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神宿り  作者:
エピローグ
101/103

1

 下校時間、部活に行くクラスの皆や、がやがやと帰宅する人の間をすり抜け、創樹(そうじゅ)は校門に向かう。

 例の一件から十日ほどたった日のことだ。

 あの後、長門に見てもらったが、もうひとつの()を集め、変質させる機械はどうしようもなく、シグとザットだけが部屋に残ると、機械を破壊すると同時に一気に鬼を(はら)った。

 遼介の記憶も元に戻した。もう、完全に問題ないだろう。

 新しく創樹の宿神となった乱和(らんわ)は、癒しと平和、均衡を司る宿神で、遼介の記憶の修復や、峰春(フォンチュン)の腕の傷を治すことに、全力を注いでくれた。

 己の宿主であった、本間の起こしたことだから…と、気に病んでいることが、創樹にもわかった。

 創樹は三日三晩、高熱にうなされ、学校を休んだ。

 兄の咲也(さくや)は、創樹本人がびっくりするほど心配していた。

 以前は創樹が高熱を出すと、学校への連絡のみ父がしてくれていた。父と兄は普通に会社や学校に行ったし、母も、そんな日は食事だけ用意してくれ、父か兄のどちらかが家に帰るまで家に寄り付こうとしなかった。創樹を恐れるかのように。

 だから創樹はそんな時、砕牙たちにご飯を部屋まで届けてもらって過ごしていた。

 しかし…今回は咲也が会社を休もうとするのを、創樹が止め、頼み込んで、ほとんど無理やり出勤させた。

 両親が、二人の態度の変化を、奇妙な瞳で見て居た。

 高熱くらい、創樹は平気だった。宿神を受け入れたあとは、いつものことだったから。

 創樹が寝込んでいる間に、町から変質した鬼は消えていた。

 あの日以来、シグやザット、峰春とは連絡もなく、会ってもいない。

 もう、この町にいないのかも知れない。

 それならそれでも、構わない。

 縁があれば、また会えるだろうから…。

 会えなかったら、縁がなかっただけの話…。

 創樹は、己が人の記憶から消えてしまうことに、慣れていた。



「カ・ミ・シ・ロ・サン」

 声を掛けられ、創樹は振り返る。

「ちょっと、いい?」

 五人の女に囲まれ、創樹は無表情に皆を見回した。

 半ば連れ去られるように創樹は、中庭にあるテニス部の部室に押し込まれた。

「この前も聞いたけどさ~泰善(たいぜん)高校のテツヤくんと、リョースケくんのことだけど~」

 初めに声を掛けてきた女が、口火を切る。

「前に、テツヤくんからやっと電話かかってきたと思ったら、アンタの居場所聞く電話だったんだよね」

 ドンッと創樹は突き飛ばされる。香水の臭いが鼻を突いた。

「私はテツヤくんのケータイに電話したら、『今忙しいから』ってすぐ切られたんだけど、そのあとアンタとテツヤくんとリョースケくんが一緒にいるの見たんだよ」

「リョースケくん、ケータイの番号もルインも教えてくれないけど、アンタ知ってるみたいじゃん」

「何、二人とダチってんだよ」

「何で知ってんのさ」

 あちこちから突き飛ばされるが、創樹はたいしてよろけることもなく平然と体勢を整える。実際、ダメージはない。脅しのためだろう。

「教会で会った」

 表情を変えることもなく、創樹は淡々と答える。

「教会? アンドロイドが何祈るんだよ」

 ギャハハハッと笑いながら別の女が言う。

「別に。猫を探して教会に入っただけ」

 創樹は静かに言った。

「猫ぉ?」

 馬鹿にするように初めに創樹を突き飛ばした女が言う。

「そう。この子たち」

 創樹は静かに言って床に手を差し出す。二匹の猫が創樹の肩に登り、一声鳴いた。

 ビクッと皆が笑うのをやめ、幽霊でも見たような顔で創樹と猫を見つめる。

「いつの間に…」

「どこから…」

 女たちは室内を見回す。入れるはずがない。入り口に鍵をかけたのは自分たちなのだから。

「…じゃあ」

 青ざめる皆に構わず、創樹は平然と言って、女たちの間を抜けて、鍵を開け、部室の外に出た。

 女たちは動くこともできず、呆然とその背中を見つめる。

 部室を出た瞬間、注がれる視線。創樹がテニス部の部室に連れ込まれるのを目撃した生徒たちだ。

 猫たちはどこかへ駆け去った…ふりをし、創樹の中へ消えた。

 恐る恐る己と、静まり返ったテニス部の部室を見ている者たちの視線。創樹は平然と歩き、帰途につく。慌てたように、女たちは後を追った。

 校門を出る。

「あ、出てきた」

「よっ。神代さん」

 かけられた声に、創樹は立ち止まる。

 追ってきた女たちも、立ち止まる。驚いたように。

「谷村さん、久保田さん…」

 創樹がつぶやく。

「ほら」

 遼介は、己の背後に隠れていた、小さな人影を前に出した。

 少し、恥ずかしそうに顔を覗かせる女の子。

優梨江(ゆりえ)ちゃん…」

 創樹は三人に歩み寄る。

「そーじゅお姉ちゃん」

 優梨江は嬉しそうに創樹に飛びついた。

「どうしたの?」

 創樹がしゃがみ込み、優梨江と視線の高さを合わせて、首を傾げる。

「あのね、そーじゅお姉ちゃんに会いたかったからきたの」

 優梨江はにっこりと笑う。

「ゆりえちゃん、俺たちの学校に来てさ」

「『そーじゅお姉ちゃんの居場所教えて』ってさ」

 哲哉と遼介は顔を見合わせ、苦笑する。

「すみません。ありがとうございます」

 創樹は一礼する。口許に微かな笑みを浮かべた。

「優梨江ちゃん、一人でお兄ちゃんたちの学校に行ったの?」

 それから創樹は優梨江に問う。

「うん! おうちの近くだもん」

 優梨江は頷いた。

「お姉ちゃん、教会に行こ? 新しいお机が、今日くるんだよ!」

 優梨江は創樹の手をとる。

 創樹は頷き、立ち上がる。

「俺たちも行かねぇとな。机運びの手伝いに」

「ああ。教会でタカ先が待ってるんだ」

 哲哉が肩を竦め、遼介が嫌そうに言う。

「誰のせいだと思ってる」

 もっと嫌そうに哲哉は言った。

「ちょっと授業中にお菓子食っただけなのに…ひでぇよなぁ…」

「ひでぇのはお前のその考えだ。巻き込まれる俺の身になれ」

 遼介が頭をかき、哲哉がため息をつくと、歩き出す。

 優梨江がクスクスと笑い、創樹と手を繋いで、二人を追い越した。

 呆然と見ている女たちを、一瞬、遼介と哲哉が鋭い瞳でにらんだ。

 創樹は気づかず、己の腕にぶら下がるようにする優梨江を抱き上げた。




最終章です。

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