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ペテンに賭ける!  作者: しゅん
バブルフラワー編
8/27

花が散るのは誰のせい

…かけるにそんなことが…

だからかけるの眼はいつも ー

ココは拳を握りしめた。そして決意のこもった目をぎらつかせ、下を向くケイジに言った。

「私も、かけるのところに行きます!」

ー いや、行かなきゃ!

マリも意気込んであとに続く。

「わたしも 行く。」

…かけるの力に、なりたい。

「場所を教えて下さい。ケイジさん。」



ハア…ハア……

だいぶ走った。走ることは苦手なのだが、今はそんなことを嘆く余裕もない。

そのかわり、脳裏で真由美との思い出が走馬灯のように駆け巡り、それがいっそう息をきらせる原因となった。

やっとの思いで家までたどり着いた。2年ぶりとなるが、雰囲気がいささか違った。家の周りにあったはずの美しい花々は枯れ、ほぼ土の一部となってしまっている。

秋に汗をかくとかなり寒い。かけるは鳥肌が立つのを感じた。

「真由美さん!!」

勢い良くドアを開けた。スライド式の扉が大きな音をたてて、花屋の静寂を破った。

はっとかけるは息を呑んだ。

揺れるカーテン、窓から見える殺風景な庭、そしてベッドの上に横たわる女性 ー

真由美の銀の髪が、朝日に美しく反射した。

「 ー かける…なの…?」

その声で、かけるははっと我に返る。

「あ…ああ、真由美さん、大丈夫なのか?」

真由美はじっと外の景色を眺めたまま言った。

「どうして…ここに…?」

「ケイジに会ったんだ。」

はっ、と息を吸い込んだ音が聞こえた。

「そう…なんだ…」

「それで、身体は大丈夫なのか!?」

愚問だった。かけるはその言葉を発した後、激しく後悔した。そして、それを聞いた真由美の表情を見たかけるは、その後悔が徐々に自分への憎しみに変わるのを実感した。

「ええ…大丈夫…」

真由美は優しく微笑んだ。

「でも…ちょっときついかな… だからね、かけるに、一つお願いがあるの。」


かけるは胸を刺されるような思いに襲われた。

真由美のお願いは、予想外で、それでいて、切実だった。

かけるは思わず部屋を飛び出した。

何も言えなかった。

俺は、弱い。 2年ぶりの再開だってのに、何一つ気の利いたことも言ってやれねえ。

本当に…最低だ。



陽が、徐々に高くなっていく。

だが、太陽は厚い雲に覆われて、すぐに見えなくなった。

「マリちゃん!あそこよ!」

ココとマリは、スピードを緩めず走った。

かけるも含め、3人は昨日から一睡もしていないのだが、寝ている暇などなかった。

2人は息をきらせながら、広大な土地にポツリと建った一軒家へと向かった。

ガラリとドアを開けると、1人の女性がいた。

ココは息を呑んだ。

ー きれいなひと…

扉の音で、目を閉じていた真由美は静かに瞼を持ち上げた。

「今日は…お客さんが多いのね。」

真由美は柔らかな表情をつくって、ココとマリの方を見た。

「あ!あの!私、ココです!」

「マリです。」

「…どうしたの?ココ。マリ。」

マリは、真由美の雰囲気にどこか安心感を抱いていた。

お母さんって、こんな感じ…なのかな?

一方、ココは真由美の質問にまごついていた。

そ、そういえば私、ここに来ることで頭いっぱいで、来たらどうするか考えてなかった!かけるもいないし…初対面の人になんて答えればいいのよ!? お見舞いに来ました… いや、違う! まずかけるの友達ってことから説明しなきゃ!

「あ、ええと! その、綺麗な髪だなあって思いまして!」

「…」

ななな、なに言っちゃってんのわたしー!言葉のキャッチボールー!! 落ち着くのよ私!ギブアンドテイクよ!キャッチアンドリリースよ!

「あの!かけるとおそろいなんですね!」

もうどうにでもなれーい!今の私は私でも制御不能なのよー!!

