花が散るのは誰のせい
…かけるにそんなことが…
だからかけるの眼はいつも ー
ココは拳を握りしめた。そして決意のこもった目をぎらつかせ、下を向くケイジに言った。
「私も、かけるのところに行きます!」
ー いや、行かなきゃ!
マリも意気込んであとに続く。
「わたしも 行く。」
…かけるの力に、なりたい。
「場所を教えて下さい。ケイジさん。」
ハア…ハア……
だいぶ走った。走ることは苦手なのだが、今はそんなことを嘆く余裕もない。
そのかわり、脳裏で真由美との思い出が走馬灯のように駆け巡り、それがいっそう息をきらせる原因となった。
やっとの思いで家までたどり着いた。2年ぶりとなるが、雰囲気がいささか違った。家の周りにあったはずの美しい花々は枯れ、ほぼ土の一部となってしまっている。
秋に汗をかくとかなり寒い。かけるは鳥肌が立つのを感じた。
「真由美さん!!」
勢い良くドアを開けた。スライド式の扉が大きな音をたてて、花屋の静寂を破った。
はっとかけるは息を呑んだ。
揺れるカーテン、窓から見える殺風景な庭、そしてベッドの上に横たわる女性 ー
真由美の銀の髪が、朝日に美しく反射した。
「 ー かける…なの…?」
その声で、かけるははっと我に返る。
「あ…ああ、真由美さん、大丈夫なのか?」
真由美はじっと外の景色を眺めたまま言った。
「どうして…ここに…?」
「ケイジに会ったんだ。」
はっ、と息を吸い込んだ音が聞こえた。
「そう…なんだ…」
「それで、身体は大丈夫なのか!?」
愚問だった。かけるはその言葉を発した後、激しく後悔した。そして、それを聞いた真由美の表情を見たかけるは、その後悔が徐々に自分への憎しみに変わるのを実感した。
「ええ…大丈夫…」
真由美は優しく微笑んだ。
「でも…ちょっときついかな… だからね、かけるに、一つお願いがあるの。」
かけるは胸を刺されるような思いに襲われた。
真由美のお願いは、予想外で、それでいて、切実だった。
かけるは思わず部屋を飛び出した。
何も言えなかった。
俺は、弱い。 2年ぶりの再開だってのに、何一つ気の利いたことも言ってやれねえ。
本当に…最低だ。
陽が、徐々に高くなっていく。
だが、太陽は厚い雲に覆われて、すぐに見えなくなった。
「マリちゃん!あそこよ!」
ココとマリは、スピードを緩めず走った。
かけるも含め、3人は昨日から一睡もしていないのだが、寝ている暇などなかった。
2人は息をきらせながら、広大な土地にポツリと建った一軒家へと向かった。
ガラリとドアを開けると、1人の女性がいた。
ココは息を呑んだ。
ー きれいなひと…
扉の音で、目を閉じていた真由美は静かに瞼を持ち上げた。
「今日は…お客さんが多いのね。」
真由美は柔らかな表情をつくって、ココとマリの方を見た。
「あ!あの!私、ココです!」
「マリです。」
「…どうしたの?ココ。マリ。」
マリは、真由美の雰囲気にどこか安心感を抱いていた。
お母さんって、こんな感じ…なのかな?
一方、ココは真由美の質問にまごついていた。
そ、そういえば私、ここに来ることで頭いっぱいで、来たらどうするか考えてなかった!かけるもいないし…初対面の人になんて答えればいいのよ!? お見舞いに来ました… いや、違う! まずかけるの友達ってことから説明しなきゃ!
「あ、ええと! その、綺麗な髪だなあって思いまして!」
「…」
ななな、なに言っちゃってんのわたしー!言葉のキャッチボールー!! 落ち着くのよ私!ギブアンドテイクよ!キャッチアンドリリースよ!
「あの!かけるとおそろいなんですね!」
もうどうにでもなれーい!今の私は私でも制御不能なのよー!!
