カスミソウ。
俺は…ー あの人に救われた。
生まれて5年で、俺はこの世界に絶望した。
俺は1人だ。
俺は孤独だ。
そう思ってた。だけど、違った。
太陽のように温かいあの手は、俺の世界を180度変えた。
真っ暗な世界を、照らしてくれた ー 。
「ベッドタウンに来るの、なんか久しぶりだね!お姉ちゃん!」
ケイジ 7歳。
「そうね!ケイジ! よおし!今日こそは一つ目ウサギ、ゲットしてやるんだから!」
真由美 17歳。
枝は葉をつけず、冷たい風にさらされている。
2人は、ベッドタウンのはずれにある村から今日、遊びにきていた。街は寒さに負けじと活気で溢れていた。
「そう言ってお姉ちゃん、この前大負けしたじゃん。」
ケイジがからかうように言った。
「ちょっ! あれは運が悪かったのよ!運が!」
ふーん、と横目で見るケイジも、なんだか楽しそうだ。
仲の良い姉弟は、ベッドタウンの人混みへと走りだした。
「結局、今日も負けちゃったね。」
ケイジは笑いながら言った。
「くう〜! あそこで表を選んでおけばあ〜!!」
真由美は悔しがりながら笑った。
「でもまあ、楽しかったからいいわ!」
「そうだね」
2人は家へ向かっていた。
街は夕陽で赤く染まり、店々を照らした。
帰り始めて10分ほどたった頃だった。真由美は向かいの店の横で座り込む、白髪の少年を見つけた。
「あの子…迷子かな?」
真由美は、ピクリとも動かない小さな身体から、確かな負の感情を感じ取った。
真由美は顔をうずめる少年に近づいた。よく見ると、少年は震えていた。白くてボロボロのシャツ1枚しか着ていなかったのだ。真由美は意を決して話しかけた。
「えっと…君は…迷子かな?」
話しかけられた少年はピクリと反応した。
そしてゆっくりと顔をあげ、相手が見えるところで止めた。上目遣いのせいか、すごく目つきが悪く見える。
「…だ…れ……」
かすれたような声で少年は言った。目は暗く、沈んでいる。
「あ!えっと、私は真由美よ!んで、こいつはケイジ! あなたは?」
自分から話しかけたのに、思わず言葉が詰まる。空回りしてしまう自分を真由美は申し訳なく思った。
「…知らない。 僕…1人だから…。ずっと…1人…。」
そう言って再び顔をうずめた。
この子…
真由美は少年から目をそらした。
そして、自分を奮い立たせるように腰に手を当てた。
真由美はある決意をした。
「ケイジ、喜びなさい。今日から家族が1人増えるわよ!」
ケイジはその言葉に驚きの表情を隠せなかった。
「え!? お姉ちゃん、まさか…」
「この子は…、私が育てる!」
…あったかい。
…おいしい。
「どう?おいしい?」
真由美は尋ねた。
「…うん。」
「良かった! おかわりあるからね! 遠慮しないでね!」
辺りを見回した。
花がたくさんある。あの時、この女の人に連れられて来たこの家。 ここは、どこなんだろうか。
また…殴られるのだろうか。
コンソメ味のスープを飲み干すと、少年は音を立てずに歩き出した。
逃げなきゃ。はやく。殴られる前に。
ケイジは、白髪の少年が消えたことに気がついた。
「お姉ちゃん!あいつが、いないよ!」
「え!?」
真由美は外に飛び出した。寒さで無意識に首をすくめる。その生理現象のような行為に抵抗するかのように、真由美は首を左右に振った。少年を探すためだ。その時、フラフラと蛇行しながら歩く少年が目に入った。
白髪の少年がどこかへ行こうとしていた。
「待って!」
背後からの声に、少年はビクリとして、走り出した。
「待ってよ!」
少年には、すぐに追いついた。そもそも、走れるような体じゃない。足は細くて、今にも折れそうだ。
真由美は少年の肩をつかんだ。
「何で逃げるの!? 君、まともにご飯も食べてないでしょ!?」
真由美はそう言って少年の肩を揺らした。
しかし、少年の反応は意外なものだった。
「ごめんなさい…!…ごめんなさい!ご…ごめんなさい…!」
少年は目をつぶってうずくまる。
その光景に、真由美はあぜんとした。
この子は…
「ごめんなさい…!ごめんなさい…!…」
どれだけ辛い思いをすれば…!
