団欒
「婚約おめでとう!乾杯!」
「乾杯!」
「それから雪、空、お誕生日おめでとう!」
「かんぱーい!」
窓の外のまだまだ凍てついた空の下、「銀河」のダイニングルームではささやかなパーティーが始まった。壁際にはレンガ造りの暖炉が赤々と火をともし、吹き抜けの天井に向けて長い煙突が伸びている。
「今夜はようこそ銀河へ、これからみんなでパーティーを開きたいと思います。あらためて自己紹介してもらってもいいかな」
涼の言葉に若いカップルは少し頬を赤らめながら互いに見つめ合った、続いて青年が先に背筋を伸ばし笑顔で話し始めた。
「こんばんは、僕は手嶋和也といいます、今日は僕たちのためにパーティーを開いていただきありがとうございます、びっくりしたけどとても嬉しいです、僕たちは六月に結婚式を挙げます、今日は結婚前の思い出にと二人でやってきました」
青年は照れながらもしっかりとした口ぶりで話した。
「こんばんは、山口香澄といいます、今日はみなさんにお祝いしていただいて、一生の思い出になりそうです、どうぞよろしくお願いします」
二人はもう一度顔を見合わせて、はにかみながら一緒に頭を下げた。
「ありがとう、あらためまして、銀河へようこそ、僕が一応オーナーの出水涼です。それからこちらが妻の愛、娘の雪と空です、じゃ、みんな、ご挨拶」
「こんばんは、よく来てくださいました」
「こんばんは!」
「こんばんは!」
雪と空の顔をあらためて見ながら香澄がちょっと高い声を出した。
「本当にそっくりなんですね、雪ちゃんと空ちゃん」
「ええ、一卵性だから初めての人は見分けがつかないかも」
「それで、白が雪ちゃんで、青が空ちゃん?」
「うん、そうなんだ、覚えてもらうには一番だと思ってね、でも最近いたずらを覚えて服を取り替えたりするんだ、もっとも親はだませないけど」
部屋中に温かい笑い声が響く。
「最初はだまされてあげたの」
「でも、うれしくってすぐに笑っちゃうんだよな、だからすぐばれる」
「この間、秀おじちゃんは分からなかったもん」
「うん、最後まで気付かなかったよね」
雪と空は顔を合わせて自慢げに笑って見せた。
涼は雪と空の頭を撫でながら若い二人に尋ねた。
「二人は何をやってるのかな?4」
「僕は町役場の観光課に勤めてます」
「私はデザイナーのたまごかな、絵を勉強してます。結婚してからもアルバイトも兼ねて続けていくつもりです」
「二人とも地元の人なのね、ちょっと驚いちゃった」
「ああ、銀河に来る人はほとんどが旅行で都会から来る人だからね、地元の天文マニアもいることはいるけど、カップルで来た地元の人は初めてだよ」
「どうして銀河へ?」
「僕たちよくドライブするんですけど、フォレストパーク、知ってますよね?吉田ファームのとなりにあるアスレチック公園」
「うん」
「あそこの駐車場で夜空を見ていると、丘の上にいつも小さな灯りが見えるんです、星で言うと一等星ぐらいの明るさで」
和也は空を見上げるような仕草で天井を指さした。
「ええ、それで、あの灯り、何かしらって話してたら、ペンションだってわかって、じゃあ記念に一度行ってみようってことに」
「なるほどね、ペンション村は山麓か中腹だから、森に隠れて灯りが見えないけど、ここはいわば小さな灯台みたいなわけだ」
「でも、遠かったでしょ、あそこからなら灯りは見えてもいざ山道を登ってくると初めての人なら車で1時間近くかかるかも」
「はい、遭難しないようゆっくりゆっくり上ってきました」
香澄が笑顔で答えた。
「結婚式はどこで?」
「町の式場で挙げます、あっ、そうだ、二次会を吉田ファームのレストランを借りてやるんです、よろしかったら来ていただけませんか」
「雪、行きたい!」
「空も!」
「ありがとう、ね、せっかくのご招待だし行きましょうよ」
「そうだね、ぜひ参加させてもらうよ、ジューンブライド、素敵じゃないか」
「やったー」
丘の上の小さな灯台は、幸福な二人の門出を祝うかのようにあたたかく瞬く。下界から見ればひときわ明るい一等星の様だったろう。涼も愛もこんなささやかな幸せを分かち合えたことが心から嬉しかった。
