呼び声
『―の――聞―――か』
「あったま痛え…」
1ヶ月くらい前から、毎朝頭痛で目がさめる。
誰かから話しかけられているような、自分が話しかけているような不思議な夢を見るようになってからだ。
カンカンカンカンカン…
またか。これは避難警報だ。
大地の半分が魔物と呼ばれる怪物によって支配され、そいつらは理性もなくただ破壊衝動のままにこうして人類の生存圏に攻め入ってくる。ここ1ヶ月程でその頻度が高くなっていた。
仕方なくもう自分しかいない家から出て避難所に向かう。
「あ!クロエ!もう!早く逃げるわよ」
その途中で隣の家、と言っても俺の家は集落から少し離れた場所にあるので隣というよりは一番近い場所にある家と呼ぶのが正確か。そこの家に住む幼馴染みのカレンがわざわざ俺の家まで来て一緒に避難所まで向かう。クロエとは俺の名前だ。
「あんまり大声出すな…頭に響く」
「またいつもの頭痛?絶対診てもらった方がいいよ」
「誰に診せるんだよ。俺のことまともに相手なんてしてくれるのはお前くらいだろ」
「ッ…元司祭様なら…」
「あの酔っ払いにか?俺よりあのジイさんの方が幻覚でも見えてないか心配だろ」
「そんな!…こと、あるかもしれない、けど…」
「それよりさっさと避難所まで行こうぜ。まあどうせあいつらがもう済ませてるだろうけど」
「またそうな風に言って…」
避難所に着くと、毎度のことながら俺を見て悪態をつく輩がいる。
「ったく。避難所に来てねぇで魔物と戦えよ」
「本物の勇者様は今頃勇敢に戦ってくれてるというのに」
「臆病者の血が流れてるから仕方ねぇよ」
毎度よく飽きずに同じようなことを言ってられるなと逆に関心してしまうな。
「ちょっと!あなた達ッ」
俺に悪態をついていた奴らに向かってカレンが歩き出そうとするが、腕を掴んで止める。
「いいって。カレンが怒ることじゃない」
「でも!」
「事実俺は避難しに来ている。その俺と同じように逃げて来てる奴らが何を言っても気にしない」
「なんだと⁉︎」
「お前は俺らと違って…ッ」
「何を騒いでいる⁉︎魔物なら既に倒した!」
避難所に響き渡る声を放ったのは、今し方魔物を殲滅し終え住民を安心させるために姿を見せにきた勇者だ。
勇者。
それは召喚によって異世界から呼び寄せた強力な力を持つ、人々の希望を体現したかのような存在。それが勇者だ。
勇者は俺に気がつくと近寄って来た。
「大丈夫。みんなも君のことも俺が守る。君は同郷の血が流れる唯一の人なのだから」
煌びやかな剣を腰に下げ動くのに邪魔にならないような鎧を見に纏っている勇者、黒髪黒目の好青年、ケイ・ナカヤマが俺に語りかける。
同郷の血。
俺は金髪碧眼だが目鼻立ちはケイと少し似ているかもしれない。そう、俺は50年前に召喚された勇者を祖父に持つ、臆病者の勇者の孫だ。
祖父は召喚され5年ほど経った頃、魔物の討伐に行ったきり帰って来なかったらしい。何度か捜索隊が結成され調査をしたが死体は発見されず、魔物に食われでもしたのならば残っているだろう身に付けていた武器や防具も見付からず逃げ出したのではないかと言われている。産まれたばかりの子を残して。
その子供、俺の父は祖父の汚名をそそぐために無茶な魔物討伐を繰り返し帰らぬ人に。母は俺を産んだ際に亡くなった。
その後俺は祖父の友人だったという当時見習いだった司祭に引き取られ育てられた。
司祭は俺に何度も祖父は皆が言うような臆病者ではなく、勇敢な勇者様だったと言い聞かせた。
俺もそう信じたかった。でも、事実としていなくなってしまったことには変わりはない。
祖父がいなくなってから何度も勇者召喚を試し、3年前にやっと成功しやってきたのが今目の前にいるケイだ。
「同郷と言ってももう1/4に薄まってしまってる」
「ちょっと!ケイがせっかく気を使って話しかけてあげてるのに!」
皮肉を言った俺に食って掛かったのは猫人族のミィ。頭の上に猫の耳があり、尾骶骨の辺りから尻尾が生えている。ケイと一緒に魔物を討伐している通称勇者パーティの一人だ。
「ミィ。俺は別に気を使ったわけでは…」
「ケイ、あなたが話しかけることで余計悪目立ちしてしまっているわ。キミも、魔物を倒してきたケイに対する言葉ではないわ」
そうやって場を仲裁してくれたのはエルフのリノフレア。人よりも長寿で耳が尖っている、魔法という超常現象が得意な種族で、ミィと同じく勇者パーティの一人。
