寝ぼけまなこのお狐ちゃん
優しい朝日がふんわりと部屋を照らし出す。カントリー調の木製の家具が揃えられた部屋は、新築の家のように新鮮な木々の香りで満たされていた。その部屋の中、ふかふかの羽毛布団に埋もれて幸せそうに眠っている少女がそれはそれは気持ちよさそうに眠っていた。
その頭の上では、彼女が狐尾族であることを示す一対の狐耳がぴくぴくと動いている。
「あぁ、もう......」
音も立てず静かに扉を開けて部屋へ入ってきた女性は、くぅくぅ気持ちよさそうに寝ている少女の姿に困ったような苦笑を漏らす。紫を基調とした長袍に白のエプロンを身に着け、豊かな金髪を邪魔にならないように一つに纏めた彼女は、眠っている少女に近づくとゆさゆさと肩を揺り動かす。
「起きなさい、起きなさいってば蒼華。何時だと思ってるの?」
「ん.....んん?............あ、ヒメカだ」
「まだ寝ぼけているようね」
あんがい潔く目を開けて、しかし目の前のヒメカの姿ににへらとだらしのない笑みをこぼすいまだ夢心地の蒼華に、ヒメカは脳裏でメニューを操作してフレンドリストを開き念話をかける仕草を取る。実際にとある人物に念話をかけているのだが、寝ぼけている蒼華はなにをしているのかわかっていないようでぱちぱちと目を瞬くだけだ。幾度かのコール音の後に、『なんのよう?』とすこしぼんやりした口調の声が聞こえる。
「お前も寝てたのかよ」
『今起きた。で、なに』
「ん?いや、元気かなと思って。詠夜」
ヒメカの電話の相手、詠夜という単語に蒼華は跳ね起きると焦ったように出来る限りの小さな声で「電話切って!!」と叫ぶ。その様子を尻目に、にこにこと笑顔で電話を続けるヒメカ。綺麗すぎない整った顔立ちに、エルフ特有のとんがった耳。部屋の窓から入ってくる陽の光に当てられて、その姿は頼りになる優しいお姉さんという感じだ。
『そういえば、蒼華は元気にしてるのか』
「蒼華なら元気も元気。心配しなくても大丈夫だと思うわよ」
というか、目の前にいるし。すごい元気よく電話をやめさせようとしてるし。
言えば目の前からも電話の向こうからも怒鳴り散らされるに違いないので言わないでおこうとヒメカは思った。
『元気にしてるんだな。ならまだしばらく見つかりそうにないか』
「えぇ。それじゃあ、ちょっと用事があるから電話を切るわね。あ、あと明日にでも少し素材集めがしたいから手伝ってもらえる?」
『いいよ。それじゃ』
プツッと念話が切れた音がして念話が切れたことを確認すると、ヒメカはほとんど涙目になってしまった蒼華に向き直る。そのままピンッと出来るだけ手加減してその額をはじく。それでも痛かったのか、じわりと目じりに涙が滲んでいたが。
「ヒメカの馬鹿」
「私が入ってきたっていうのに危機感の一つも覚えない蒼華が悪い」
「だって「だから、忘れないでって言ってんだろ?」
不満げに紡がれた言葉を遮り、心底めんどくさそうに前髪をかきあげて自分を指差す。それは、物わかりの悪い幼子を諭すかのような仕草で。
「今はこんな姿だけど、元は男だからね?もうちょっと貞操の危機とかそういうものを持て」
「じゃあ今すぐ乙女の部屋から出てけ!!!!」
枕を投げつけられてすごすごと部屋から退散したどこからどう見ても綺麗なお姉さんのヒメカは、実は世にいうところのネカマであった。