慌てふためくココを見て、フフ、と真由美は笑った。

「この髪はね…染めたものなの。」

あの子が、自分は1人だと思い込んでいたから…

「ココちゃん。そうじゃないでしょ。」

マリはココの袖を引っ張った。

「私たち、かけると旅してた。でも、かけるのお母さんが病気って聞いて来たの。」

「あら、かけるも大人になったのね、もう子供までできて…」

真由美の言葉に、2人は顔を真っ赤に染めた。

「こ!子供じゃないもん!お嫁さんだもん!」

「だだだ、誰があんなやつのお嫁さんに…!」

優しく、風が部屋に吹き込んだ。程よい冷たさが気持ちいい。

ココとマリは優しさ溢れる真由美のことがすぐに大好きになった。

しかし、幸せな時間は長く続くことはない。真由美はそれを知っていた。

「…じゃあ、あなた達にもお願いしてもいいかしら。」

真由美は相変わらずの優しい口調で言った。

「どんな病も治す、万能の秘薬があるの。」

ココは目を丸くした。

「分かりました!それとってきます!絶対!」

「…ありがとう。」

真由美は弱々しく言った。

「じゃあ行ってくるんで、ちょっと待ってて下さい!」

ココは元気良く立ち上がり、ドアを開けた。

「かけるを…お願いね。」

真由美がそう言うと、ココはハイ!と声を弾ませドアを閉めた。



「ねえ見て見て!これ!」

元気良く飛び出したのは真由美だった。

「なんだよ、それ。似合ってねーぞ。」

かけるはバカにしたように笑う。

「えー!そんなこと言わないでよ!」

真由美は銀に染めた髪をいじりながら、ぷうと頬を膨らませる。

「でも、これでお揃いだね!かける!」

真由美はかけるに勢い良く抱きついた。

やめろよ、と顔を火照らせながらかけるは抵抗した。


かけるは土手に座り込んで、空を見上げた。どんよりと黒くて厚い雲が空を覆っている。

かけるは、昔のことばかり思い出してしまう自分に腹が経ち、くせ毛の頭をくしゃくしゃにした。

「やっと見つけた!」

遠くから声が聞こえた。2人の足音が徐々に近づいてくる。

振り向くと、そこには息をきらせたココとマリが立っていた。

「もう、探したんだから!」

「…」

かけるは再び顔の向きを戻し、虚ろな目で空を見た。

「あのね、ネジメ地区に、バブルの塔ってとこがあるって! そこに薬があるの!早く行かなきゃ!」

「お前ら、真由美さんに会ったのか。」

「うん!だから早く…!」

「無理だ。」

ココが言いきる前にかけるが冷たい声で言った。

「…え」

かけるがどんな表情をしているのか分からない。座り込んで、ピクリとも動かない。ただ、かけるの背中はその時、とても小さく見えるのだった。

「行く必要はねえ。」

ココの鼻の上に、一滴の水滴が落ちた。それを合図にしたかのように、少しずつ辺りの地面が濡れ始めた。

ココは最初、かけるの言葉に動揺していたが、その言葉がどんな意味をもつのか理解し始めた時、ふつふつと怒りがこみ上げてくるのを感じた。

「は!?なんでよ!重病なんでしょ!?だったら秘薬じゃないと病気治らないじゃない!何言ってんのよ!」

ココが怒鳴ると、かけるは勢い良く立ち上がって振り向いた。

「もう治らねえんだよ!」

その言葉は怒りと哀しみで溢れていた。

「ケンカはやめて!2人とも!」

マリは耐え兼ねて間に入ろうとした。

「マリは黙ってろ!」

かけるはマリを突き飛ばした。軽いマリの身体は、かけるの一押しで一瞬宙に浮き、勢いよく尻もちをついた。

「なんでも治す秘薬!?そんなものあると思うか!?俺がこの2年間どれだけ探したと思ってんだ!! それなのに今、こんな都合よく現れると思うか!?ふざけんじゃねえ!!」

「で…でも!真由美さんが…!」

「間に合わねえ。」

真由美さんに会ったとき、分かった。

真由美さんの顔をみて、解ってしまった。

「真由美さんは…1週間も待たずに…死ぬんだよ。」

ココの目が大きく見開かれた。

冷たい雨が激しさを増して、3人に降り注ぐ。

ココの肩が、震えた。

唇を噛み締めて、一歩、かけるの方へ近づく。

その拳を一度握りしめた時、涙がこぼれた。


パンッ


頬に痛みがはしる。

平手打ちをされたと気付くまでに、少し時間がかかった。

何の反応も示さないかけるを見て、ココは涙を抑えきれなかった。

「…なんで! そんなことが言えるの…!10年も…一緒に暮らしたんでしょ!? 2年も治す方法を…うっ…探してたんでしょう!? どうして諦めきれるのよ…!!」

かけるは低い声で答えた。

「うるせえ。お前に何が分かる。」

「分からないわよ!ウソつきが考えてることなんて…!」

雨の音が響く。今日のところは、止みそうになかった。

「もう…どっかいってくれ。」

ココは目を見開いた。そして涙を拭うと、決意するかのように言った。

「わかったわ。今まで…迷惑かけたわね。」

ここは振り返って歩き出した。

マリは、かけるをチラリと見た。黙って下を向くかけるは、孤独だった。

マリはココの方へ走った。

見ていられなかったのだ。

マリはこみ上げる涙を無理やり押さえ込んだ。


今まで何度もあいつに殴られた。

あいつのパンチは痛かった。


でも、なぜだろう。

今日はビンタだったのに ー

今までで…一番痛かった。






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