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ゆったりとした足取りで歩く少女の足元を、黒猫と白猫がじゃれあいながら歩く。
この角を曲がれば、もう、家だ。
『ソウジュ! おっそーい』
角を曲がった瞬間、元気な声と同時に抱きしめられる。
創樹は目を丸くした。
『よっ』
『例の件では、世話になったな』
ニッと笑ったザットと、穏やかに微笑んだシグが歩み寄り、創樹の肩を両側からポンッとたたいた。
変わらない笑顔だった。
日本人ではない、というだけでも目立つのに、さらに一人一人の容姿が目を惹く。
ちょっと、近寄りがたいほどの空気…。
近所の人の目がないのは、シグが何かをしているのか…。
『どうして…』
創樹が呆然とつぶやく。
『【あ~ら。「どうして」なんて、私がの恩人を忘れるとでも思ってるのかしら?】』
峰春が早口の中国語で言って、いたずらっぽく創樹の頬をむにっとつまむ。
『【恩人だなんて…私はそんな大それたこと…】』
創樹は戸惑ったように中国語で返す。
『ちょっとちょっと、英語で話してくれねぇかな?』
ザットが二人の間を割った。
『【女の子同士の会話に割り込まないでちょうだい】』
峰春が中国語で言って、イーッと顔をしかめてみせる。
『英語で話せ!』
ザットが峰春に叫ぶ。
『おいおい…』
やれやれ、とばかりにシグが二人を引きはがした。
『相変わらずこの調子だぜ。助けてくれよ、創樹』
シグがわざとらしいしかめっ面で、創樹を見る。
創樹は思わずクスクスと笑っていた。
楽しそうな、笑みだった。
『三人とも、お変わりないようで…』
穏やかに微笑んで言った創樹に、
『ソウジュも相変わらず可愛い』
峰春が抱きつく。
『ほら、いい加減にしないと、創樹のお兄さんがずっと玄関で待ってるよ』
シグが苦笑して峰春を小突き、創樹の背をそっと押す。
「え…?」
創樹は峰春の肩越しに、咲也を見た。
「兄さん…」
「いつまでそうしている気だい? 風邪を引くよ? 家に入りなさい。そちらの三人も一緒に…」
創樹は、穏やかに告げる兄のそばへ。三人も続いた。
「兄さん…会社は…? こんなに早く終わったの?」
「定時であがっただけさ」
少々驚いたように首を傾げる創樹に、咲也は微笑んだ。
「どうして…? いつも、遅くまで残業なのに…」
「ん? 妹の荷造りを手伝っちゃ悪いのかい?」
咲也は、静かに告げた。
全てが片づき、熱が下がった後、創樹は兄にだけ全てを打ち明け、一人暮らしをすると告げたのだ。
転校も考えていると。
なるべく、両親を脅えさせないように…危害が及ばないように…。
父親は突然の申し出に難色を示したが、母親はなるべく早くにしなさいと、一も二もなく賛成した。
生活費はいくらでも送ってやるから、早く家を決めなさい、と…。
まるで、創樹が出て行くのを歓迎するかのように…。
創樹は、ただ、感謝の言葉を告げた。
一番反対したのが、兄の咲也だった。
だが、創樹は、二度とこんなことを起こしてはならないと、兄を説得した。初めて兄に、今まで思ってきた、全ての思いを打ち明けた。
それから兄は、創樹にとって、初めての人間の相談相手となってくれた。
その兄には、生活費を全て賄うという両親の申し出はありがたいが、自分もバイトをして、少しでも両親に頼らないようにしたいと、思いを打ち明けた。すると…無理をするようなら、自分が創樹の生活費を出すとまで、兄は言ってくれた。
初めて、本当の兄妹のような、会話ができた。
家は、二・三軒候補が見つかったが、まだ、決定はしていない。
でも、創樹は既に、荷造りを始めていた。
すぐにでも、出て行けるように。