勝敗を決めるのはあなた
「わっまた負けたー!!」
「真由美さんはすぐ顔にでるから…」
かけるは散らばったトランプを集めながら笑った。
「かけるは本当に賭け事が得意だなあ。」
「真由美さん、それ俺がベッドタウン出身なの知ってて言ってるの?」
「アハハ、冗談よ、さ、ご飯にしましょ」
真由美はそう言ってかけるの手をひいた。
「かける」
真由美は柔らかな表情で言った。
「お母さんでいいのよ?」
かけるは1度目を見開いて、そして頬を少し赤らめながらうつむいた。
「そ、そんな、呼べるかよ…真由美さんは真由美さんだ」
「そっか。」
真由美はまた笑った。
「かける!かける! ねえ!かける!」
「…ん…」
「あっ!良かった!」
目を覚ましたかけるを見てココは安堵のため息をもらした。
「俺は…」
…夢を見た。懐かしい夢だ。なんで今こんな夢を…?
「かける!大変なの!車が!壊れちゃったの!どうしよう!」
「ああ、ココか。」
かけるはむくりと起き上がり、ココと大破した車を見た。
…助かった…色んな意味で。
「どうしたもこうしたもねえ。走るぞ」
その返答にギョッとするココ。だが、実際方法はそれしか残っていなかった。
2人が立ち上がって進み出そうとしたときだった。
「あの !」
突然の声に2人は反射的に振り向いた。そこには、地面に届きそうなくらいの長い黒髪に、かけるの3分の2にも満たない身長のいたいけな少女が立っていた。
「わたし はぐれたの!」
少女は言った。
「こんなに小さな子も出場してるなんて…はぐれたの?じゃあ、私たちと一緒にいこ?」
ココはニコリと笑って言った。
「私はココ、あいつはかけるよ。お名前はなに?」
「マリ」
少女はあまり表情を変えない。胸に手をあてて、上目遣いでココの方をじっと見ている。
「つれていってくれるの ありがとう」
マリは少し不自然な喋り方だった。
するとマリは、ココの後ろにいたかけるをじっと見た。そして、初対面では考えられない行動にでた。
「かける 好き」
そう言ってかけるの頬にキスをした。
かけるとココはマリの突然の行動にそれぞれ違う反応を示した。
1人はうろたえ、もう1人はかけるの方へ迫る。かけるに迫ったのは、ココだった。
「…ななな!なんてことしてんのよ!この変態!!」
ココは自慢の右ストレートでかけるを殴りとばした。突然殴られたかけるは全く状況を理解できずにいた。
「う…おい!俺がなにしたっていうんだ!?」
ココはマリを守るように身構えて言った。
「気を付けて!マリちゃん!こいつはペテン師!フォロモンを操って女の子を誘惑するの!」
「突然世界観を変えるんじゃねえ…!どこのラブファンタジーだ。それにフォロモンってなんだ。フェロモンだろ!」
意味を理解していたかは分からないが、そんなやり取りを見て、マリはプクク、と笑った。
ココはマリの笑顔を見て微笑み、そしてかけるを睨みつける。
「なにニヤついてんのよ!このロリコン!」
そう言ってココはかけるのおしりを蹴飛ばした。
「ニヤついてねえよ!」
かけるは思った。間違いない、このマリってやつは疫病神だ。そしてココ。こいつにいたっては言うまでもない、天然アホゴリラだ!あ、言っちゃった。
3人の前に突如現れたのは、巨大な入口だった。上下左右を見回しても、どうやら入れるのはここだけのようだ。
「おっうと!ここで少し遅れてかける、ココペアの登場だあ!!」
実況の声が場内に響く。
「第2の難関、巨大迷路だあ!さあ、攻略できるかな!? っおや?チームペテン!車がないぞ?どうしたんだ!?」
誰がチームペテンだ。こら。
「まま、まさか!そこにいる少女!なんと!?車を少女にトランスフォームしてしまったのかあ!!??」
するかあ!!とかけるは今にも叫び出しそうだった。
まあまあ、とココがかけるをなだめる。
なんでお前は序盤からあの実況のテンションが平気なんだ? ああ、似たもの同士だからか。
とかけるは素早く納得した。
「まあ、今の俺たちにとってこのコースはラッキーだ。行くぞ。」
「大丈夫なの?」
「ああ。任せとけ。」
かけるはそう言うとおもむろにポケットから飴を取り出し、おいしそうになめ始めた。
「逆転劇の、始まりだ。」
「ねえかける!本当にこっちで合ってるの?」
「たぶんな」
「なんでそういいきれんのよ。」
「車」とかけるは言う。
「車が右往左往している音がきこえるだろ?そこからゴールへの近道を導き出してる。」
ココが首をかしげる横で、マリは頬を赤く染めた。
「かける かっこいい」
「それに、こういう作品にはな、作者の魂ってもんがこめられてるんだ。それをくみとれば、こんな迷路は簡単だ。」
「これを作品って思えるあんたの心意気がすごいわ。」
ココはあきれ顔で言うと、かけるの後を追った。
かけるが角を曲がろうとした時だった。突然マリが大声をあげた。
「そっちはだめ!」
かけるは思わず足を止めた。
「そっち…こわい 行きたくない。」
マリ…?
