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プロローグ 地球に帰った勇者様

地球に帰った勇者様にはたして居場所はあるのかどうか


1


 誰もが目を留める美女がいた。


 美しい金髪の髪は腰ほどまで伸びており、シルクのように綺麗な光沢を浮かべていた。

 どこかあどけなさが残りながらも成熟した色香を持つ顔。肢体。

 すべてが絶妙に合わさった、まさしく美女と呼ぶべき少女は、平日にしては込み合った建物の片隅に、悩ましげに頭を抱えながら蹲り――


「うぅ……、もう、だめ。吐きそう……」


 ――真っ青な顔色で、そう呟いた。


「おいおい、まだダメなのか……? もうここは、人、少ないだろ?」

「どこがよ……。“ちょー”多いじゃない……。ここはいつも、お祭りでもしてるのかしら……」

渋谷(ここ)はいつでもこんなもんだよ」


 人混みに酔い切った、この残念美女を介抱しながら――俺は小さく、ため息を吐いた。


「あ、だめ、ゲロる」

「ゲロるとか言うなよってかやめろよ!? フリじゃねえぞ!?」


 ――所は渋谷109。

 テレヴィジョンで見たスクランブル交差点を見たい、と、ある意味いつも通りのワガママを言い出した、この残念王女他二名を引き連れ、俺はわざわざ引きこもり・非リア男子の行き辛い場所トップテン(俺の主観と偏見による)が一角に数えられるこの場所、渋谷へと足を運んだ。

 思い立ったが吉日とでも言わんばかり、この残念ちゃんの“ツルのヒトコエ”により、平日にもかかわらず学校をサボってつき合わされ、今日この日この時間に渋々、渋谷(ここ)へとやってきたわけである。――のだが、しかし。


 まさか五秒でギブアップ、とまでは思っていなかった。


 俺の見通しの悪さを罵るべきか、はたまた馬鹿王女の残念頭脳を拳骨豪嵐するべきか。あるいはそのどちらもか。

 思うところは多々あるものの、何はともあれ、そんなこんなで、この無様な醜態を御世間様に晒し続けているわけなのである。


 この駄目美女の箱入り娘っぷりを甘く見ていた、という意味では、確かに俺のせいでもある。だが、それを認めるのは非常に――非常に腹立たしく、しかしこんな場所で右も左もわからない(文字通りの意味である)御馬鹿姫を放り出すわけにもいかず。

 とても仕方なく、仕方なく――。仕方なくこうして、介抱してやっているわけである。


 美人を介抱できるんだから男として役得だろう、などと思っている馬鹿がいるのなら、今すぐこんな役目変わってくれ、と切実に思う。

 こんな残念美女を相手取るのはもう、本当に疲れたのだ。

 ――ちなみに、こんなぱっぱらぱーあんぽんたんでも、残念王女(これ)は俺より年上である。


「なんで、建物の中なのに、こんなに人がいるのよ……!」

「そりゃあ、そういう場所だから仕方ないだろ残念ちゃ……クリスティア・B・フェニキスナイト」

「今残念ちゃんって言ったわよね! 絶対言ったわね!」

「言ってねえよ残念ちゃん。空耳じゃないか? 残念ちゃん」

「そんなあからさまに言ってわたしが気がつかないとでも思ってるの!?」


 思っていると言ったら余計に怒りそうだ。

 吐き気も忘れ、ぎゃあ々ぎゃあ々騒ぎ立てる、異世界の王女を横目に見ながら――もちろん言ってることはすべて無視して――俺は、向こう正面の洋服屋から、売り物の服を試着して走ってくる、少女二人に目を止めた。


「ハセガワさん! この服どうですか?」


 先に口を開いた美少女。

 明るい茶色の髪をかわいらしく二つ結びにしてニコリと笑う、ロリ魔女ことアイリス・フィーアは、“ちょこん”とフリルのついたスカートをつま見ながらそう言って来た。


「……にあってる?」


 そしてここには、もう一人の美少女。

 輝かしい銀髪を肩口で切りそろえ、小さな髪飾りを頭につける、無口巫女ことナターシャは、相も変わらぬ、一切変わらぬ顔色で、“ちょこん”と首を傾げてそう呟いた。


 背丈もほぼ一緒、おおよそ140弱の二人が、お揃いの“お洋服”を着ていると、まるで仲のいい同い年の友達か、はたまた可愛らしい姉妹に見えてしまうが、ナターシャが12歳なのに対して、アイリスは既に16歳……。なんと驚き、俺と同い年である。

