5
空の色が、鮮やかなから、徐々に闇へと支配権を移してゆく。
それでも街の喧騒は途絶えることを知らない。
人の往来のやむことのない、街の一角…。
ドンッと少女と男の肩がぶつかった。
「気をつけろっ!!」
男が声を荒げた。
そのまま歩き出そうとした男に、抗議の声が上がる。少女の声ではなく、猫の声で。
「!?」
立ちどまり、振り返った男は、少女の肩に漆黒の猫が乗っているのに気付いた。
その蒼玉青色と、金色の瞳が、わずらわしそうに男を見ている。
男は見くだされている気がして、カッと頭に血がのぼる。
「失礼」
男の感情が爆発する寸前、静かな声がさえぎった。
男は視線を横へと動かし、息をのんだ。頭にのぼっていた血が、一瞬にして凍結する。
「あ、う…っ、お、おうよっ。気をつけやがれ」
とっさにとりつくろった声は、彼の意思を裏切り、迫力に欠けていた。
少女の全てを見すかすような、一点の曇りもない瞳に、男はたじろぐ。
「みゃぅ?」
少女の肩、黒猫とは反対側から、問いかけるような鳴き声が上がった。
「……っ!?」
今度は何事かと男は視線を滑らせた。
純白の猫が金色と翠玉緑色の瞳で男を見つめ、さとすようにもう一度鳴いた。
「ぐ…っ…」
男はうめき声に似た声を発し、逃げ腰で少女に視線を戻す。
少女は無表情に男を見返した。
両肩の猫が声を上げる。
「あ…こ、こっちこそ、悪かったな」
それだけを言うと、男はあたふたと逃げだした。
少女はその姿を見送ることもなく、興味もなさそうに歩き出す。
左肩の黒猫が、妙にさめた目で走り去る男の後ろ姿を見、ふんっとばかりに顔を背けた。
右肩の白猫はちらりと男の背を見やったが、すぐに少女に視線を移し、その頬にすり寄った。
少女は小さく頷き、角を曲がる。
一軒の居酒屋の前で立ちどまった。
猫と瞳を交わしてから、少女は暖簾をくぐった。