真由美は、少年を抱きしめた。
「謝らなくていいの!」
真由美の頬を大量の涙がつたう。
少年は体の力が抜け、目を泳がせた。
「誰も…あなたを傷つけないわ! もう…怯えなくていいの!」
少年の目から、戸惑いの涙が溢れる。
「…あ……あ…」
「もう…逃げなくていいの…!」
「…それから、僕たちは3人で過ごしました。」
ケイジは言った。
「最初は、かけるくんは元気が無かったですけど、だんだん姉さんの明るさに心を開くようになっていったんです。」
「…」
真面目な表情で話を聞くココとマリを視界の端におきながら、ケイジは続けた。
「そんな何気ない毎日が、変わりない毎日が、僕たちは幸せでした。 」
「あー!もー! また負けたー!」
真由美は手にいっぱいたまったトランプカードを宙にばらまいた。
「これで俺の30連勝だよ、真由美さん。」
かけるはうんざりしたように言った。
「ちなみに、大富豪の他にもババ抜き、神経衰弱、7並べ、将棋、チェス、囲碁… 全部俺の圧勝だよ…?」
「うっ… だってえ…」
「そろそろ諦めて、…花屋の仕事、あるんじゃないの?」
ぎくり、と真由美は目を泳がせた。
真由美は諦めたように立ち上がり、花の手入れを始めた。慣れた手つきで花を整えるその仕草は、どこか儚く、それでいて優雅だった。
「ねえ…、かけるはどんな花が好き?」
真由美は花に目を向けたまま尋ねた。
「えっ?」
ふいをつかれたように、かけるは頬をかいた。
「いや…俺…花は詳しくないし…」
「…そっか。」
戸惑うかけるを見て、真由美は優しく微笑んだ。
「私はね、カスミソウが好きなの。」
「…へえ…」
かけるは、その花を知っていた。真由美の家は花屋で、たくさんの種類の花が置いてあった。真由美の親はかけるが来た時からいなかったため、かけるはいつも真由美が1人で花屋を経営している姿を見ていた。
「なんで、カスミソウなの? もっときれいなやついっぱいあるじゃん。」
そう言うと思った、と真由美は笑った。
「確かにカスミソウは綺麗とは言えないし、脇役として他の花に添えるのが普通よ。 でもね、私は、この花が好きなの。」
真由美は手を動かすのを止めた。そして、ゆっくりと振り返る。真由美のにおいなのか、周りの花のにおいなのか…
とても、いいにおいがした。
「あなたにもいつか、解る日が来るわ。」
その笑みは、美しくて、輝いていて、それでいて、遠かった。
「か!かけるくん!!」
早朝に荒々しく扉を開けたのは、ケイジだった。
「なんだ…こんな朝早く…」
目をこすりながらかけるは上体を起こす。寒さで身ぶるいをした。
「姉さんが…!姉さんが…!」
ケイジの顔を見て、ただ事ではないと瞬時に理解した。反射のようにベッドから飛び出す。
花々が並ぶ店頭に走った。
真冬の寒さが肌に刺さる。
嫌な予感なんて、している暇はなく ー
横たわった真由美の姿が、かけるの目に飛び込んだ。
この日、かけるは生まれて15年目を迎えた。
原因不明の不治の病 ー
確かそんなことを言っていた気がする。
真由美の意思で、入院はしないことになった。
真由美の部屋のカーテンが、冷たい風で揺れた。
「ねえかけるくん…僕たち…これからどうすれば…」
ケイジが下を向きながら、弱々しい声で言った。
「このままだったら、本当に姉さんが…!」
真由美は穏やかな顔で寝息をたてている。
かけるは窓を閉めた。
そしてそのまま座ることなく、ドアの方へと向かった。
「ケイジ…真由美さん…頼んでいいか?」
その言葉に込められた想いは、あまりに多すぎて読み取るのが困難だった。
「えっ…かけ…るくん…?」
振り返ったときには、もうそこにかけるの姿は無かった。
どうし…て…?
ごめん。ケイジ。
ごめん。真由美さん。
俺、解りそうにないよ。カスミソウのこと。
ケイジみたいに優しくなんて、
真由美さんみたいに温かくなんて。
ー 2人は俺を、助けてくれた。
だから、次は俺が助けなきゃ。
誰が不幸になろうが、関係ない。
地獄に堕ちようが、関係ない。
たとえそれが俺だとしても ー
守れるならば、それでいい。
今から2年前、数多のプレイヤーと店を潰した、1人の少年が現れた。
白髪に無地の白Tシャツ、左手には高確率で甘いものを握る…
人々は憎悪と嫌忌を込めて彼をこう呼んだ。
ペテン師かける ーと。




