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石岡のいない朝。

作者: 塩漬けの人

まさか、死ぬとは。

親友の石岡が、死んだ。ここから少し遠いところにある高速道路で、事故があったらしい。

眉が太くて、笑う時の顔がイマイチ可愛くない、声の小さな背の高い女の子。

深く、狭い付き合いをして、今まで生きてきた。その中でも一番、長い付き合いなのが、石岡。

彼女ともう話ができないと思ったとき、涙より先に違和感が胸を包む。

本当にそうなのだろうか、なんて疑問にさえ思った。

明日学校に行ったら、石岡がいて、「ポッキー買ってきた?」って聞く。

「買ってきた?って、別に昨日ポッキーについての話とかしてなかったじゃん」みたいに返せば、笑いながら、「知ってる、でも食べたかったから」って言う。「自分で買えよ」って返す。

いつもそうなのだ、石岡の話は突然始まる。それでいて最後は返事をしないで終わらせる。

慣れた私にはどうっていうことはないけれど、初対面の相手はだいたい、石岡に「関わらないほうがいいな・・・」という雰囲気を察知し、遠ざかっていく準備をする。

石岡は気づいても、何も言わない。相手が遠ざかって言っても、何も言わない。

それでも近寄ってくる人には、優しくしないのだ。

彼女曰く、「変人にも優しくするなんて、偽善者かサイコパスか保護者か、ってとこでしょ?」らしい。

優しげな雰囲気を持つ彼女には、結構多くの人間が近寄ってきていたのだけど、なぜわざわざそんなことをするのか知れた『偽善者かサイコパスか保護者』はきっと私しかいない、と思う。きっと、確証はないけれど、石岡は私にしかあの話をしていない気がする。

彼女は、裏切りが怖いのだそうだ。

確かに、心から信じていたものに裏切られることは死ぬほど怖い。

共感した私は「だけど、まだ信用してないじゃない、その人と話すだけの時点では。」何気なくこう返すと、石岡らしからぬ険しい表情で彼女は言った、「同じ空間に生きているだけで、信用するしないに関わらず私を殺すことはできるんだよ」と。私はぐるぐると、考えていた。

彼女は私が疑問に思っていることを察しながらも、続けた。

「神様がせっかく作ってくれたこの命を、生きることを信じなくてどうするの」

なんだかめちゃくちゃな言い分のような気もしたけれど、おおまじめな彼女の顔を見て、やっぱり眉を少し剃った方がかわいいな、と思った。

彼女は今、たぶんどこかで、うらぎられた、と泣いているだろう。

あの眉を寄せて、怒っているかもしれない。

慰めるか、もしくは落ち着けと頭を叩いてやらなければいけないのに。

彼女が笑いながら私に話しかけてくる様子が、頭に浮かぶのだ。

呼ぶと少し笑いながら振り返って別の人の名前を呼び、私だけど、と言うとくしゃっと笑って、なんだお前かー、と言ってみせたあの顔が、頭に浮かんで消えてくれない。何がしたいんだよ、お前は。

石岡のお母さんが私たちへお揃いに買ってくれた、ブレスレットをなくしたあなたが、泣きそうになりながら笑って、探すの手伝って、と馬鹿げた事を言った瞬間の顔、鮮明に、思い出せてしまう。

慰めてやらなければいけないのは、私なのに。

どうして、そんなに笑っていられるの。

死んだ相手に、そんなこと言ったってどうしようもないのに。

「だから嫌だったんだ、まるで裏切られたみたいじゃないか」

だから嫌だった。あんたみたいな変な奴と友達でいたら、こうなるって思ってたから。

なんて嘘。君を失うことなんて、これっぽっちも予想していなかった。

それも嘘。もし一番大事な友達がいなくなったら、とかいう本を最近読んだから。

こんな話はもうどうだっていいのだ。どうせ私が今考えていることなんて、しばらくしたら思い出せなくなるのだから。

毎日毎日欠かさず、同じ時間に、同じ言葉を口にしていたら、メモしなくったってその言葉を永遠に覚えていられるのかな。そう言って眠そうな顔してたあんた。私は、メンドくさいと思っても何かしら考えて言葉を返す。そしてその途中で、石岡は突っ伏して寝ちゃう、みたいな感じの流れは目に見えてて。それでいて、石岡、お前は馬鹿か。寝たら全部忘れるのは君の得意技でしょ。みたいなこと、言うのが私の役目だったはず。

プリッツとポッキーが戦争をしたらどっちが勝つかな、って話を徐々に笑いそうになりながら始めたあんたを見てた、私の考えは、思い出せない。

裏切られた時の気分ってどんなかなあ、なんて言って、うーやだやだ、みたいなこと言って震えたふりをするあんたが、すぐそのあと笑って、また眉毛濃くなったかもなんて話し始めたときの私の気分は、思い出せない。

「石岡、裏切られた気分、どうなのよ」

あんたが言った言葉、あんたがした顔、あんたがやった失敗。

そんなことくらいなら、だいたい覚えているっていうのに。

深夜の部屋、ひとりぼっちで考えていたら、いつのまにか朝が来ていた。

泣きはらした目は、やっぱり、いつか忘れてしまうこの出来事を全て覚えていたいと思う。鏡の向こうの目を愛おしく思い、見つめる。

眉を整えなければね、と思い、あくびをした。

君が死ななければ、考えたこともなかったであろうことだ。

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