第2話
一面コンクリートのような色合いの部屋は、2メートル大の導入器がひたすら並んでいる。カプセル状の機械に、さっき前にいた選手達が入っているのが見える。既に仮想世界へ到達しているのだ。
「うおお・・・・・・これは凄いな」
事務所のトレーニングルームと違い、何十個もの導入器が羅列しているのは、まるで秘密組織の研究室のように見える。選手はこの同調室から仮想世界へアクセスする。現実の試合会場は、その仮想世界を観客へ導入器無しで見えるように映す設備というわけだ。
不意に尻ポケットに突っ込んでいた個人端末から振動が起こる。画面を開くと、短く一言。「まだ?」
慌てて、目の前の導入器の中に入り、端末を右手付近の箇所に接続する。
「個人端末を確認・・・・・・機体、ブリッツハウンドを認証。導入器を起動し、仮想世界へのアクセスを開始します・・・・・・」
五十嵐の目の前に映し出されたのは、人の形をした鉄と雷の色の機体だった。細身の猟犬をイメージした頭部、胸部装甲は逆台形に近く、膝下と足首には上下の牙をモチーフにした装飾が施され、大きく口を開いているように見える。
電撃の名を冠する猟犬は、何者をも等しく睨みつける。まるで、飼い主を試しているかのように。
大会側があらかじめ設定しておいた場所、大きな噴水と木々の生い茂る公園のような場所で五十嵐は目覚めた。辺りを見回せば、競技用の機体がそこかしこにいる。
基本的に仮想世界では、本人と同じ外見をしたプレイヤーとして現れる。場所によっては服装や体格、果てには性別を変えることも可能だ。その点、会場からアクセスした場合は機体の外見がそのまま反映され、外見を変えることは不可能になっているようだ。たしか工作活動をできないようにするとか、そんな理由だったような気がする。
「五十嵐ー。こっちこっち!」
正面で手を振っているのは、見知った顔だった。試合会場からログインした訳ではないので、外見は本人と全く同じ。肩に触れるくらいの青いショートヘアが、白い肌を浮かび上がらせている。
「まったく、私が場所間違えたのかと思ったよ」
「悪いな、ベズリー。道草食ってた」
「ま、今に始まったことじゃないから、別にいいけど。それより時間大丈夫?言っとくけど、今さら不備が見つかっても完璧に直すことはできないからね」
「不備どころか全身調子いいぜ。ちょっと見てくれよ」
デコピンするように人差し指をはじいて、そのまま横へ動かし、今度は下へ。たちまちなぞった線から長方形のタブが作られていく。ゲームのメニュー画面のようなものだ。
「ダミーc9を生成し、1分のスパーモードに設定してくれ」情報を読み込んでいる画面が映り、同時に青白い光が目の前で次々と収束する。 やがて俺と同じくらいの背丈のダミーが目の前に現れ、両腕を前面に持ってくるような構えを取った。
ベズリーもまた、五十嵐と同じような動作で画面を開く。専属選手の計測は、マネージャーの大切な仕事だ。
「計測の準備オッケー。それじゃ、スタート!」ボクシングのゴングのような音が鳴り、それと同時にダミーが右手で殴りかかる。五十嵐はダミーの左に回り込むように避けた。前傾になった重心を見逃さず、即座に踏み込み、右フックをたたき込む。
(今度は後ろ・・・・・・このまま一気に!)
アッパーに裏拳、上段蹴りと続けざまに攻撃をする。スパー用のダミーは防御行動のみを行うが、逃がしたりはしない。左へ飛ぼうとしているのを察知し、倒れ込むように前へ踏み込む。
「・・・・・・食らえっ!」全ての力を収束した左拳は、音速と見まがうほどの速度で的確にダミーの腹部を捉えた。直後、角砂糖が砕けたようにその体が崩れ、再び青白い光となって霧散した。
「計測終了。同調性97%、コンディションに影響なし。タイムは1分24秒。いいんじゃない?」
ベズリーは手元に表示した画面を見ながら、呟くように続けた。五十嵐は、足や肩をぐるぐる回しながらその画面を流し見する。
「後は、武器とスキルのカスタマイズだけど・・・・・・五十嵐君はどうしたい?」
「そりゃあ、俺としては火力マシマシでいきたいけど。全部攻撃スキルで」
「言うと思った。ワープトレイサーってCPを2回通過するってゲームなんだから、流石に攻撃性に全振りは駄目なんじゃない?」
ワープトレイサーとは一対一のレースゲームのことであり、先にCPを通過すると「ランナー」遅れると「チェイサー」として扱われる。大会規定によってCPはコースにいくつか設置されているが、アマチュアリーグでは基本的に3個しか存在しない。そのため、最初でランナーになれるかはとても重要になってくる。
「五十嵐君が見てきたプロリーグと違って、アマチュアは先にランナーに選ばれた方が絶対有利なんだから、火力を犠牲にしてでも機動力をとるべきだと思う」
「俺だってそれは分かってるさ。何も相手のライフをゼロにしようとしてるわけじゃない。だからほら、前に祝いでもらったアレを・・・・・・」
五十嵐は目当ての物をベズリーに見せようと、手元の画面を操作しようとしてーー
「お前が、今日初めてリーグに参加する新人か。電撃の猟犬って言うんだってな?」
後ろから聞こえてきた男の声が、今までの思考を遮断する。試合までは残り、30分を切っていた。