第1幕 シーン2 夢役者の心得
現在午前2時、依頼人の家に向かうため夜の郊外を3人で移動中である。
首元が大きく空いた黒いトレーナーに黒い皮パン、胸元に銀のネックレスを付けた男が団長で俺とミキを引き連れるように歩いている。
団長という人物は夢の中に入れるといった能力を持つ一方で、演出、脚本、演劇指導のすべてを完璧にこなす。
これだけの能力があれば映画監督くらいは軽くこなせるであろう。
しかしなぜこのような影の仕事を選んだのかは不明である。
なんでも何かを探しているとマサさんが言っていたが、それが人なのか物なのかも分かっていない。
年齢は40代後半くらいで、細身の割にはしっかりとした腕を見るとけっこう良い体なのだろう。
尊敬できる人物であるが、彼の女言葉だけはどうも苦手だ。
隣に居るのがミキ、真っ赤なドレスに赤いハイヒール、真夜中の移動だというのにパーティに出席するかのような出で立ちである。
芸能人のように人前で活動することは無いが面持ち、立ち振る舞い、仕草どれを取っても一流女優にひけを取らない。
人を小馬鹿にした態度は気に入らないが、舞台を降りても女優を演じる姿は見習うべきだと感じてしまう。
「父親役はマサさんの方が良くねぇ?」
団長に質問をする。
「そうね。今回の役は彼が適任よ。しかし、あなたはここに来てまだ半年しか経ってないのよ」
団長は足を止めて振り向き、人差し指を立ててチッチッチと左右に振る。
「あなたにはもっと学んで欲しいの。特に彼女から学べるところは全て学びなさい」
そう言ってミキの方に目を向ける。
ミキは教える気なんか無いわよと言った表情で俺に目を向ける。
夢の中では老若男女誰にでもなれる。
しかし、配役になりきるには年齢、性別、性格、その他全てにおいて近いに越したことはない。
このドリームアクターはどれだけ配役と同化するかが勝負なのだ。
頭の中でイメージした容姿が夢の中では反映される。
女であると思えば髪の毛が伸びて胸が膨らむ、老人と思えば皮膚にしわが走って腰が曲がる。
しかし、演技中に役を忘れたとたん自分に戻ってしまうのだ。
観客に演技とばれたらそこで終了。
それ以降は『夢の中』はなく『ウソの中』に変わってしまう。
そうなってはせっかくの舞台が心の中から流れ出てしまい、単なる夢で終わる。
夢の中と現実をシンクロさせなくては、夢の出来事を心に焼き付けることは出来ないのだ。
「私は誰と共演しても問題無いわよ。学びたいのなら自分で学びなさい。それと、足は引っ張らないでね期待の新人さん」
皮肉っぽい答えだが彼女なりの了解の返事だ。
「へいへい了解しましたよ。大先輩様」
そう言って大げさにお辞儀をした。
「さあ着いたわよお二人さん」
目の前にあるのは、一軒家。
豪邸と言うわけではないが駐車所に高級セダンを置いているところを見ると、そこそこの金持ちなのだろう。
表札には新崎の文字が刻まれていた。