夏祭りは初めてなの
「ねえかける、これ何?」
ココが指を指しながらかけるに尋ねた。指した先にははり紙が貼ってあり、大きく華やかな文字で”夏祭り開催”とかいてあった。
「夏祭りの広告だな。もうすぐあるみたいだ。」
かけるが答えたものの、ココは首を傾げている。夏祭りを知らないらしい。
そして、どうやらそれはマリも同様のようだ。マリは夏祭り開催の張り紙を見ながら、初めて聞いた言葉のように繰り返した。
「 なつまつり?」
すると、ココは思い出したように手をたたいて言った。
「あ!思い出したよ!祭りっていったら!あれ!トマト投げるやつ!」
かけるはその発言を聞いて少し驚く仕草を見せた。
「それってまさか…トマティーナのことか?」
トマティーナ。別名トマト祭り。4万人もの人々が集まり、ひたすらトマトを投げ合う。その様子はまさに地獄絵図だ。なんでこいつがそんな祭りを知ってるんだ。
「あ、それかも!」
ココは、すっきりした、という顔で笑った。
すると、マリは心配そうな表情を浮かべた。その様子を見たかけるは微笑んで声をかける。
「大丈夫だぞ、マリ。ここの祭りはトマトなんて投げ合わないから。」
「本当?」
マリの顔がパッと明るくなった。
「よかった!わたし、トマトきらいだったから!」
ん?
そのマリの反応に、かけるは眉をひそめる。
「じゃあここの祭り、何投げるのかな。リンゴかな?わたし、バナナがいいな、」
いや…リンゴだったら死者出るぞ…
若干高揚するマリだったが、一方でかけるはため息をついた。
「お前らの祭りのイメージは一体どうなってるんだ…」
「ねえ!行こうよ!夏祭り!」
「わたしもいきたい。」
ココとマリは、かけるのテンションはお構いなしに2人で盛り上がっている。
もはや夏祭りに行くことはほぼ決定したといっても過言ではない状況だったが、かけるは最後まで抵抗しようと口を開く。
「おい…月光刀は探さなくていいのか?」
かけるの言葉に、ココはフン、と鼻をならして紅の髪を払う。
「もちろんそのつもりよ。名付けて!月光刀探しながら夏祭りを思いっきり楽しむ作戦よ!!」
「…ほとんど夏祭り楽しむことで頭いっぱいじゃねーか。」
かけるは、全くセンスのない作戦名を聞いて、ついに抗うことをあきらめた。
祭り当日。
「わあーー!!」
ココは目を輝かせた。
真っすぐのびる道の両端には、たくさんの店が並んでいる。
終わりの見えない直線は、たくさんの人のにぎわいで、夜とは思えないほどの明るさだ。
ココは早速、立ち並ぶ店に飛びつくように走り出した。マリも慌ててココの後を追いかけた。
「すごいな、夏祭りは。予想以上だ。」
かけるは思わずつぶやいた。
すると、ココとマリが走ってきた。なにか買ってきたようだ。
「ココちゃん あ…頭がいたいよぅ…」
ココの後ろにいたマリがかき氷を持ちながら言った。
「ま!マリちゃん!?大丈夫!?はっ!この甘い氷!まさか毒が!?」
ココは青のシロップがかかったかき氷を見てそう言った。
「っう!わたしにも…毒が…!?」
「んなわけあるか。お前らがかき氷を必死に頬張るからだ。」
かけるは呆れたように言った。
「それはアイスクリーム頭痛といって、脳の勘違いが起こす自然現象だ。」
ホントに!?と驚くココだったが、再びマリを見るたび叫んだ。
「マリちゃん!し…舌が青くなってるよおおお!?」
「ココちゃんも青いよ」
「いやあああ!!」
かけるはうんざりして、星の見えない夜空を仰いだ。
「ああ、もう帰りたい。」
3人で歩いていると、ココはあることに気づいた。ココの目線の先は、すれ違う女性達だ。
「ねえ、なんか皆、服装が違うね。なにあれ?」
「ああ、あれは浴衣といって、この街の伝統的な衣服だ。」
かけるが答えると、へえー、とココは感心したように言った。
すると、マリがかけるに迫って言った。
「かける、わたし あれ着たい。」
「確かに、なんかかわいいよね!私も着たいかも!」
ココがそう言うと、かけるは白髪をいじりながら言った。
「まあ、借りることができる店はあるが…」
その言葉を聞いて2人の顔が明るくなる。
「やったあ!じゃあ早速行きましょ!」
ココがそう言ったので、かけるはしぶしぶ2人に付き合うことにした。
店に着いてしばらくすると、中からココとマリが出てきた。いつもと違う雰囲気の2人に、かけるは目のやり場に困っていた。
ココがニコリと笑いかけると、かけるはふいをつかれたように目をそらした。
すると、トコトコとマリが歩いてきて、かけるの前で止まった。マリは頬を染め、もじもじとしながら口を開いた。
「え ええと、お風呂にしますか?ご飯にしますか?それとも…」
「お…おい…いきなり何言ってんだ…?」
「それとも…!わ…わた…」
マリが実に場違いなセリフを言いかけたとき、ココがかけるの方に迫る。
「ストップマリちゃあん!!」
そして次の瞬間、ココのパンチはなぜか無関係のかけるの腹部に炸裂した。
「な、なぜ俺を殴る…?」
かけるはそう言い残して仰向けに倒れこんだ。
「え、ココちゃん ?だって、こう言ったら男はイチコロだってココちゃんが…」
「た!確かに言ったけど!使うタイミングってもんがあるでしょう!?」
ココは早口でマリに言った。
「しかも!好きな人って…かけるだったの!?」
マリは少しためらった後、うん、と頷いた。
はっ!そういえばカーチェイスの時も言ってたじゃない! 私としたことが…不覚…!