「そうだな…ケイ、悪かった。それと、魔物を倒してくれてありがとう」
「気にしないでくれ、クロエ。それでは俺達はまだ被害の確認をして回るから、またな」
「ああ、また」
俺だって力さえあれば…
「クロエ…」
無意識に爪が食い込むほど拳を握っていた俺の様子をカレン心配そうに見ていた。
「大丈夫。家に戻ろう、カレン」
大丈夫。
そんなはずない。
俺は…
俺にだって…
その日の夜中、眠りについているといつもより声がはっきりと聞こえた。
『私―声が聞―えるか』
ハッとして起き上がりしばらくの間呆然としていると、また避難警報が鳴り出した。
「なんだよこんな夜中に…」
避難所に向かおうとするが、胸騒ぎがする。
気のせいとかではない、行かなければ不味い、そう確信出来るほどの胸騒ぎだ。
「クロエ!」
昼間と同じようにカレンが迎えに来た。
「悪い、カレン。先に避難所に行っててくれ」
「えっ⁉︎クロエはどうするの⁉︎」
「行かなくちゃ…」
「行くってどこへ⁉︎今は避難が優先だよ!」
「カレンごめん!」
「ちょっとクロエ!」
カレンを振りほどき町を囲む防壁へ向かう。そこでは防壁と森との間の拓けた場所で魔物と戦うケイ達を援護するために、弓を持った自警団がいた。
「お前は!なぜここに来た!警報が聞こえなかったのか⁉︎」
避難所に行かなくてもどうやら怒られるらしい。
そんな問答をしていると自警団から悲鳴が上がった。
人垣から覗くとミィがぐったりと倒れておりリノフレアに抱きかかえられている。
それを庇うように立つケイと勇者パーティ最後の一人、ドワーフのガイルの前に体長3mはあるのではないかという大きな魔物が立っていた。
その魔物は横にも広くでっぷりとした体型だ。その手に持つ棍棒には血がついており、恐らくミィはこいつに殴られたのか。
「トロールか、こんな町の近くで現れるのは初めてだな」
ケイが焦ったようにミィの様子を気にしつつも、トロールと対峙する。
トロールが棍棒を振り上げ叩きつけてくる。
それをケイは避けながら懐に潜り込みトロールの腕を切りつける。
浅くではあるがしっかりダメージが入っている。
ケイとガイルで前後から挟んで交互に攻撃しトロールを相手に優勢かのように見えたが、乱戦の中トロールが振り回した棍棒がガイルに命中し、咄嗟に盾で防ぐも吹き飛ばされ片膝をついた。
トロールが追い打ちをかけようとガイルに近寄ったところにケイが駆けつけトロールの背を踏み台に首を叩き斬る。
パーティ中一人が戦闘不能、一人が怪我をしたがトロールを仕留め自警団が歓喜を上げた瞬間、森の奥から更に三匹のトロールが姿を現した。
「嘘…」
リノフレアが小さく呟く。
「やるしかない!」
ケイが雄叫びを上げトロールの一体に切り込むも、別のトロールが振り回す棍棒に当たり弾き飛ばされる。
ケイがやられてしまうと接近戦が苦手なリノフレアしか戦えず、そのリノフレアもミィを回復させることに精一杯だ。
全滅。
ここで勇者パーティが全滅してしまったら、そのまま町がトロールに蹂躙されてしまう。
どうすれば…どうすればいい。
『私の声が聞こえるか』
いつもの声がはっきりと聞こえた。
「どうすればいい⁉︎」
『力を顕現させるのだ』
「どうやって⁉︎」
『今はまだ、私の名を呼べばいい』
「名前を⁉︎」
『ああ、そうだ。私の名は「正宗」』
目の前に光が溢れ出し、それを掴む。
「剣、か?」
『違う。この武器は刀という』
「カタナ…これでトロールに勝てるのか⁉︎」
『問題ない。私の意思で動かす、身を委ねてくれ』
「よくわかんないけど、頼んだぞ!」
『任されよう、いざ』
不思議と体が勝手に動き、左手で帯刀した刀を腰だめに構え右手で柄を握り抜き放つ。
『《一閃》』
刀のを鞘に戻すと同時に、空間ごと切り取られたかのように三体のトロールの上半身がずり落ちる。
しばらく辺りが静寂に包まれた。
最初に我に返ったのは一番近くで見ていたケイだった。
ケイが歓喜を上げると、周りで見ていた人達も我に返り一緒に歓喜を上げる。
それは静まり返った町を包みこんだ。
勇者の能力は様々なものを考えておりますが、主人公の武器は刀にしたかったので某大人気少年漫画のようになってしまいましたが、今後はそのようなことはないと思います。
チュートリアルのような設定や世界観の説明まではまとめて投稿します。