夜空に沈む一輪の花
パン
乾いた音と、眩い光が、辺りを包み込んだ。
ー 2発目の 閃光弾…
ココは膝をついた。
かけるは微動だにせず、空を仰いでいた。
ー どうして…なの…ねえ…
「かける…」
「終わりですね。」
そう言って近づいてきたのはヒューマだった。
「あなたの借金はこれで642万。 そして…ゲームはお終いだ。」
ヒューマは口角をあげた。そして、長い白衣をひるがえす。
「あなたの…負けだ。ペテン師かける。」
辺りが奇妙な空気に包まれる。誰もが、ヒューマとかけるの行動から目を離せずにいた。
かけるは、静かだった。
先ほどまでは取り乱し、我を忘れているかのように見えた。
閃光弾を打ち上げたショックでこうなったのか…?それともまだ何か策が? …いや。あいつが閃光弾を打ち上げた時点でもうゲームオーバーだ。あいつに勝機はない。
ヒューマは、動かないかけるを見て考えを巡らせた。
すると、ゆっくりとかけるが口を動かし始めた。
「…負け…か。おれ…の。」
かけるがそう言った瞬間、ヒューマは勝利を確信した。
考えすぎだった!やはり俺の…
「なあヒューマ。」
かけるの言葉に反応するヒューマ。
かけるはまだ空を見上げていた。顔が見えない。
すると、かけるはゆっくりとヒューマの方を向いた。
その表情を見た時、ヒューマは目を見開いた。
なんで…笑ってるんだ ーー
「お前の負けだ。詐欺師ヒューマ。」
ドカ、と鉄の扉が勢い良く開いた。
「ハーイ!そこまで!動かないで!」
全員の視線が集まる。
元気良く現れたのは、金髪のツインテールに露出の多い警察服を身にまとった女だった。
マリは女を見て、自分の平らな胸をさすった。
「…ボイン…。」
マリは、その豊満な胸を見て目を細めたのだった。
「メガロポリス、フィアちゃん!ここに見参!!!」
フィアと名乗る女は、そう言ってポーズを決めた。
「久しぶりだね!かけるっち! また私にむぎゅむぎゅされたいのかな!?」
「頼んだ覚えもねえし、された覚えもねえ」
「んもう、相変わらずつれないねえ。かけるっちは。」
やれやれ、と大げさな身振りを見せるフィアを見て、ココはかけるに尋ねた。
「ちょ!ちょっとかける!誰よあの女!」
「おい、誤解を招くような尋ね方はしないでくれ…。」
かけるは慌てて身構える。
「 あいつは、メガロポリスといって、不正をする店を検挙する、国家機関の一員だ。 昔に少し面識があってな。」
ヒューマは最初、メガロポリスの登場にうろたえていたが、すぐに目つきを変え、エリカに尋ねた。
「メガロポリスが、この店に何の用だ。うちは何の不正もしてない。それに、今はゲーム中だ。すぐに退いていただきたい。」
言葉こそ丁寧だったが、そこには明らかに怒りに似た感情が込められていた。
「そういうわけにはいきませんなあ!マスター ヒューマくん! 私は、最初からこのゲームを見ており、かつこのゲームの結末を知る者だよ!」
てへ、とフィアはおどけてみせた。
「ハッ!ゲームの結末?そんなものもう決まっている! ペテン師かけるが642万の借金を背負って終わりだよ!」
ハハハ、とヒューマが笑うと、フィアもアハハと笑い返した。
「だーかーらー、このゲームは最初から見てるって言ってんじゃん! ね!かけるっち♡」
かけるは、フィアのウインクを紙一重でかわすと、ヒューマに言った。
「俺は閃光弾を打ち上げ、642万の借金を背負った。 だが、ゲームは終わらない。」
ヒューマは苛立ちをあらわにしながら、かけるを睨んだ。
かけるは表情を変えずに、さらに続けた。
「なぜなら、お前は今から、俺の残りの花火を打ち上げなければならないからだ。」
ヒューマの目が動揺で大きく開いた。
すると、フィアが胸元から録音機をとりだし、頭上に掲げた。
無駄に音質の良い録音機から流れてきたのは、かけるの声と、ヒューマの声だった。
『もし閃光弾を打っちまったらどうなる?残りの花火は買い取ってもいいのか?』
『いいえ!それは、わたくしが責任をもって打ち上げさせてもらいます!勿体無いですから!』
…バカな!
録音機のヒューマが喋るのを終えると、かけるが言った。
「さあ、責任を持って打ってもらおうか、俺の残りの花火を。 …7発の閃光弾つきだがな。」
かけるが笑うと、ヒューマは歯ぎしりをたてた。
「な…なぜ…そんなものが都合良く…!」
「かけるに頼まれたのよ。」
フィアは答えた。
「この店を潰す武器を、俺が今から創る。って言ってきたのよ!かけるっちが♡」
「な…なんだと… それじゃあ…」
ヒューマは怒りに震えながらかけるを見た。
「お前の目的は最初から…この店を潰すこと…だったのか…!?」
かけるの口角があがる。
「…言っただろ? ー 全部まとめて終わらせる ってな。」
こいつ…!