かけるはマリの顔を見て、頷くと、優しく声をかけた。
「分かった。じゃあ、あっちに行こう。」
マリは涙目になりながら、うん、と首を縦にふった。
「ねえマリちゃん、今日は誰と来たの?お父さん?お母さん?」
かけるの後を追いながらココは尋ねた。
するとマリは少し黙り込んで、そして答えた。
「ひとり わたしひとりなの」
ココはその答えに驚いた。そして、俯くマリから視線をそらした。
…でも…マリちゃんが…そんなわけ…
「おい、着いたぞ。」
かけるがそう言うと、今までコンクリート色だった景色が一気にひらけた。まっすぐ伸びた直線の先にはゴールとかかれた旗が風で揺れている。
ココは決心したかのように言った。
「かける!あのね…マリちゃんが…!」
ココがかけるに涙目で訴えると、かけるは振り向き、冷たい表情で言った。
「…嘘をついてる。 ー だろ?」
その時だった。突然うしろからけたたましいエンジン音と共に、水陸両用に変形した車が現れた。そのナンバー11の車は止まることなく、かけるたちの方へ突っ込んでいった。
ココは強く押し出されたことに気付いた。かけるがとっさにココを助けたのだ。
そのおかげで、ココは無傷で済んだが、押し出したかけるは逃げきれなかった。車は、かけるの足にぶつかると、悲鳴のようなブレーキ音をあげて停止した。
「体感速度があがっているとはいえ、直撃はまずかったか…」
かけるは轢かれた足をひきずりながら顔をひきつらせた。
すると、車から1人の女が現れた。痩せた体にボロボロの服、目の下にはクマができている。
「誘導ごくろうさん、ぼうやたち。」
女は言った。
状況を理解したかけるは、女を睨みつけた。
「てめえ…尾けてたのか…」
かけるはなめていた飴をバキッ、と噛み砕いた。
「オッホッホ!そうよ! なんでそんなことができたと思う?」
女がそう言った時、マリはうつむき、下唇を噛んだ。
「その子に…!発信機を取り付けていたのよ! そう!その子は私が送り込んだの! ペテン師なら、こんなとこわけないでしょう?あなたたちはまんまとそのチビに騙されたのよお!」
オッホッホと嗤う女を見て、ココは拳を強く握った。そして、今にも殴りかかろうと女の方へ歩き出した。
その時、ココは腕を誰かに掴まれたことに気付いた。振り向くと、そこにはかけるがいた。かけるはかろうじて立っているが、歩けそうにない。振り払うのは難しいことでは無いと思った。
「熱くなるな、ココ。こいつは…俺たちの問題じゃない。」
「なに言ってんのよ!あんたさっき轢かれたじゃない!それに、私たちじゃなきゃ誰の問題だっていうのよ!」
かけるはココの腕を掴んだまま、うつむく少女を見た。
「…マリちゃん…なの…?」
ココは戸惑いながらマリの方を見た。マリは自分の服を両手で握りしめている。
「さあマリ!そんな奴らさっさと置いて、こっちへ来なさい。」
「わたし… いやだ。」
「はあ!?何言ってんの!?いつものことでしょうがあ!いつもみたいに裏切って、仲間を切り捨てる!それがあんたでしょうがあ! それに、そいつらといたら、優勝できないんだよ!?お金、欲しくないの?」
女の言葉に、マリは肩を震わせる。そんなマリを見て、かけるは言った。
「安心しろ。マリ。優勝を決めるのはあの女じゃない。決めるのはお前だ。」
その言葉に、女は鼻で笑った。
「何言ってんのよ。ペテン師。あんたの嘘は聞き飽きたわ。 マリ、早くしないと置いて行くわよ。」
ココは、かけるの言葉が本当かどうか分からなかった。
勝機なんてあるかも分からない。でも、マリちゃんが嘘つきになったまま、このままサヨナラなんて、絶対に嫌!!
ココは叫んだ。
「マリちゃん!私たち、ちょっとの間しか一緒じゃなかったけど…マリちゃんの友達だから!もっと話したいことがあるの!だからお願い!信じて!」
「あんたたちさっきから何言ってんのよ。優勝は私しかありえない。さあ、マリ。」
「マリちゃん!」
いいのかな…わたし…友達なんて…友達なんて…もういらないって…思ってたのに…ねえ…どうして…?
