バブルの塔
「…なんで!そんなことが言えるの…! どうして諦めきれるのよ…!」
目を覚まし、カーテンを開ける。光が差し込み、かけるは思わず目を細めた。時計の針は、11時すぎくらいを指していた。
ココとマリが去った後、かけるは宿を見つけると、吸い込まれるように入っていった。花火大会があった日から眠っていなかったため、かけるの身体は限界をとうに超えていたのだ。
かけるは部屋を借りると、倒れこむようにベッドに寝ころんだ。
体は極限まで疲れているはずなのに、かけるはすぐには眠りにつくことができなかった。
ココの言葉がぐるぐるとかけるの頭をかけめぐる。
…あいつらは今、どこにいるかな。
…なにしてんのかな。
…また誰かにさらわれるんじゃねえか。
…利用されるんじゃねえか。
何考えてんだ。俺は。もうあいつらと会うことはねえんだ。
真由美さんも…いなくなったら…
ああそうか。
俺、独りなのか。
いつの間にか、かけるは眠っていた。夢は見なかった。ただひたすら、ひたすら暗闇が続いていた。
かけるは丸一日寝た。
ぼーっと、空を見上げた。昨日とは一転、今日は青空が広がっている。かけるは、無限に広がる青空を、ひたすら目で追い続けた。
このまま孤独で、静かに時が流れていくかと思われた。
しかし、再会は意外に早かった。
パタパタと、廊下を走る音が聞こえた。
その音がかけるの部屋の前で止まると ー
その少女は、躊躇なくドアを開けるのだった。
「かける!!」
突然の出来事に、かけるは硬直した。
それは、突然ドアを開けられたことが理由ではなかった。
理由は、開けた人物にあった。
「かける…ココちゃんが…!」
かけるは、乾いた口を懸命に動かし、ようやく言葉を発した。
「 ー マリ…なのか?」
ー 午前8時、ネジメ地区、宿屋
ココは、目を覚ました。
隣では、マリがすやすやと寝息をたてて寝ている。いつもはマリの方が起きるのが先で、かけるの部屋へ走って行くから、朝にマリの寝顔を見るのは久しぶりだ。さすがに疲れたのだろう。というよりも、かけるはもういないのだから、関係ないのだろうが。
ココは、マリの頭を優しくなでると、テーブルにメモを残し、宿を後にした。
ココが向かう場所は、決まっていた。
優勝すれば、万能の秘薬が手に入る場所 ー
ー バブルの塔。
ココは、昨日から決心していた。
必ず真由美を助けると。
…かけると縁を切ったからって、ゆみちゃんと縁を切ったわけじゃないわ。
マリちゃん…ごめんね。 ちょっと待っててね。 私、決めたの。ゆみちゃんを助けるって。 必ず秘薬を持って帰って、また一緒に笑いあおうって。ゆみちゃんと、マリちゃんと、…私と…できればかけるも…
だから、私は絶対負けない。
かけるに頼ってばっかりの私は、もう終わり。 もう…終わらせなくちゃ。
ココは、そびえたつバブルの塔を見上げ、きっ、と睨みつけた。
そして、入り口へと歩き出した。
「…マリ…!? なんでここに!? お前…ココと一緒じゃ…!」
かけるは目を丸くした。
マリは、へたりと腰を落とすと、負い目を感じるような様子で話し始めた。
「一緒にいた…。けど!朝起きたら…!ココちゃんがいなくて! テーブルにメモがあって…!」
「なん…だって…」
かけるは、嫌な予感がした。
かけるは、テーブルに置いてあったというメモをマリから受けとった。
『マリちゃんへ。
ちょっと出かけてくるね。朝ごはんは宿のおばちゃんにお願いしてね。 すぐ戻ってくるから。』
「でも、ココちゃん、帰ってこないの!だから、わたし…!」
「ああ、わかってる。だから少し、落ち着け。」
かけるはマリの頭をポン、と優しくたたいた。
だがマリは…どうして俺の宿が分かったんだろうか…?
