くところで匿える。事情を知るものも最低限。というか、紗椰の父しか知らなかっただろう。
テナンの結婚式では、花嫁は伝統的な衣装を着る。
首もとを隠せないことも、式をあげなかった理由かもしれない。
というか。
それが事実なら、二人は愛ではなく、手段として結婚を選んだことになる。
義母は言った。
「覚悟が決まったら復讐しに来なさい。」
と。
義母は、父を殺したと言った。
タリカラの病と、関係があるのだろうか。
「アオ。」
「なんだ?」
「もう一度、館に行きたい。復讐じゃなくて、ちゃんと真実を知るために。流込んできた悲しみの理由を知らないまま、覚悟なんてしない。」
見届けてほしい、と頼む。
青刹は答える。
「紗椰が望むなら、最後までそばにいる。」
もう、ずっと、青刹はそれを決めているから。