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異世界バッティングセンター“グレートホーン”

 帝都ヘイムダルの一角に“ソレ”が現れてから、早二ヶ月が経過しようとしていた――。




「最近、カノンは非番になると私の所に来てくれないのう……」


 ベッドの上でため息を吐きながら“帝国の宝玉”などという二つ名をつけられている金髪の少女。十四歳という年齢の割には大人びて見えるが、その美しさは目を見張るモノがあった。


「カノンは私直属の近衛騎士であるのに……」


 ベッドの上で膝を抱えながら、ついでに抱き枕を抱えながら、ヘイムダル皇国の第一皇女アリシア・ルン・ヘイムダルは最近非番になるたびにどこかへと出かける姉とも慕う己の近衛騎士の事を思っていた。


「カノンもお年頃ですからねえ……」


 ベッド近くの椅子に腰かけ、編み物をしていた黒髪のメイドがアリシアの呟きに大したことはないだろう、という風に答える。


「ま、まさか男かッ、カノンに男が出来たのかッ!?」


「お年頃ですからねえ、カノンも……」


 アリシアの大声にも関わらず、黒髪のメイドは柔らかい微笑みを保ったままだった。先ほどのひとり言とたいして変わらない返答がアリシアの耳に届く。


「何処へ行ったのか、分かるのか?」


 近衛騎士とメイドという間柄ながら、カノンとこの黒髪メイド――リリス・ラピスラズリ――は親友と言ってもいい関係だった事を思い出す。


「分かると言えば、分かりますが……」


「連れて行け!! 今すぐだッ!!」


「近衛騎士も連れずに、ですか?」


「適当に兄上達の近衛を借りて来い!! この城は平和だからいいだろう。それに、リリスもいるからな!!」


 メイドでありながら、若手の近衛騎士など彼女の足元にも及ばない――若手の近衛騎士で彼女に太刀打ち出来るのは“白銀の剣姫”ことカノン・レッドフィールドだけである――事を知っているので、城の外に出るのにリリス一人いればいいだろう、と考えを纏めたアリシア。手早く着替えを済ませ――もちろん、リリスに手伝ってもらいながらだが――、目的地へと向かう事にした。


「カノンは何処にいるというのじゃ?」


「寝取られているかもしれませんねえ……」


 ビクッ、と震えるアリシアの肩。四つ年上のカノンの事を姉と慕う以上の感情をアリシアが持ち合わせているのを知っているからこそ、リリスはアリシアをからかうのが楽しくて仕方がなかった。


――“彼ら”と会った時、姫はどんな反応をするかなぁ……? 楽しみだなあ……。


 表情は微笑を保ったまま、大慌てで目的地へと向かおうとするアリシアの後ろ姿を見るリリスの心の中は、面白いモノが見られるといいなあ、という期待で彩られていた。






「な、何じゃここは……?」


 アリシアが見上げる先には、派手な鎧を着て、これまた派手な兜――角の片方が折れた――をかぶった大男が腕組みをしている巨大な絵の描かれた看板がデカデカと飾られた建物であった。

 看板以外にも色々文字のようなモノが書かれている――打ちつけられている?――が、文字のようなモノは、帝都広しといえども、読める者はいないだろう、とアリシアは思った。読める筈がない。今は廃れた古代文明でもあのような文字は使われていない筈だ。


「な、なんと読むのじゃ?」


「バッティングセンター“グレートホーン”ですね」


「何で読めるのじゃ!?」


「ほら、あそこに書いてますよ」


 リリスの指さした先に視線を向けると、そこには新しく打ちつけられたであろう白木の板に、見慣れた筆跡で「バッティングセンター“グレートホーン”」と書かれてあった。バッティングセンターとはいったい何であろうか。アリシアの記憶にはそのようなモノは存在しない。しかし、大事な事は今はソレではない。


「あれは、カノンの筆跡ッ!? まさか、ここで男に寝取られたのか、カノンはッ!?」


 何故文字がカノンによって書かれているからと言って寝取られた事になるのか、この子の頭はピンク色だなぁ、などと思いながらもリリスは微笑を崩さない。


「は、入るのが怖いのじゃ。ここでカノンが男に私にも見せない笑顔を見せているなどという光景は、見たくないのにゃッ!? あ、コラ、引っ張るんじゃない、リリス、私は行きたくないのじゃぁ……」


「さっさと行きますよ。話が進まないじゃないですか」


 腕をとって強引に皇女を引っ張っていくリリスの姿を見て、強引に連れてこられたお付きの近衛騎士たちは苦笑するしかなかった。






 見慣れぬ光景が、アリシアの目に飛び込んできた。

 いくつも並ぶ“ピッチングマシーン”と、それに対応する数の“バッターボックス”、その“バッターボックス”の中に一人ずつ帝都民が立って何か棒のようなモノを構えている。“バッターボックス”は全部人で埋まっているワケではなさそうだ。

