一話 小さな勇者と勇者様 上
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東京都某区の一等地に佇む、幾多の高層ビルの一つ。そこが、“機構”の関東地区、地区本部――東京支部の拠点が置かれている。表向きはいろいろな会社が入る、どこにでもあるような企業ビル、なのだが――実際のところは、その全てが“機構”の各部署、もしくは関係のある企業、である。
俺の専属オペレーターであるぶりっこギャル――明里に連れられるまま、ここを初めて訪れた時は、ここまでの物なのか、と機構の巨大さに驚いたものだ。国営の組織なのだから、これだけの規模を誇っていても、まったく、おかしくは無いだろう。
さすがに高層ビル丸々一つ、などという規模を誇るのは、この東京支部含め数箇所であるものの、各都道府県に、最低一つは機構の支部が置かれている現状を考えると、一体、何万の人が関わっているのだろうか、と少しばかり気になってしまう。
――それはつまり、それだけの数の“勇者”が生まれている、と言うことなのだけれども。
「長谷川隼人。出動命令により参りました」
『……アイデンティティー・ドキュメントを確認致しました。“第二会議室”へお送りいたします。――お久しぶりです、長谷川さま』
「そういや、ここに来るのは久しぶりだったな……。久しぶりだな、ホワイト」
ビル一階の最奥に鎮座する、エレベーターの起動版。そこに、機構から支給された俺のタッチ・フォーン――機構で使われる携帯型端末――を押し付けると、上部のスピーカーから、可愛らしい女の子の声が降ってきた。
東京支部のビルを一人で切り盛りする、魔科学人工知能“ホワイト”の音声である。
開いたエレベーターに、内心、恐る恐る身を乗せると、ありがたいことに、きわめて静かに、丁寧に動き始めた。これが、明里さんと一緒に乗ろうものなら、立っているのがやっとなくらいの速度で、縦横無尽に動き回るのだ。
――それでいて、到着するまでの時間は、ゆっくり行こうと早く行こうと変わらず三十秒なのだから、乗っている側してみればたまったものじゃない。
あれ以来、絶対に明里さんとは一緒に乗らないと心に決めている。
『地下十五階くらい、第二会議室でございまーす』
「くらい、ってなんだよ」
ホワイトに礼を言ってエレベーターを出て会議室に入ると、そこにはすでに、一人の男性が座り、待っていた。
「――すみません、お待たせしてしまいましたか?」
「いや、大丈夫だよ。まだそれほど、時間は経っていない」あの日と変わらぬ優しげな声色で、彼はにこやかに、俺に語りかけた。「久しぶりだね、長谷川隼人君」
「はい、お久しぶりです。勇さん」
会議室の奥の席に、ゆったりと座る初老の男――岡野勇は、一年間と全く変わらない優しい笑みで俺を迎えた。
「そういえば、確か一年ぶりですよね」
「ああ、そうだね。結局、あれ以来話す機会がなかった。結構、楽しみにしていたのだけれどね」
笑いながら言う彼に、俺も首肯する。
「隼人君の武勇は、僕の耳にも届いているよ」
「武勇だなんて……、やめて下さいよ、恥ずかしい」
楽しげに笑いながら言う勇。思わず苦笑してしまう。
「好きなところに座りなさい。場所はどこでも構わないよ」
「それじゃ、お言葉に甘えて……」
俺は勇の言葉を聞いて、入り口と勇の座る場所の丁度中間あたりの席に腰をかけた。
もしもこの場が強襲された時――まあホワイトがいる以上有り得ないのだが――最も守らなければならない勇を守れる席、である。
そのことに気がついてか、気がついていないのか、勇は困ったような笑みを浮かべるものの、特に何も言わなかった。
「色々と聞きたい事も、幾つかあるのだけどね。今はやめておこう」心底残念そうに、勇は言った。「もう一人の子が来たら、話しを始めようか――」
