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一話 帰還する勇者様

2


「これで……、よし。ここは大丈夫だな。――たぶん」

「ちょっと、たぶんなんて怖いこと、言わないでよ……」

「そんなこと言われてもなあ……」


 王城の地下にある広大な儀式場。

 よくわからない幾何学模様に、これまた訳わからん魔道文字を複雑に重ね組み合わせた、超巨大な“召喚魔方陣”が、儀式場の中央に堂々と鎮座している。

 そんな部屋で、俺――長谷川隼人と、残念王女――クリスティア・B・フェニキスナイトは、召喚魔方陣のさらに奥の壁際に、“ちょこん”と置かれているおんぼろのドアの前で言葉を交わしていた。


「理論上はこれで大丈夫なはずだ。……一応、昨日投げ入れたリンゴは、ちゃんと地球に届いたみたいだし」

「そうなの? それなら、いいのかもしれないけど……」

「まー、繋がったのが火山の火口で、そのまま見事にマグマ一直線で綺麗に蒸発したらしいけど」

「ぜんぜん大丈夫じゃないわよねそれ!?」

「だからこうして面倒な微調整をしてんだろが」


 美味しそうなリンゴだったのに、もったいない。


「――魔道士のじいちゃんも言ってたけど、一番難しかったのは、“セカイ”のどこにあるかわからん地球にポイントを合わせること、だったからな。後はもう、ちょいと座標を変えるだけで完成だよ。何故か、日本は異世界との扉を繋げやすいらしいからな」

「はぁ……? なるほど……?」いつものように、王女はあほづらで惚けた言葉を吐き出した。「何言ってるのかまったくわからないわね」

「じいちゃんの前でそれ言うなよ? 絶対泣くぞ?」

 この残念な王女の教育係を任されているかわいそうな爺に心底同情する。



 俺たちの目の前にある古ぼけたドア。ぱっと見ただけでは――いや、じっくり見ても分からないと思うが――何故、こんな場所にあるのかわからない、オンボロのドアなのだが、なんとなんと実はこれが、俺が今いるこの異世界と、俺の故郷である地球を結ぶ“(ゲート)”なのだ。

 製作者は俺を含む数名、名だたる魔術学の巨匠たち、である。


 勇者の召還はできるのに送還はできない、という、どこぞのなろう小説だと言いたくなる“いかにも”な“お約束”を目の当たりにした俺が、

「無いのだったら作ってしまえばいいじゃない!」

 などと言わんばかりに周りを巻き込んで作り上げた、今のこの異世界の魔道技術では到底作り得ない、未来技術(はいてくのろじー)の塊、だったりする。


 見た目はただのオンボロドアなのに。生意気な。


 実際、この国一番の魔道士である近衛騎士のじいちゃんも、なんでこれがちゃんと地球に繋がるのかわからない、という謎技術でもある。

 まあ使えるのなら、何の問題もない。

「どうせ俺だけだったら、たとえ真っ二つになっても魔法でなんとかなるだろーしな」

「やめて怖い」

 確かに怖い。俺はいつからこんな人外になったんだろう。


 それはさておき、俺は晴れて、今日、実に三年ぶりに、地球の大地を踏みしめることができるのである! ……うまくいけばだけど。


「ちゃんと帰れたら、両親に『待っててくれてありがとう……、ただいま!』って言うんでしょう?」

「やめて」

「妹に『ごめん……心配かけて……』って謝るんでしょ?」

「おねがいやめて」

「ほら! こんなとこで死んでる場合いじゃないわよ! 待っててくれる人がたくさんいるんでしょ!」

「おねがいだから! 死亡フラグ建てないで!」


 年甲斐もなく号泣しても、まあ仕方ない。死亡フラグの恐ろしさはこの世界の人にはわからないだろう。


「なんか怖くなってきたんだけど……。もうやだ……」

「まったく、そんな弱気でどうするの。大丈夫だーってへらへら笑ってたのはどこのだれよ」

「そのへらへら笑っていた奴がこうなふうになったのは、一体どこの誰の所為ですかねえ!」


 素知らぬ顔で死亡フラグを乱立してくる残念王女に、思わず拳が出そうになるが、なんとか俺の拳が彼女の頭に向かって解き放たれる寸前に、彼が儀式場に現れた。


「やあ、勇者君。見送りに来たよ」

 爽やかスマイル100%で手を振るう、白銀の魔道鎧騎士――ランスロット。いわゆる“勇者パーティ”の一員だった“王国最強”の騎士であり、俺の剣技の師匠でもある男だ。

 なんだかんだ、と有りに遭った勇者旅の中で、彼に助け支えられた回数は両手両足の指程度では数えきれず、その恩はこの世界より広大で膨大で――。


 つまるところ、ただのイケメンである。


「おいおい、王国最強の騎士様が、わざわざ一小市民を見送りに、なんて来てていいのか? 最近はずいぶんと忙しそうだったから、声もかけなかったってのに」

「まったく……、世界を救った勇者を小市民だ、なんていうのは君くらいのものだろうね」呆れたように、ランスロットは笑いながら言った。「それに、それはずいぶん薄情じゃあ、ないかい? 同じ戦線を幾度となく共に戦った戦友を見送るのは、騎士として人として――一介の友人として、当然のことだろう」