「よし、食事といこう、愛ちゃん、よろしく!」
テーブルの上に新たに食事が並べられ、二人は愛の手作りの料理を心から味わった。それは心のこもった、そしてどこか懐かしさを感じさせる料理だった。
「ねっねっ、見て、これトムとジェリーのチーズたよ」
雪と空が香澄にチーズを自慢げに見せた。
「本当だ、マンガに出てくるのと同じね」
「穴が開いてるから、向こうが見えるんだよ」
雪と空はチーズを買った時と同じようにおでこをくっつけあうようにしてチーズの両側から相手の顔を覗いて見せた。
「おいしそう、それに楽しそう」
香澄が微笑んだ。
食事が進んだところで涼が二人に向けて切り出した。
「せっかくだから、星を見ないかい?」
「天体望遠鏡があるんですよね」
和也が身を乗り出して尋ねた。
「ああ、このペンションは町の観光地から離れた辺鄙な場所にあるからお客さんはそんなに多くないんだけど、どこにも負けない星空が見られるのが自慢なんだ、望遠鏡も天文台とまではいかないけど、いいやつがある、今日は空も晴れてるし空気も澄んでる、僕たちからのプレゼントだ」
「ぜひ、見せてください」
涼を先頭に六人は梯子を昇り、屋根裏のロフトのような観察室に入っていった。梯子を昇り切った所には広さ6畳、高さ2mほどのうスペースに大人の背の高さほどもある大きな望遠鏡が置かれていた。
「こいつが自慢の天体望遠鏡だよ」
「うわ、でかい、けっこう本格的ですね」
「準備をしようか」
涼は懐中電灯を点けた後、ロフトと下の部屋の灯りを消した。次に壁のスイッチを押すと望遠鏡の先にあるドーム状のガラスが開いた。真っ暗な中で望遠鏡を覗きこみ焦点を絞ると「よし」と小さくつぶやいた。
「さあ、どうぞ」
「はい」
和也が興味深気にレンズを覗きこむ。眼には明るい星々が普段見慣れている景色とは違い大きく飛び込んできた。
「幻想的ですね、何か星の間に黒っぽいものが見えますけど」
「冬の星座と言えば」
和也は一度レンズから目を離して振り向く。
「オリオン座・・かな」
「うん、見えてるのはオリオン座の三ツ星の下にあるM42という大星雲、肉眼でもぼやっと見えるくらいの大きな星雲なんだ、小さいとき親父から初めて教えてもらったんで、お客さんにもいつも最初に見せるんだ」
「私にも見せてください」
香澄がレンズを覗く。
「ほんと、何か宇宙船の中にいるみたいです」
「雪、お月様が見たい!」
「はは、今日はお月様は見えないよ、だから逆に星がよく見える」
二人は代わる代わるにレンズを覗く、今度は二人とも黙ったままだ。
「素敵ですね」
「うん、じゃ、外に出てみようか、望遠鏡で見るのは星空のジグソーパズルの中のワンピースだけを見ているようなものだからね」
「はい」
二人は同時に返事をした。
「寒いから上着を忘れないでね、雪と空も行くでしょ」
「行く行く!」
六人はいそいそとダウンジャケットを着こみ「銀河」の外へと足を踏み出した。
「うわーなんてきれいなの!」
香澄が思わず声を上げた。
「山の下からいつも見てるけど、ここだと星に手が届きそう!」
満天の空には限りないほどの星々が和也と香澄の幸せを祝福するかのように瞬く。
「ほらさっき見たオリオン座、三ツ星の下にシミみたいに見えるのが大星雲さ。それから5分も見上げてれば流れ星が流れるよ、」
「ええ、ねえ、流れるまで一緒に見よう」
香澄は自分の左手の手袋を外すと今度は和也の右手の手袋を脱がして、そっと手を握った。冷たい空気の中でお互いの手のぬくもりが伝わった。
涼はそんな二人の姿をほほえましく見守る。二人が思い出づくりに「銀河」を選んでくれたことがとても嬉しかった、そして、自分もまた二人の幸せを分けてもらったような温かい気持ちになった。
涼が愛たちを小さく手で呼び寄せ、小声でささやく。
「おじゃまだから・・静かに家に入るぞ」
「あ、流れた!」
「僕も見えたよ!」
和也と香澄はつないだ手が冷たくなるまで満天の星空を見上げていた。
「ねえ、来てよかったね」
「うん」
二人はさらに寄り添うと握り合った手に白い息を吹きかけてお互いの手を温め合った。