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エッセイ 接吻(キス)

作者: 一ノ瀬 航

日曜日、仕事だった。この週末は、久しぶりの休日出勤だった。

夜の9時半過ぎに仕事が終わり帰路につく。山手線も日曜日の夜10時頃はそんなに混んでいなくて、たまたま座れた。

何気なく車内を見ていると、戸袋のあたりで仲良くもたれ合いっていた若いカップル(多分二十歳前後の見るからに微笑ましい)が目白から池袋に向かう時に、少し抱き合いキスをした。

空いているとは言え、座席は埋まっているし立っている人もかなりいる。

「おやおや、衆目の中で・・・・。」と、呆れる事ができない理由が僕にはある。


まだ、大阪で仕事をしていた20歳代後半の頃、平日の仕事の後、付き合っていた娘と梅田で食事をし、帰るために阪神電車に乗り込んだ。僕はJRが良かったのだが、阪神電車が一番便利な彼女のために三宮までは阪神電車に良く乗った。

梅田は始発なので運良く二人で座れて、しばらくは取り留めの無い話をしていた(正確には僕が話を聞いていた)が、突然彼女が黙り込み、じっと僕を見ていたと思うと、ポツリと小さな声で言った。

「キスして」

僕は聞き違えたと思い、「えっ?」っと言うと、もう少し大きな声で

「今、キスして」

と言った。今度は周りの数人にはハッキリと聞こえていた。

「何を言うてるねん。アホなこと言うな」と返すと、「キスしてくれな、大きな声で叫ぶで」と言ってきた。

そんなに酒を呑んでいたのか、思い出そうとしたが、覚えが無い。大酒飲みの彼女にしては、今日は少なかった様な気がする。

黙っていると、「なあ、」っとせかしてきた。

本当に叫ぶだろうか。必死で考えた。こいつのことだから叫ぶかもしれん。

さらに考えた、叫んだらこの車両の半分には聞こえるかも知れない。

キスは? 混んでいることもあり(立っている人が壁になって)、判るのは周りにいる6~7名だ、多分。


結論。キスした方がいい。


唇を彼女の方に近づけると、彼女も唇を差し出してきて、軽くキスをした。


その瞬間、彼女はニコっと微笑んで、「うわっ、ほんまにキスしよった」と言った。

その時だけは「こいつ、絞め殺したろか」と殺意を抱いた。


とても恥ずかしくて、腕を前でしっかりと組み、目をつぶって寝たふりをしている僕に、彼女は僕の腕に自分の腕を通そうとしたり、頬や脇腹をつついてきたりしてちょっかいを出してきた。その都度「触るな、やめんかい」と言っていたが、端から見たらいちゃついているようにしか、見えなかっただろう。


彼女の降車駅の西宮に着いても降りようとしないので、慌てて腕をつかんで引きずり降ろした。

「お前、何考えてんねん」ちょっとムッとして、そんな言葉を投げたと思う。

「せやかて一緒にいたいねん」という甘えた声に負けて(腹が立っているのに、そう言われると可愛いと思ってしまう)、そのまま近くのラブホに宿泊してしまった。


翌朝、駅の売店で安物のネクタイを買い、ホームで締めて出勤した。何故、売店にネクタイを売っているのか解った気がした。


で、先ほどのカップル。男性が池袋で軽く手を挙げて降り、女性が電車に残った。その時の男性を見送る女性の切ない目は、とても印象的だった。


僕ならあの目を振り切って電車は降りられないな。きっと、山手線もう一周する。

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