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一話 小さな勇者と勇者様 中


「しっかし、実際に送還されてくるまで十七時間か……。――最悪、寝ずに補修行かなきゃだめなあ……」

「え、隼人さん、補修なんて受けてるんですか?」

「じゃねえと落第の危機だよ」


 心底驚いた、とでも言いたげな顔で、美少女剣士――杜若(かきつばた)(あおい)は、俺に向かって言ってきた。


「残念ながら、俺の頭はどこぞ秀才さんみたく、良い出来じゃないもんでな」

「それは知ってますけど。私だって努力しているんですから、そういう風に言われるのは、ちょっといやです」


 嫌味がまともに通じてくれない葵に、おもわず、少しため息がでる。

 俺と仲良くお喋りに興じる様子を見ているぶんにはまったく分からないだろうが、実は彼女、俺が通っているのと同じ、私立月乃宮学園の高等部一年生。俺の一個下の、後輩である。

 ちなみに、彼女は目上、目下関係なく、誰に対しても敬語だ。


「あー、そういや葵、お前来月誕生日だよな。プレゼント、何がいい?」

「えっ!? くれるんですか!?」

「なんでそんな驚いてんの!?」


 この世の終わりでも見たような顔で言ってくる葵に、思わず叫び返してしまう。


「だって、隼人さんですよ……? 隼人さんが、誕生日プレゼントを買うとか言い出したんですよ……? うわ、明日世界が滅びるかも……」

「そこまで言うかってか洒落にならねえからやめろ」

 そこまで言われると、さすがの俺も傷つくのだけど。もちろん、だからと言ってかわいい後輩に――機構の仕事では先輩だが――手を上げるようなことはしない。そもそも、女子供に対してそんなことはしない。――ただし残念王女と幼女魔王は除く。朱里さんはそもそも当たってくれない。


「ええっと……、じゃあおいしいもの、食べたいです」

「色気より食い気か。まあそういう年頃だわな」

「あ、待ってください。そう言われるのはちょっと傷つくので考え直します」

「いや、だめだ。一度言ったことに責任を持て。ほら言うだろ? 男に二言は無いって」

「私男じゃないですし、そもそも、それを隼人さんが言っても何の根拠も無いです」


 俺は、ジト目でこちらを見てくる葵の視線から、思わず目を逸らした。



 実際に俺達が現場に向かうまで――つまり、先ほど説明された少年が地球に送還されてくるまで――この会議室で待機していてくれ、とだけ言い残し、岡野(おかの)(いさむ)は部屋を立ち去っていった。

 いつ起こるかが不透明な以上、こうして待機しておくのは最適な方法である、と言うのは十二分に理解できるのだが、しかし、そうして何時間も待たされる羽目になる俺たちにしてみれば、甚だ迷惑な話である。


 仕方が無いので、今のうちに寝とこうか、とは思うものの。こんなときに限って、昨夜はいつも以上にぐっすりと眠れてしまったがばっかりに、この真昼間から昼寝をしよう、などと思えるほどの眠気は全くもって一切ない。


 時折あくびをする彼女も、別段眠いわけでもないようで。俺たちは二人して、ひたすら時間を持て余していた。

 特別、理由があるわけではなく、俺はまだ目の前に浮かんでいた、ホログラム・ボードを半眼でにらみ見る。先ほどと変わらぬ、情報の文字列。

 しかし、下にスクロールして行くと、先ほどは無かった“備考”に小さく、書き足されていた。


『きな臭い動きがある。隼人君、気をつけてくれ』


 俺がその文を読み終わると同時に、その文章は消された。後に残ったのは、先ほどと何一つ変わらない、とある少年の情報の文字列。

 ――葵に聞かせないためか。

 軽く天井に設置された監視カメラを見てみるが、ホワイトは何も言わない。――別段、返答を期待したわけでもないのだが。


「また、厄介ごとか」


 勇が、ホワイトを通して俺に伝えたであろう文章。その意味が分からない、などとは口が裂けても言えない。

 記憶に蘇るのは、彼女と仕事をしていた頃にあった、あの事件。

 ――俺は手の動作でホログラム・ボードを掻き消し、対面の席でうつらうつらとしている少女を、しばし見つめるのだった。



『御二人とも、出動命令です』


 会議室に設置された丸型スピーカーから、そんな言葉を発する可愛らしい少女の音声が聞こえたのは、すでに夜もふけきった深夜三時過ぎのことであった。

 椅子に座り仮眠を取っていた俺は、ホワイトの声にゆっくりと目を開ける。しかし、目の前の席に葵は居なかった。

 しかし、眠たい眼をこすりながら立ち見ると、机を挟んだ向かい側の廊下で、おそらくホワイトに準備をしてもらったのであろう、高級羽毛布団で、スヤスヤと眠る一人の美少女の姿があった。


「……布団があるなら言ってくれればいいのに」


 思わず、悪態をつきたくなる。

 俺は座りすぎて凝り固まった背筋をぐいと伸ばし、目を覚ますように立ち上がった。

「おはよう、ホワイト。予備時間はどのくらいだ?」

『おはようございます、長谷川さま。出動までの予備時間は、おおよそ十五分となっております」

「わかった、ありがとう」


 ホワイトと会話を交わしながら、俺は、ぐるり、と会議室の長机を迂回して、葵の寝る反対側にやってくる。寝相良く熟睡する少女に向かい、俺は真正面から殺気を放つ。

「――!?」

 ――瞬間、起きるや否や拳を放ち、魔法を発動しようとする。

 俺は左手で拳を受け止め、魔法の発動を阻害、術式を霧散させ、そして右手ででこピンをする。


「あいたっ……」

「よう、葵。いい目覚めだな。良く寝れたか?」

「……相変わらず、趣味が悪いですね」

「そんなこと無いと思うぞ?」


 ジト目で睨み付けてくる葵の視線から目を逸らしつつ、俺はそう呟いた。

 彼女はあきらめたように、小さくため息をつき、そしてサッと服のシワを整え、「変なとこ、無いですか?」と聞いてきた。


「無いない、ぜーんぜん無い。今日もお美しいですよー」

「冗談は顔だけにしたほうがいいと思いますよ?」

「殴られたいかおい」


 俺だって何を言われても傷つかないわけではないのだ。本当に。


 葵がいろいろと準備をしている間、俺はホワイトに、送還場所の位置を確認する。俺の目の前に、ホログラムボードが現れた。

「――何が新宿近辺だよ、まったく。全然違う場所じゃねえか」

 俺は少し辟易としながら、右の手のひらに魔力を練り上げ、そして目に見えない“魔道文字”をセカイに刻み込む。


「…………(ゲート)


 やがて、魔法が発動すると同時に、俺の目の前に、実に見覚えのあるオンボロのドアが現れた。

「相変わらず、ボロっボロのドアですね」

「いいんだよ。あれだあれ、風情があっていいだろ」

「それ、本当に思って言ってます?」

 俺はさりげなく視線を逸らす。


「――ま、ほら、さっさと行って、とっとと終わらせるとしよう、な?」

 俺の言葉に、葵は小さく、はあ、と息を吐きつつ、

「そうですね。じゃあさっさと終わらせますか」

 と、呆れたように笑い、さっさと扉をくぐって行ってしまった。


『それではお二人共、行ってらっしゃいませ。――御武運を』


 あわてて彼女を追いかけた俺の後ろで、ホワイトの声がかすかに聞こえた、気がした。





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