「かける!ココちゃんは…!」
「え…!ああ、たぶん…」
マリの声で我にかえったかけるは、目の前の問題の解決に頭を切り替えることにした。
そうだ。たぶんあいつは…
「バブルの塔だ。」
バブルの塔。
その名の通り、ゲームに勝ち続けるとあっというまに金がたまるが、負けてしまうと一気に破産する、危険な賭場だ。優勝すれば毎回景品が手に入るが、参加者のほとんどの目的は金だ。窮地に追い込まれた奴らが人生最後の賭けにここを選ぶことも多い。
「バブルの…塔…」
「ああ。おそらく、真由美さんの病気を治すつもりだな…。」
その言葉を聞いたマリは、顔に不安の色を浮かべて言った。
「かける、わたしたちも行こう?ココちゃんを助けなきゃ…」
かけるは、マリから目をそらした。
「俺はもうあいつとは… 」
はっきりとしない言葉を残して、かけるは部屋から出た。
マリはかけるの背中を追いながら叫んだ。
「お願い! 助けてよ! かける!」
かけるは歯を食いしばる。
だめなんだ…。 俺と一緒にいたら…。
「俺と一緒にいる奴は…不幸になるんだ。」
真由美の笑顔が、かけるの頭をよぎった。
「だからお前も…もうどっかいってくれ。」
バブルの塔内を見て、ココは高級ホテルを思い浮かべた。巨大なシャンデリアが、客を出迎えるように美しい輝きを放っている。
「 いらっしゃいませ。」
ロビーにいた、若い男が穏やかな口調で言った。
「 あのー、私も参加したいんですけど…」
ココがそう言うと、オーナーの男は一瞬ギョッとした表情を見せた。
「ええ…構いませんが…」
すると、ロビー内から、どこからともなく声が聞こえてきた。
「おい、女だぞ…!」
「何考えてんだ?」
「へへ…まあいいじゃねえか。どうせ得をするのは俺たちだ。」
ココは、明らかに自分に向けられる目線を不快に感じた。
…なんでこの人たち…私を見てるのかな…
オホン、と男は咳払いをすると、説明を始めた。
「当店では、1対1のポーカーで勝敗を決めてもらうことになっております。一定の勝利数を超えると、上の階へ上がることができます。なお…」
「わかったわ!ありがと!」
ココは耐えかね、男の話を最後まで聞かないうちに、カードを取ると行ってしまった。
「ああ、お客様…!負けていいのは服の枚数分のみですからね〜!」
その言葉の意味を、ココは後々知ることになる。
「はあー!ホント何なのよ、なんか男ばっかりだし! ポーカーはやったことあるけど…大丈夫かなー…」
ココはため息をついた。
しかし、心配する暇もなく、ゲームスタートの鐘が場内に響き渡った。
次の瞬間、ココは、目を丸くした。
なんと、ココの前に大量のプレイヤーが押しかけてきたのだ。
「俺とやろうぜ!」
「いや、俺だ!」
「ああ!?どけよてめえ!」
ちょっと!?なにこれ! 私、もしかして超人気者!?
ココは戸惑いながらも、たまに誇らしげな表情をちらつかせた。
「はいはい、順番に並んでねー! まったく、アイドルは困っちゃうなあ、もう!」
「んじゃ、俺からだ。」
ココの前に現れたのは、20代後半くらいの若い男だった。
ココは快く承諾した。
男は、こらえきれず口角を上げた。
一体何を思ってここに来たかは知らねえが、バレバレだぜ。お嬢さん。あんたはポーカーにおいてはド素人だ。 長年この街に居れば解る。そいつ独特の雰囲気ってやつだな。 残念だが、ここはあんたの来るところじゃない。 が、俺も鬼じゃない。借金で人生を棒に振る前に、俺が叩き潰してやるよ。
そんな男の思惑をよそに、ゲームが始まるとココは男をまじまじと見始めた。
…なんだ…この女…
男は不審がったが、手札を入れ替えるとココに尋ねた。
「さあ、何枚賭ける?」
ココはきょとんとした顔で答えた。
「え…なにが?」
「賭布だよ。ここではチップじゃなく、自分の服を賭けるんだ。 賭布は30枚分。裸になったら退場だ。」
ココは驚愕した。
な、なによそれ〜!賭布!?負けたら裸ってどういうことなのー!?
ココは、受付であびた視線の意味をようやく理解した。
…ほんとこいつ、なんも知らずにきたんだな。
男はココに、憐れみさえ感じたが、それが男の警戒を完全に解いたのだった。
男は自分の手札を見た。
…スリーカードか。悪くないな。 ここは自信のないふりをして油断させるか?
…いや。その必要はない。 こいつの場合、安い挑発には確実に乗ってくる!
「賭布、20枚だ。」
さあ…こい。
「…レイズ。25枚!」
ココは言った。
きたあああああ!! こいつ、乗ってきたぞ!ははは、とんだカモだな、こいつは!
「コール!」
男は叫んだ。この発言で、両者はお互いに25枚分の服を失うリスクを負うことになる。
ココは笑いを堪えられずにいる男に、微笑みかけて言った。
「おじさん、その手札で25枚はないと思いますよ?」
「ー あ?」
今…なんて…
両者の手札が机上に置かれた。
男はココのカードを見て、目を白黒させた。
フルハウス…だと…!?
「私の勝ちですね!」
「おい…待てよ!そんなわけ…!」
その時だった。
男の衣服が、一瞬にして弾け飛んだのだ。糸並みの大きさまで分解された服が、パラパラと音をたてて床に落ちた。
ココは思わず、きゃっ、と声をあげた。
なんて…!なんて非道なシステムなの…!?
ほぼ裸に近い格好となった男は、唖然としていたが、やがて何かを思い出したかのように慌てて逃げ出してしまった。
その姿を見て、ココは思った。
ー 私、たぶんこのゲームだったら無敵かも ー
その予感は見事に的中した。
ココは対戦相手の服をことごとく糸クズへと変えた。
どのプレイヤーも、ココに勝つことができなかった。
そして、ココはなんと3時間足らずで最上階へたどり着いた。
もうちょっと、もうちょっとで薬が手に入る ー
ココは、人気のない最上階を見回した。
もうちょっとでゆみちゃんを ー
「やあ。」
後ろから、声がした。
その声は、聞いたことがあった。
ココは振り返るやいなや、みぞおちを打たれるような想いに襲われた。
ココは、ただ、尋ねることしかできなかった。
「なんで…」
「元気にしてたかい?」
メガネをくいとあげると、微笑んで言った。
「なんで…ケイジ…さんが…ここに…?」