「って言っても、今生の別れってわけでもないしなあ……」


 召還魔法に対する送還魔法――一方通行の不完全な魔法など、この俺がつくるはずがない。この扉を通れば、地球と異世界とをいくらでも行き来できるのだ。


「だが、うまくいけばの話だろう?もしダメだったら……」

「死ぬってか!? お前もおまえもそんなに俺を殺したいのか!?」

 見送るのはそんな理由か。洒落にならない。思わず目から、冷や汗がダバダバこぼれ落ちる。

「それは冗談として……。他の何より、この世界を救った勇者の帰還に、来ない訳にはいかないだろう」

「いや、そうだったら、逆に見送りが少ないんじゃないか……?」

「それを言われてはおしまい、だがな」


 ははは、とイケメンスマイルで笑うランスロットに思わず殺意が沸くが、こいつはもともとこういう奴だ仕方ない――と、なんとか心の底に押しとどめる。

 もっとも完全に抑え切れてはいなかったようで、漏れでた殺気で何も関係のないクリスティアが冷や汗を流した。


「……ま、それこそどーせ、いつでも会おうと思ったら会えるしな。“あいつら”がわざわざ見送りに、なんて来るわけないもんな」

 逆に、見送りになんてきたら、何か変なものでも拾い食いしたんじゃないか、と心配になってしまう。


 そもそも今日帰るって伝えてもいないことだし……。そもそも、なぜランスロットはこのことを知ったのだろうか。

 どうやら犯人らしい馬鹿王女が、横で分かりやすくたらたら冷や汗を流しているが、これはこれで面白いので放っておく。ランスロットが来てから、どうにも口数が少ないと思ったよ。


 そんなこんなのなんだかんだ。最近の状況だとか、取り留めのない会話を、クリスティアとランスロットとしながら、いくつか作業をすること十数分。


「――よし、これで完璧だろ。起動状態にも……問題なしっと」

 俺は凝り固まった身体をほぐすように、“のび”をしながら立ち上がった。

「これが(ゲート)……」クリスティアが、ほぅ、とため息をつきながら呟く。「もうちょっと外観はなんとかならなかったの?」

「いや今更すぎるしそれもっと早く言えよ」


「だって……、オンボロじゃない、これ」

「姫様、そう口にすることではありませんよ。この外観も……、そう、風情があっていいではないですか、ええ」

「ランスロット……! お前もか……!」


 オンボロなのは分かっていたのだけれども、俺だって傷つかないわけじゃない。ソレとコレとは違うのだ。


「はぁ……。なんかテンション下がるわ……」

「ご、ごめんなさい。そこまで気にしてたなんて」

「いや別に気にしてないけど」

「あなたはなんなのよ!?」


 ケロッ、と何事もなかったかのように言う俺に、クリスティアが叫んだ。

 ある意味いつもの“お約束”的会話をひとしきり済ませ、とりあえずもう死んでも心残りは無いなあ、と再確認。

 さらに言えば、いつでもこれるのだから、と言っても、実際に次、いつ来れるかどうか何てのは、わからない。来れたとしても、二人と話せる時間など、あるかどうかは分からない。