 そんな事を丁寧にリリスが説明しているが、アリシアの頭の中には入って来ていない。

 アリシアの視線の先には、綺麗な銀髪をした女性が、数人は腰かけられそうな椅子に座りながら、十歳くらいの女の子を抱きかかえながらスヤスヤと眠っていたからだ。銀髪の女性に抱きかかえられた、十歳くらいの頭部から二本の角を生やした少女も気持ちよさそうに寝ていた。片方の角は、生え際に近い部分で斬りおとされたかのようになっていてバランスが悪そうだった。


「ね、寝取られた……だとッ!? しかも、お、男ではなく角っ娘に……ッ!?」


 思わずあげた悲鳴に、バッティングセンターにいた全員の視線を集めてしまったのだった。






「なるほど、だいたい分かった」


 リリスやカノンから説明を受けたここの店員だと名乗る黒髪の男。カノンやリリスより少し年上だろうか、とアリシアは検討をつける。黒髪はヘイムダルでも少数ではあるが、いないワケではないが、顔つきがヘイムダルの人間らしくない、というよりはこの国の人間らしくない。違う大陸の人間であろうか?


「何が分かったというのだ? 本当はほとんど分かっていないだろう、アキト?」


「五月蝿いな、一度このセリフを言ってみたかったんだよ」


 カノンと親しげに会話をかわしているアキトという男に嫉妬の視線を向ける。ついでに先程からカノンの袖を握って所在なげに佇んでいる角っ娘――レイナ・アップルトンという名前らしい――には殺意のこもった視線を向ける。私ですら、カノンにあんなに優しく包み込むように抱きしめて貰った事はないのに……ッ!!

 アリシアの殺意の波動が込められた視線に射すくめられ、カノンの体に隠れるように位置を変えるレイナ。その動きを察知し、「大丈夫、怖くないよ」と言いながら頭を撫でるカノン。撫でられて少し嬉しそうなレイナの表情を見て、殺意を色濃くさせるアリシアであった。


「しょ、勝負じゃ、カノンをかけて勝負じゃあ!!」


 遂に堪忍袋の緒がキレたのか、アリシアはレイナをビシッと指さし、勝負を申し込むに至った。

 どうすればいいのか、カノンとアキトを見上げて判断を仰ぐレイナ。


「おお、いいぞ、やれやれ。ただし、皇女様相手に普通に勝負したら勝ち目はないからな、どうすればいいと思う、カノン?」


「な、簡単に勝負なんて受けるんじゃない、アキト!! だいたい、なんで私が賞品の様になっているのだ?」


「可愛いもんじゃないか」


 アリシアとレイナを見比べながら、ニヤニヤとした笑顔を浮かべるアキトを前にしても、カノンは首を傾げるしかなかった。アリシアの後ろではリリスも似たような笑みを浮かべているのを見る限り、気付いていないのはカノンただ一人だろう。


「ま、でも普通の勝負では皇女相手にレイナでは勝ち目はないからな。バッティングで勝負すればいいだろう。出来るか、レイナ?」


 アキトの問いかけに、軽く頷くレイナ。

 バッティングとは何じゃろう? と首を傾げるアリシア。


「簡単に教えてやってくれよ、リリスさん」


「ふふ、了解しました」


 言い終わる前にアリシアの腕を引っ張り、リリスはバッターボックスの中へ入って行った。


「いや、待つのじゃ、リリス。私はバッティングとやらで勝負を受けるとは言っておらんぞ」


「さ、まずは小手調べに140キロから逝ってみましょうか」


「言葉としては正しいが、意味というか感覚が違う気がするのじゃ……!!」






 一時間後、何故かボロボロになった皇女と角っ娘のバッティング勝負が帝都民が大量に押し寄せる中、繰り広げられた。











 その後、近衛騎士カノンの非番の日には、皇女や“白銀の剣姫”や黒髪のメイドが店員をやったり、角っ娘と皇女が仲睦まじくバッティングの練習をしている姿が見られるという事もあり、バッティングセンター“グレートホーン”は帝都ヘイムダルでも一、二を争う人気スポットとなったトカならなかったトカ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] はちゃめちゃドタバタの徹底! [一言] ポンコツ姫様が可愛かったです
[一言] 初めまして、大本営と言います。 末席ながら灰鉄杯に参加させてもらっていますので、皆様の作品を拝見していましたが、「異世界バッティングセンター“グレートホーン”」は読んでいて、とても微笑ましい…
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