ココは驚きの目でマリを見た後、のびきったかけるに目を移した。
あ…ちょっと強くしすぎちゃった…
「なーにが ちょっと強くしすぎちゃった☆だ!危うく天に召すところだこのやろう!」
かけるは強い口調でココに言った。
「だからごめんって。さっきから謝ってるじゃない。」
ココはむすっとしてため息をついた。
「まあ、この件はこれでおあいこってことにしましょ。」
ココがそう言うと、かけるは納得いかないという風にりんご飴にかぶりついた。
「けっ、りんご飴で俺の機嫌がなおるか。随分子供扱いされたもんだな。」
そう言いつつも、かけるは内心りんご飴の美味しさに感動していた。
なんて美味なんだ。ただりんごに棒を刺しただけの悪徳商品かと思っていたが…この独特な甘み…!病みつきになりそうだ。 甘いもの好きで右に出る者はいないと自負するこの俺をここまで唸らせるとは…やるな。夏祭り。
フッとニヤつくかけるを見て、マリはココにささやいた。
「本当だったね。ココちゃん。」
「でしょう?あいつ、甘いものには目がないのよ。まさにこれぞ、イチコロね!」
おお、と声をあげるマリ。
そしてマリは、かけるは甘いもの、かけるは甘いもの、と復唱した。
ココが次に見つけたのは金魚すくいの店だった。
「見てマリちゃん!赤くて小さい魚がいるよ!」
マリがココに言われてそこを覗きこむと、マリは思わず感嘆の声をあげた。マリの顔が映る水面には、たくさんの金魚たちが元気良く泳ぎまわっている。
「わあ! きれい! でも、美味しいかな?」
「んー、ちょっとまずそうね。」
ココは真剣な表情を浮かべながら顎に手を添えた。
そんな2人に、店のおじさんはなんと声をかけていいのか戸惑っている様子だ。
異変に気づいたかけるは慌てて言った。
「それは食用じゃねえぞ!鑑賞用だ!」
そうなの!?と驚くココ。
すると、店のおじさんは笑いながら話しかけた。
「お嬢ちゃんたち、金魚見るのは初めてかい?どうだ、金魚すくい、やってみるかい?」
そう言って、小さな網を手渡した。
網を受け取った2人は目を輝かせた。既に金魚に夢中のようだ。
ココは慎重に網を水に入れ、素早い手つきで金魚を誘導し始めた。
かけるは、初心者とは思えないその手さばきを見て、さすが、と思った。
初めてとは思えないな。センスってやつか。
かけるが感心しているうちに、ココはついに金魚たちを角に追い詰めた。じりじりとココの網が金魚たちに迫る。
かけるは息をのんだ。
そして次の瞬間、ココはものすごい勢いで集まった金魚をわしづかみにした。ココの手の中で、金魚が苦しそうにピチピチと跳ねている。
「よおし! ゲットォ!!」
「お、お客さん!?」
店のおじさんはココの突然の奇行に慌てふためく。
かけるは店員がココを止める前にとっさに動いた。
「何やってんだこのバカ!」
かけるは、しゃがむココの頭に全力で拳を振り下ろした。
「!?」
ココは頭をおさえながらかけるを見た。その表情はまるで、突然先生に怒られて目を泳がす子供のようだ。
かけるは戸惑うココを見て言った。
「ほら、もう金魚はいいから、あっち行くぞ。」
そしてかけるはマリの方に目を移した。マリはその視線に気付いたのか、こちらの方に振り向き、口を開いた。
「もう いくの?」
かけるはマリの手元を見て目を見開いた。なんと、マリはこの短時間で10匹以上の金魚を捕らえていた。しかも、マリの持つ網は未だ無傷だ。
「マリ…お前、すげえな。」
かけるがそう言うと、マリはニコッと笑った。
ドン、ドン、ドン、と夜空に花が咲いた。ココとマリは歓声をあげた。
「「きれーい!!」」
かけるも打ち上がった花火を見て言った。
「本当に美しいナトリウムだな。」
はい?とココが首をかしげる。
「なに言ってんの?かける。」
「ん?だから、今の黄色い花火は、ナトリウムという金属の炎色反応ってことだ。おっと、次はバリウムか、いいね。」
かけるがそう言うと、ココは冷ややかな目でかけるを見た。
「なんか、台無しだわ。気持ち悪いし。」
な!なにがだ!?とうろたえるかける。
すると、マリが一言つぶやいた。
「もう、 どんどん光ってよー」
「どうしたの?マリちゃん?」
「なんかね、花火が止まるの。」
花火が…止まる?
