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Good Bye My  作者: 尾道貴志
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はじまり

「ねえ、あたしたちここで会ったのは偶然?」

 椅子から足を延ばし、手のひらを組み、伸びをしながら圭子が問いかけた。

「あたし、そうは思いたくない」

「・・僕もです」

「出水さん、もっと気軽に話して、あたしのほうが若干お姉さんかも知れないけど、敬語じゃなくていいわ」

「はい」

「だ・か・ら、リラックス、リラックス!」

「あ、うん」

「それでよし」


琴は二人のやりとりに思わずくすっと笑みをこぼした。


「あたし、思ったわ、今夜二人に出会えたのは偶然じゃないって、あたしもここに来るまではもう人生どうなってもいいぐらいに思ってたの、罪を背負いながらひっそり暮らしていくか、恥ずかしいけど死んじゃってもかまわないとさえ思ってた、でも、あなたたちに出会って、夜通し話して考え直した。後ろ向きになっちゃいけないんだって」

「わたしも同じです、世の中の不幸を全部背負っていたつもりになって、圭子さんや出水さんの辛さや悲しみはもしかしたらあたし以上かもしれないって気づきました」

「あたしはともかく、出水さん、本当につらいわよね、わかるなんて言ってはおこがましいけど」

「・・・・」

少しの沈黙の後、琴は意を決したように顔を上げて涼に向かって言葉を放った。

「出水さん、わたし頑張ります、手が動かなくなって生きていたってしょうがないって感じてました、でも出水さんはあたしよりも・・・もっと、もっと・・・」

琴の眼から涙がとめどもなくあふれ出した、そして頬を伝わる涙を拭うこともなく、琴はあふれ出る気持ちに正直に言葉をぶつけた。

「ごめんなさい、わたし、弱虫でした、わたし、生まれ変わります、だから出水さんも・・辛いでしょうけど、死なないで!雪ちゃんや空ちゃんの分まで生きてください、お願いします!」

 琴は心からそう願った、そして、涼に心からそう伝えたかった。

 「ありがとう・・・琴ちゃん、大丈夫だよ、さっき話したけど琴ちゃんと圭子さんと話して、僕は救われた。君と出会えなければ1週間後には僕はこの世に居なかったかもしれない、本当にありがとう」

涼は琴の右手を握る、そしてあらためて琴の冷たい左手を両手で持ち上げたあと固く握りしめた。

琴の涙は止まらない、つい昨日までも枯れるぐらいの涙を流した、でも今の涙はとても温かい涙だ。


「いいシーンね、あたしも仲間に入っていい?」

「圭子さん・・もちろんです」

「うん、一緒に」

圭子は握り合った二人の手をさらに上から包み込んだ。

「圭子さん」

「何、琴ちゃん」

「教えてください」

「何を?」

「絶望から脱出する方法」

 圭子はしばらくの間宙を見上げるように考え、そして考えがまとまったかのように琴の目を見て言った。

「いいわ」

「あるんですか?」

「あるわよ、あたし自身が苦しくってずっと忘れてたけど」

「どうすれば・・いいんですか」

「それはね・・希望を探すこと」

「希望・・」

「そう、人間はどんなに辛くてもその先に希望が見えれば、生きていける、当たり前の答えでごめんね、でもそれ以外に方法はないの」

「うん、僕も本で読んだことがある、戦争で捕まえた捕虜に穴を掘らせるって話」

「何ですか、それ?」

「捕虜を捕まえてきて穴を掘るように命じる、穴を掘り終わったら今度はそれを埋めるように命じる、これを繰り返していると捕虜は気が触れてしまうか自殺してしまう、人間は希望の見えない作業には耐えられないんだ」