 本人はこれから伸びると思っているようだが、まあ、無いだろう。キャラクターがブレるし。


 キャラクターがブレるし。


 大事なことなので二度言った。

 胸について言及すると、まあ見事にこれまた、ロリ魔女アイリスが泣く羽目になってしまうので、この話題は省くこととする。


「おお、二人とも似合ってるな。モデルさんみたいだ」


 内心で『(小学生)モデル』と思い付け足していることは悟らせず、つとめてにこやかに褒める。気分は女所帯で苦労する父親である。

 アイリスがいつもの二割り増しで笑顔になったことに加え、日ごろ顔のパーツが数ミリも動かないナターシャまでもがほがらかに笑っている――それでも傍目からは、全く変わっているように見えないのだろうけども――のを見ると、思わず、こちらも嬉しくなってくる。

 二人ともそろいにそろって俺に抱きついてくる。とても可愛らしいすばらしい。


 クリスティアと周りの客からの冷たい視線は気にしない。


「あ、あの! ……まだお洋服見ててもいいですか?」

「もちろん、いいよ。二人とも、好きなだけ見てきな。俺が買ってやるよ」


 俺の言葉に“パァッ”と可憐な花を二輪咲かせて、アイリスとナターシャは仲良く手をつなぎ、再び先ほどのお店へと舞い戻った。

 試着した服を買わずにここまで来るのはいいのだろうかと思っていたが、向こう正面のお店の中から二人に向かって手を振る店員さんを見るに、別段大丈夫そうであった。大方、店員にそそのかされて店に来たのだろう。


 さらに言えば、既に、おそらく彼女たちに試着させるための洋服をいくつも、いくつも準備している店員さんたちを見て、思わず頬がひきつるが――、まあ、どうやら迷惑ではないようだし? むしろみんな、ノリノリで準備しちゃってるし? いや、そもそも何故か、フロア中のお店から可愛らしい、そしてお値段もお高いお洋服が、続々と集まってきているし……?


「ダメだ……、気にしちゃいけない……」


 がんばれ長谷川(ハセガワ)隼人(ハヤト)! 現実に負けるな! と自分を無理やり鼓舞してテンションを戻す。傍から見たらただのイタい子だ。

 そんな一通りのやり取り(自分との対話を含む)を終えた俺は、横で挙動不審に陥っているクリスティア・B・フェニキ――長いんで残念王女でいいや――に目を向けた。


「……なあ、ティアも行ってくるか?」

「――ふ、ふぇっ!? ななななんでわたしが!? ぶぇ、べつに興味なんてないけどー!?」


 ふぇってなんだとか声が裏返ってるぞとか、まあ言いたいことは多々あるものの、先ほどからずっとあの服屋の方をそんなキラキラした目で見ていれば、行きたいのだろうな、と、わかるだろう。

 しかし、王女としてそんなことを口にするわけにはいかずない! (この王女としてという理由が俺は未だに理解できない)――でも、いいなぁ、かわいいなぁ、わたしも着たいなあ……、とか思ってた矢先に、俺に、見事に図星を刺し貫かれ、思わず本音を隠してとりつくろ……えてないけれども。


 やはりこいつは残念ちゃんだな。


「いやー、そうじゃなくてなー。あいつらだけだと心配だからなー。“お姉さん”のティアが付いていてくれたら安心なのになー」


 実にわざとらしい棒読みのセリフを聞いて、その手があったか! みたいな満面の笑みを浮かべている残念王女に、思わず顔が引きつりそうになる。

 ――このこ、本当に貴族社会でやっていけるのだろうか。甚だ疑問である。


「そ、そうね! あの子達だけだと不安だものね! “お姉さん”がついていてあげないといけないわね……!」


 クリスティアは、そんなことをぶつぶつ、口の中で呟きながら、目を爛々と輝かせ、二人が向かった服屋へ向かって歩いてゆく。見た目、完全に犯罪者。思わず“ひゃくとーばん”しそうになった右手からタッチ・フォーンを無理やり奪い取り、胸のポケットへしまいこんだ。

 二人と合流した残念王女は早速手当たり次第に試着を始めていた。いや吐き気はどこいったんだおい。


「吐き気が収まったなら、まあよかったか……? いやあまり、いや全然、よくない気がするけど……?」


 服屋のほうを見ていると、三人の美人衆に次から次へと試着をさせて、袋へ詰める店員さんたち。その様子に、思わず、背中に怖気が走ったような感覚がして、冷や汗が溢れ出てくる。


「……メイドさん。あれ全部でおいくらかわかります……?」

「今現在の総計でよろしければ――、ざっと、×××円でございます」

「嘘だろまさかのミリオンだと……!?」


 カードで支払えるかなー、そうじゃないとやばいなー、などと、俺は現実逃避気味に考え、ゆっくりと手で顔を覆った。





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