かけるは半信半疑で夜空を見た。確かに、3発ほど打ち上がると、奇妙な静けさが辺りに広がった。
おかしいな。花火ってこんな感じだったか?
かけるの胸がざわつく。
すると再び、ドン、ドン、ドンと花火が打ち上がると、ついに花火は夜空を舞うことをやめてしまった。
おいおい…これってまさか…
かけるの懸念はやがて確信へと変わった。
「どうしたの?かける?」
ココが尋ねると、かけるは突然走り出した。
ココとマリは慌てて立ち上がった。
「ちょ!ちょっと!どこいくのよ!」
「花火の打ち上げ場所だ!」
かけるは叫んだ。
走っていくかけるを追おうとするココだったが、裾の可動域に阻まれたため、足をもつらせて勢いよく地べたと正面衝突してしまった。
ココは苛立ちを露わにしながら、ああもう! と言って裾を思いっきり引き裂いた。
そこからかけるに追いつくことは、ココにとって難しい話では無かった。ココはかけるを視界に入れると叫んだ。
「なんで走ってんのよ!」
ココに気づいたかけるは、振り向いた瞬間度肝を抜かれた。
「な!お前何してんだ!裾ビリビリじゃねえか!」
「仕方無いでしょ!動きにくいんだから…!」
うわあああ…あとでレンタル屋に謝らなきゃいけねえよぉ…
かけるは土下座する自分の姿を思い浮かべ、深いため息をついた。
「ねえかける!何で走ってんのよ!」
かけるはこびりつく土下座のイメージを振り払い、言った。
「さっきの花火!3回ずつ一定間隔で打ち上がっていた…!あれはSOSのサインである可能性があるんだ!」
かけるは息をきらして言った。
しかし、花火でSOSなんて、普通はありえない。よっぽどのバカか、そうとう切迫詰まってるかだ。まあ、今は早く打ち上げ場所に向かうのが先だ!
ココははっとして後ろを振り返った。
マリちゃんが!
しかし、その心配の必要は無かった。なんとマリもココに負けず劣らず速かったのだ。ココと異なっていた点といえば、裾を破ったのではなく、帯を緩めて裾を持ち上げていたことだった。
「!?マリちゃん!?」
「大丈夫。こうゆうのはなれてるから。」
マリは少し低い声で答えた。
マリちゃんの反応はちょっと気になるけど…今はそれよりもかけるを見失わないようにしなくちゃ!
「行くよ!マリちゃん!」
「ハア、ハア…ここか…?」
かけるは息切れしながら顔をあげた。そこには古びた倉庫のような建物があった。この奥から花火はあがっていたと思うが…
少し遅れてココ、マリが追いついた。
「はあ、もう、なんなのよ!一体!」
ココは膝に手をつきながら不満をこぼした。
「お前らは危ねえから、ここで待ってろ。すぐ戻るから。」
そうかけるが言うと、マリは首を振った。
「やだ。わたし かけると一緒にいく。」
かけるは困った表情をしたが、マリの決意のこもった目を見て、しょうがねえな、とため息をついた。
「で、ココはどうする?」
ココはその質問に少し動揺したが、慌てて口を開いた。
「もも!もちろん、行くに決まってるじゃない!!当たり前でしょ!?」
めちゃくちゃビビってんじゃねーか。とかけるは思った。
「ま、せいぜいケガはしてくれるなよ。ビビりさん。」
かけるがそう言うと、ココは顔を真っ赤にしてかけるに怒鳴った。
「びびってないわよ!バカ!」
「へいへい。」
「待ちなさいよ!今ちょっと着替えるから!これじゃ走れないわ!」
ココが浴衣を脱ぎ始めると、マリもまねするように着替え始めた。
おいおい、さっきのスピードでも、走ったうちに入らないのか!?それに、俺の目の前で着替えるなよ…まったく…
「こっち見たら殺すからね!!」
ココはかけるを睨みつけた。
「わかってるって。」
かけるはそう言ってため息をついた。
「ふう!やっぱこれが1番ね!」
ココはいつもの服をポンポン、とたたく仕草をした。
「終わったか。じゃ、急ぐぞ。」
かけるは振り返ると、慎重にその錆びた鉄扉に手をかけた。