「あれ、隼人さんではないですか。お久しぶりですね」
勇が言葉を紡ぐのとほぼ同時に、ホワイトがエレベーターで、一人の少女を運んできた。
綺麗に、腰まで伸びた黒髪を靡かせる絶世の美少女剣士――杜若葵は、きょとん、と首をかしげてそう言い、ブーツをカツカツ鳴らしながら会議室へと歩みを進めた。
「真夏にブーツなんて暑苦しい奴だな……。もっと何かなかったのかよ」
「大丈夫ですよ? この格好の方が怪我し難いですし、――それに、どんな格好をしようと、冷却魔法を使えば涼しくできますから。真夏にスキーウェアだって着れますよ?」
「いや、そういう問題じゃないだろ?」
どこか抜けた少女、葵は、俺とそんな会話を交わしながら、俺の対面の席へと腰をかけた。
俺のようにこの部屋が強襲されたら――とかを考えたのではなく、ただ単に、ここがちょうどよさそうだと思ったから座っただけ、だろう。
俺たちのやり取りを聞いていた勇は、可笑しそうに、楽しそうに笑い、そして彼女が座ると同時に、言葉を紡いだ。
「それでは、葵君も来たことだ。――今回の案件を話そうか」
勇が言葉を告げると同時に、俺たち三人、それぞれの目の前に、長方形のホログラム・ボードが現れる。この会話を聞いていたホワイトの仕業だろう。流石の仕事っぷりである。
「――先ほど、予知部から情報が入った。東京近辺、十七時間以内に勇者送還が起こる、そうだ。最初の情報では、新宿駅付近誤差数キロメートル、だったが、ついさっき、出た予知では、今度は東京駅近辺、に変わっている。東京二十三区内の何処か、と言うことだけしか分かっていない、と見て間違いないだろう」
「それで、転移持ちで確定した場所にすぐ飛んでいけて、時間が空いている俺、ってわけですか」
「そして葵君が選ばれたのは、元パートトナーだから、だね」
勇は俺と葵をそれぞれ交互に見て言った。
勇が言葉を区切ったのを見て、俺は目の前のホログラム・ボードに目を向ける。――そこには、半年前に行方不明になった、とテレビニュースで幾度も報道されていた、まだ小学生の少年の顔が映し出されていた。
「――この子……、まだこんなに小さい子供なのに……」勇の言葉を聞いていたのか、いないのか。葵はしかめっ面で苦しげに言葉を紡いでいた。「なんで、こんなに小さい子が……」
「そりゃあ、勇者に選ばれるのは完全なランダムだからな。そういうことも十分ありえるだろ」
俺が軽く言った言葉を聞いて、葵は、キッ、と俺を睨みつけてはくるものの、しかし何も言ってはこなかった。
「――いや、すまんな。他意は無い」
「いえ、こちらこそすみません……」葵は目を伏せながら、俺を、そして勇のほうを見た。「話しを邪魔してしまって、すみません、局長」
「いやいや、大丈夫だよ。うん、やっぱり隼人君と葵君になら、任せられるね」
勇は笑みを浮かべながら呟く。
俺が機構に所属してから、おおよそ四ヶ月間だけ、パートナーとして共に活動した葵。根っからの生真面目である彼女と、当初は常々いがみ合ったこともあったが、いくつかの戦場を一緒に歩けば、彼女も俺も、お互いを理解し――なんて言えば聞こえはいいが、要するに互いにお互いの言動に、慣れた、というだけのことだ。
もっとも、こうして勇者同士でまともに連携が取れるのは、意外と、数が少なかったりする。特に、一定以上の強さを持つ勇者になると、きわめてその傾向は大きくなる。より、強さを持った、求めた勇者ほど、一人で活動していたことが多いからだ。
あと、何故か召還される奴にコミュ障が多い、という点もある。
「とりあえず、今回だけのコンビ限定復活だ。よろしくな、葵」
「はい、こちらこそお願いします、隼人さん」
葵は笑みを浮かべた。