 彼女も彼も、この国で、この世界で重要な役割を持つ人物であり、戦争が終わったばかりのこの世界で、やるべきことはまだまだ山ほどある。

 ――そして、俺も。

 地球に無事帰ったとしても、そう簡単に、世間に馴染むことは、簡単に“平和ボケ”することは、できないだろう。


 きっと、次に彼ら彼女らと会う俺は、勇者ハセガワと呼ばれた“俺”では無く、ただの一人の“長谷川隼人”である。

 そういう意味で言えば――。ある意味、これが今生の別れ、なんて言えるのかも知れない。


「そんじゃ、行くとしますかー」俺はくるりと振り向き、ピシリ、と、てきとーな敬礼をする。「長谷川隼人、出発しまーす」


 湿っぽい空気をふざけた態度で霧散する――相も変らぬ俺の行動に、ランスロットは苦笑しながら言った。

「気をつけてくれよ? またいつでも来てくれ。歓迎する」


 湿っぽい空気をふざけた態度で霧散する――相も変らぬ俺の行動に、クリスティアは呆れたように言った。

「暇な時は遊んであげるわよ」

「いやそれはお前がかまってほしいだけだろ」


 最後まで変わらぬ二人に、そんじゃあな、と手を振って、俺は扉のドアノブに手をかけた。

 ひとまずこれが、異世界側における、俺の帰還の顛末である。



 三年ぶりの自室は、埃一つなく、何もかもが“あの日”のまま、であった。


 ベットに洋服ダンス、勉強机。マンガとラノベで埋まった本棚。洋服はもうひとまわり、いやふたまわりは小さくなっていて、俺が成長していたということを実感させる。

 よくよく考えれば、昔は真上にバンザイした指の先っちょがちょうどランスロットの頭に届く、なんてくらいの身長差があったのに、今ではほとんど、背が変わらない。


 それだけ背が伸びてれば、そりゃあ服も着れなくなってしまうだろうな、と思いつつも少し寂しいような思いもある。

 脳内メモ帳に、服を買いに行く、と書き込んだ。


 埃一つ、ない。


 まるで、時間が経っていないように錯覚させるこの部屋だが、しかし机の上においてある電波時計の日付を見て、三年が経ったことを実感とさせた。九月十二日。遅咲きのセミが寂しげに鳴いている。

 カーテンを開けると、まぶしく光が差し込んでくる。外の景色は相も変わらず、しかしどこかが違うと喚いている。


 ――小さいころ遊んだ広場には、いくつか家が建っている。 

 ――ぼろぼろだった向かいの家は、新築に建てる替えられている。


 どこかが違う景色を見るのは、まるで間違い探しのような感じで面白く、まるで置いていかれたように感じて不愉快だった。

 午後五時過ぎ。家の前の道路には、学校から帰ってくる学生達や、遊びから帰る子供達。以前はいくらでも、いつでも見ていた光景も、今は楽しく懐かしかった。不愉快だった。

 ――こんな日常、いつ壊れるかも分からないのに。

 へらへら笑って暮らしていられるのが、すこしうらやましかった。


 それはさておき、パソコンをつける。


 共働きの両親が帰ってくるのはまだまだ夜遅くになってからであり、残念ながら妹は未だ帰ってきていないようだ。

 だとすれば俺のすることは限られており、ならばとりあえずパソコンで情報収集でもしようかと、思い至ったわけである。


 そうしてパソコンをいじったり、ぱらぱらと漫画を眺めたりしていると、少し遠くに“懐かしい”気配を感じ取った気がした。

 イスから立って窓を開け見ると、こちらに全力疾走してくる一人の少女――妹が見えた。


茉奈(マナ)……?」


 その声が聞こえたわけではないだろうが、彼女は俺のいる二階の窓を見て、驚いたように、虚を突かれたように、ハッ、とした顔色を浮かべ、そして、クシャッ、と顔を歪めた。

 数秒呆然と俺の顔を見た妹―― 茉奈は、思い出したようにまた走り出し、バタン、と乱暴に玄関の戸を開ける。

 どたどたと走る音が下から聞こえ……、そして、俺の部屋の前で止まった。


「…………おにぃ……ちゃん…………?」


 ドアを開けて入ってきた少女は――とても、かわいかった。

 だいぶ、背が伸びていた。そりゃそうだ。俺がこれだけ成長しているのだから、彼女も背が伸びていて当たり前だ。

 昔よりもだいぶ、大人びた雰囲気で、また時間の流れを感じさせる。

 歳は一つ下――今は、中学三年生、だろうか。


 俺は呆然と、彼女の顔を見ていた。

 俺の顔を見た茉奈の顔には、驚きが浮かぶ。

 いろいろな感情をごちゃ混ぜにしたような顔色で、呆然と俺を眺めていた。


「――なんで……?」


 ゆっくりと、妹が口を開いて呟いた。

 一度、言葉を口に出し、それをきっかけにして、彼女から感情が噴出し始める。

 ――泣きそうに、辛そうに、彼女の顔がゆっくりと――ゆっくりと歪んでいく。

 恨めしげに、憎しげに、歪んでゆく。

 綺麗な瞳の最奥に、憎悪の炎が燃え上がっていた。


「なんで帰ってきたの……!?」


 むき出しの殺意を、殺気をぶつけながら、彼女は俺に向かって手のひらを突き出してきた。

「不可視の――」

「――雷光(ライボルト)!」


 ――あれは、やばい。

 三年間戦場に居続けた“カン”が、俺の心にそう警告する。反射的に、雷を放つ魔術を使ってしまう。


「――不可視の弾幕」


 しかし放った雷光は、突然掻き消える。その向こうに、手を突き出す妹。


「不可視の弾丸」


 魔力とは違う力が使われた、ソレが俺に放たれ――そして、途中で阻まれた。

 意図せぬ事態に、俺は目をしろくろさせる。

 ――妹は舌打ちをしながら俺を睨み付け、部屋を、家を、飛び出て行った。


「――茉奈……!」


 あたりまえだが、手を伸ばしたところでもう遅い。

 窓の下に、どこかへと走る彼女の姿が目に映った。


 妹――長谷川(ハセガワ)茉奈(マナ)との邂逅は、地球へ帰還した直後の会話は、俺に何の意味も分からせず、最悪の結末を迎えさせられた。





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