その時、ヒューマの体が宙に浮いた。
「!?」
ヒューマの両脇には、黒人にサングラスの屈強な男が立っていた。
「抵抗しちゃだめよ、マスターくん♪ あなたは破産、つまり負けよ。」
フィアの言葉を合図にするかのように、男たちはヒューマをどこかへ連れて行く。
「んじゃ、かけるっち。私はこいつを機関に連れて行くわ。 あ、それと、かけるっちの借金642万、私がもっとくから、さっさと返してよね!」
「ああ、悪いな。」
「いいのいいの、んで、かけるっち。どうして急にまた店潰し始めたの?」
かけるはその問いに思わずのけぞる。目が少し泳いでいた。
「いや、ただ…あいつが気に食わなかっただけだ。」
フィアは目を細めた。
「ふーん、ま、それならいいけど。」
フィアはそう言うと、ヒューマを抱える男たちを連れて、何処かへ消えてしまった。
誰も予想できない形で、ゲームは終わりを告げた。
ゲームのマスターが、敗北したのだ。
残されたプレイヤー達は、あっけにとられていた。
「五里羅を…助けてやれなかったな。」
かけるはつぶやいた。だが、辺りは奇妙な静けさに包まれていたため、その声は全員に行き届いた。
「…その…悪かったわね。」
目をそらしながら言ったのは落葉だった。
「さっきの…言い過ぎたわ。」
落葉はそう言い残して、鉄の扉を開けた。ギイ、と重たい音と共に、外の空気が流れ込む。
「俺も…すまなかった。」
詰木もそう言って頭を軽く振った。
奇妙な空気が流れる中、ほとんどのプレイヤーが順に去っていった。
その姿を、かけるとココ、マリは黙って見ていた。
最後に、フードをかぶった猫が残った。
しかし、彼はなかなか動こうとしない。
猫は、かける達にゆっくりと近づき、足を止めた。そして、久しぶりに口を開いた。
「かけるくん。」
かけるは目を見開いた。
「お前…!まさか…!」
猫はフードをとり、その姿を見せた。
「本当に、ごめんなさい。」
「ケイジ…なのか…!?」
「黙ってて、ごめん…!」
ココとマリは、ポカンとしていた。
「いや…誰?」
「ああ、こいつはケイジ。血は繋がっていないが、俺の兄弟みたいなもんだ。」
「兄弟!?」
頼りなさそうな薄いルックスに、メガネをかけた、気の弱そうな感じだ。
ケイジはフードを取ると、どうも、と軽く会釈した。
「んで。」
かけるはケイジに尋ねた。
「なんでこんなとこにいるんだ?」
「ああ!そうだ!かけるくん…!」
ケイジは顔を歪ませてかけるの胸ぐらをつかんだ。
「姉さんが…!姉さんがあ!」
今にも泣き出しそうな顔と震える声に、かけるも動揺を隠せなかった。
「真由美さんが…どうかしたのか…?」
「僕、姉さんのために何かしようとしんだ…!だけど…やっぱり何もできなくて…! 花火のSOSに気付いて来たら、そしたらかけるくんも来て…!やっぱりかけるくんじゃなきゃって…!」
「おい!落ち着け! 真由美さんがどうしたって!?」
「助けて…真由美さんの病気が…!」
その言葉に、かけるは愕然とした。
うそ…だろ?
目の前が真っ暗になった。
こんなことって…本当にあるんだ。
もう大丈夫って、思ってた。
心配ないって、思ってた。
でもそれは、ただの願望だったんだ。
かけるは突然走り出した。
「ちょっと 、かける!?」
鉄の扉を勢いよく蹴り飛ばし、3人を残して何処かへ消えてしまった。
崩れ落ちるケイジに、ココは尋ねた。
「あの!なにがあったんですか!?ケイジさん!」
ケイジはゆっくりと顔をあげた。目の下にはクマができている。
「あなたは…?」
「ココです!かけると一緒に旅をしているんです。 何があったか教えて下さい!」
「そうなんだ。かけるくんと…ね。 すみません、お恥ずかしいところを…」
ケイジは無理やり笑顔を作って見せた。
「実は…僕の姉…かけるくんにとっては母親のようなものでしょうか… 彼女の病が最近悪化しまして…」
「…え!?」
「かけるの おかあさん…」
2人に緊張が走る。そんな話、かけるからは一言も聞いていなかったからだ。
「でも…悪化って…」
「…はい。姉さんが病におかされたのは…2年前くらいです。」
その数字に、ココは聞き覚えがあった。
「それってまさか…」
「病を治すために、とにかくお金が必要でした。でも、僕たちに大金が払えるわけがなかったんです。」
「ー 俺はな、金が必要だったんだ。…俺はとにかく人を騙しまくって、金を手に入れなくちゃならなかった。それで ー」
あの時…かけるはどんな顔をしていたっけ。
「そしたらかけるくんは、何も言わずに出て行って… その3日後、大金を抱えて…帰ってきたんです。」
なぜだろう。思い出せない。