慌てふためくココを見て、フフ、と真由美は笑った。
「この髪はね…染めたものなの。」
あの子が、自分は1人だと思い込んでいたから…
「ココちゃん。そうじゃないでしょ。」
マリはココの袖を引っ張った。
「私たち、かけると旅してた。でも、かけるのお母さんが病気って聞いて来たの。」
「あら、かけるも大人になったのね、もう子供までできて…」
真由美の言葉に、2人は顔を真っ赤に染めた。
「こ!子供じゃないもん!お嫁さんだもん!」
「だだだ、誰があんなやつのお嫁さんに…!」
優しく、風が部屋に吹き込んだ。程よい冷たさが気持ちいい。
ココとマリは優しさ溢れる真由美のことがすぐに大好きになった。
しかし、幸せな時間は長く続くことはない。真由美はそれを知っていた。
「…じゃあ、あなた達にもお願いしてもいいかしら。」
真由美は相変わらずの優しい口調で言った。
「どんな病も治す、万能の秘薬があるの。」
ココは目を丸くした。
「分かりました!それとってきます!絶対!」
「…ありがとう。」
真由美は弱々しく言った。
「じゃあ行ってくるんで、ちょっと待ってて下さい!」
ココは元気良く立ち上がり、ドアを開けた。
「かけるを…お願いね。」
真由美がそう言うと、ココはハイ!と声を弾ませドアを閉めた。
「ねえ見て見て!これ!」
元気良く飛び出したのは真由美だった。
「なんだよ、それ。似合ってねーぞ。」
かけるはバカにしたように笑う。
「えー!そんなこと言わないでよ!」
真由美は銀に染めた髪をいじりながら、ぷうと頬を膨らませる。
「でも、これでお揃いだね!かける!」
真由美はかけるに勢い良く抱きついた。
やめろよ、と顔を火照らせながらかけるは抵抗した。
かけるは土手に座り込んで、空を見上げた。どんよりと黒くて厚い雲が空を覆っている。
かけるは、昔のことばかり思い出してしまう自分に腹が経ち、くせ毛の頭をくしゃくしゃにした。
「やっと見つけた!」
遠くから声が聞こえた。2人の足音が徐々に近づいてくる。
振り向くと、そこには息をきらせたココとマリが立っていた。
「もう、探したんだから!」
「…」
かけるは再び顔の向きを戻し、虚ろな目で空を見た。
「あのね、ネジメ地区に、バブルの塔ってとこがあるって! そこに薬があるの!早く行かなきゃ!」
「お前ら、真由美さんに会ったのか。」
「うん!だから早く…!」
「無理だ。」
ココが言いきる前にかけるが冷たい声で言った。
「…え」
かけるがどんな表情をしているのか分からない。座り込んで、ピクリとも動かない。ただ、かけるの背中はその時、とても小さく見えるのだった。
「行く必要はねえ。」
ココの鼻の上に、一滴の水滴が落ちた。それを合図にしたかのように、少しずつ辺りの地面が濡れ始めた。
ココは最初、かけるの言葉に動揺していたが、その言葉がどんな意味をもつのか理解し始めた時、ふつふつと怒りがこみ上げてくるのを感じた。
「は!?なんでよ!重病なんでしょ!?だったら秘薬じゃないと病気治らないじゃない!何言ってんのよ!」
ココが怒鳴ると、かけるは勢い良く立ち上がって振り向いた。
「もう治らねえんだよ!」
その言葉は怒りと哀しみで溢れていた。
「ケンカはやめて!2人とも!」
マリは耐え兼ねて間に入ろうとした。
「マリは黙ってろ!」
かけるはマリを突き飛ばした。軽いマリの身体は、かけるの一押しで一瞬宙に浮き、勢いよく尻もちをついた。
「なんでも治す秘薬!?そんなものあると思うか!?俺がこの2年間どれだけ探したと思ってんだ!! それなのに今、こんな都合よく現れると思うか!?ふざけんじゃねえ!!」
「で…でも!真由美さんが…!」
「間に合わねえ。」
真由美さんに会ったとき、分かった。
真由美さんの顔をみて、解ってしまった。
「真由美さんは…1週間も待たずに…死ぬんだよ。」
ココの目が大きく見開かれた。
冷たい雨が激しさを増して、3人に降り注ぐ。
ココの肩が、震えた。
唇を噛み締めて、一歩、かけるの方へ近づく。
その拳を一度握りしめた時、涙がこぼれた。
パンッ
頬に痛みがはしる。
平手打ちをされたと気付くまでに、少し時間がかかった。
何の反応も示さないかけるを見て、ココは涙を抑えきれなかった。
「…なんで! そんなことが言えるの…!10年も…一緒に暮らしたんでしょ!? 2年も治す方法を…うっ…探してたんでしょう!? どうして諦めきれるのよ…!!」
かけるは低い声で答えた。
「うるせえ。お前に何が分かる。」
「分からないわよ!ウソつきが考えてることなんて…!」
雨の音が響く。今日のところは、止みそうになかった。
「もう…どっかいってくれ。」
ココは目を見開いた。そして涙を拭うと、決意するかのように言った。
「わかったわ。今まで…迷惑かけたわね。」
ここは振り返って歩き出した。
マリは、かけるをチラリと見た。黙って下を向くかけるは、孤独だった。
マリはココの方へ走った。
見ていられなかったのだ。
マリはこみ上げる涙を無理やり押さえ込んだ。
今まで何度もあいつに殴られた。
あいつのパンチは痛かった。
でも、なぜだろう。
今日はビンタだったのに ー
今までで…一番痛かった。