「出水さん、素晴らしい例ね、逆に言えば人間は希望さえあればどんなに苦しくても生きていけるってこと」

「わたしの希望・・」

「琴ちゃんはピアノのほかに生きがいを見つける事」

「生きがい・・」

「あたしはさしずめ、新しい仕事を見つけて、自分の罪に正面から向き合って生きていくことかな」

「僕は・・・愛や雪や空の分まで、精一杯生きる事・・」

「出水さん・・・」

「圭子さん、教えてください、わたし、ピアノのことがまだ忘れられなくて・・」

「琴ちゃん、出水さん、3人で何か作り上げてみない」

「作り上げる?」

「ええ、あたしの生きてきた経験上、人から与えられたものはなかなか生きがいにはならない、でも、自分たちで何かを作り上げることは大変だけど大きなやりがいや生きがいになる、そして、みんなで力を合わせて完成させる、それは希望にもつながる」

「で、何を作る?」

「あたし、学校にいた時、演劇部の顧問だったの、本当だったら今頃は今年の三年生たちと秋の文化祭と演劇コンクールに向けて、ちょうど新チームでスタートしたところ、でも学校クビになっちゃったから・・それを奪われたのもあたしの自暴自棄の原因の一つだったのかな」

「演劇かあ・・」

「出水さんやったことあるの」

「ええ、大学の頃、素人劇団だけど、人形劇のサークルに入って地方の子供たちに見せて回ってて、愛と初めて知り合ったのも旅先の公演なんだ」

「素敵ね」

「琴ちゃんは」

「わたしは、全然・・ピアノ以外は人前に出るのは苦手」

「じゃあ、ちょうどいいわ、琴ちゃん、生まれ変わるチャンスかも、どう、一緒にやってみない?」


琴はしばらく考えたあと圭子に向かって


「やります、やらせて下さい」

「僕もやるよ」

「OK、ちょっと待ってて」


圭子はうなずくとミーティングルームを出ていった、1分ほどのち戻ってきた圭子の手には一冊の冊子が握られていた。


「これ」

「何ですか」

「台本よ」

「演劇のですか」

「ええ、今年のチームでやろうとしていたシナリオ、無駄になるとあきらめていたんだけどもしかしたら役に立つかもしれないわね」

「ええと、題名は」


《Good bye my》


「グッドバイマイ・・」

「どんなお話なんですか?」

「聞きたいな」

「じゃあ、話すね」

「はい」

「人間が生を授かり、赤ちゃんとして生まれてくる前の、いわば天上界でのお話。これから人間界に生まれてくる子供たちは何かの拍子で自分たちが生まれた後の未来を知ってしまうの」

「未来を?」

「ちょっぴり怖いわ」

「そう、自分の未来は誰だって興味があるわ、でも怖くて見る勇気がない、だって、とてつもない不幸が見えたとしたら」

「・・・」

「そこで見た子供たちの未来はけっして幸せじゃないの、ある子は親に見捨てられ非行の限りを尽くし、バイクに乗って事故で死ぬ。ある子は両手がないままに生まれてきてひどいいじめに遭うわ」

圭子はあえて琴の左手をじっと見つめた。

「そこで、子供たちは決断を迫られる、彼らは自分で選ぶことができるの、不幸を承知で生まれる事を選ぶか、生まれることを拒否して暗闇に消えていくか・・・」

「琴ちゃん、あなたならどちらを選ぶ?」

 琴は一瞬沈黙する。

「わたし・・・わかりません」

「出水さんは?」

「僕も、わからない」

「そうよね、すぐに決められるほど軽い話じゃないわね」

「わたし、何日も悩みそう」

「重いテーマの劇だけど、とってもいい脚本よ」

「圭子さん、やります!」

「僕もだ!」

「よし、決定」

「でもさすがに3人じゃできないよね?」

「さすが、経験者」

「演じるのに何人ぐらい必要なんですか?」

 琴が前のめりになって質問した。

「役者、裏方合わせて最低20人は必要かな」

「わたし、学校で探します」

「僕は、吉田ファームにかけあってポスターを貼って募集をかけてみるよ」

「あたしはシナリオと制作に必要なものをすべて用意しておくわ、じゃあ、2週間先の日曜日でどう?」

「はい、絶対に人を集めてみせます」

「稽古場も確保してみるよ」

「OK、じゃあメールアドレス交換しようか」


一人一人が絶望から這い上がり、小さな希望を見出した。三人は互いの連絡先を交換する。冷たい風の中、それぞれが新しい始まりを手にした春の夜だった。








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