「お友達…ですか?」
マリはゆっくりと顔をあげた。目は少し涙ぐんでいる。
「わたしは…!あなた達の…お友達ですか!? わたしのことは…嫌いじゃないですか…!?」
そう言い終わる頃には、マリはボロボロと涙をこぼしていた。
ココもつられるように涙を流していた。
「当たり前じゃない…!マリちゃん…」
マリはぐちゃぐちゃにぬれた顔で、かけるを見た。かけるは、微笑んで言った。
「教えてくれよ、マリ。優勝者の名前を」
風が、マリの長い髪を揺らして唄う。それはまるで、少女を後押ししているかのようだった。
マリは、ありったけの声で叫んだ。
「ゆうしょうじゃは…!かげる!こ、ココぢゃん!!」
決意の宣言は、遠くでざわめく観客の声を切り裂いたかのように思えた。
「…よく言ったな、マリ。」
かけるは笑った。
裏切られたことに気づいた女は、ちっと舌打ちをして車に乗り込んだ。
「てめえはもういい。マリ。だが、優勝はこの私だ。それだけは揺るぎない事実!車のないお前らに、最初から勝ち目なんてねえんだよ!」
女はそう吐き捨てると、車を発進させた。エンジンの音と共に、3人の選手が取り残された。
「ど!どうすんのよかける!このままじゃあいつの言う通り、負けちゃうわよ!」
ココが涙を拭いてそう叫ぶと、かけるは落ち着いた表情で言った。
「そんなことはさせねえ。マリも言ったろ。優勝者は俺らだって。」
「でも…!」
「大丈夫だ。」
かけるはココの言葉をさえぎるようにして言った。
「俺たちにはまだ切り札があるじゃねえか。とっておきの、スペシャルカードが。」
「えっ…でも!車が無いんじゃ変形のしようがないじゃない!」
「ある。」
そう言ってかけるが指を指したのは先ほど走りだした、女の車だった。
「変形するのは、あれだ。」
そして、かけるは大声で、スペシャルカードを上にかざしながら言った。
「ナンバー11の車を…ラジコンヘリに!!」
次の瞬間、ナンバー11の車がその姿を変えて、ヘリコプターになった。かけるの側には、コントローラらしきものが転がっている。
かけるはそれを手に取ると、口角をあげながら操作し始めた。
「え…ちょっと!なにこれ!?」
中にいた女は車体の異変に気が付いた。しかし、気付いた時には既に遅く、ラジコンヘリは大きなプロペラ音と共に宙に浮き始めた。
「なんで!?なんで操作できないのよ!なんで浮いてるの!?」
慌てる女の様子を、遠くでコントローラを操作しながらかけるは言った。
「ラジコンが中から操作できないなんて、常識だろ?」
そう言って鼻で笑ったのだった。
ラジコンヘリはぐんぐんと上昇を続けていく。あっというまにヘリは豆粒ほどの大きさになった。
「 よし、そろそろだな」
とかけるが言ったかと思うと、突然コントローラを手放した。
勢いよくヘリが落下してくる。このまま地面に衝突かと思われたが、ヘリは激突寸前でホバリングを始めた。
「あいにく、人を殺める主義じゃないんでね。」
かけるはそう言ってコントローラを投げ捨てた。
ヘリの中では、恐怖で意識を失った女が、完全にのびきっていた。
ココとマリはあぜんとしていたが、終わったぞ、というかけるの声で我にかえった。
すると、ドシャリとかけるは膝をついた。さっき轢かれた時の傷のせいだった。かけるは、激しく痛む足を押さえた。
「ちっ、骨が折れてたみたいだ。お前ら、先にゴールしててくれ。」
額に汗を浮かべるかけるを見て、ココは首を振った。
「さあかける、早く乗って。」
かけるはココの格好を見てぎょっとした。
「お前、俺をおんぶする気か!?」
「当たり前でしょ?さあ、早くしないとまた追っ手がくるわよ!」
「でも…」
「早くしてよ! …私だって恥ずかしんだから!」
かけるはそう言われて始めて、ココの頬が少し赤らんでいることに気づいた。
はあ、とかけるはため息をつくと、しぶしぶココに体をゆだねた。
ー こういうところ…そっくりだな。
「…ありがとな。」
「…えっ!?なんて?」
「な!なんも言ってねえよ!前向け!」
「何よそれ〜」
ココはぶー、と頬を膨らませて、再び歩きだした。
「ねえかける。」
ココが尋ねた。
「もし……マリちゃんがこっちに来てなかったら…どうしてたの?素直に負けたの?」
かけるは答えなかった。
ー マリがこっちに来たのはお前のおかげなんだけどな。
そして、こう言った。
「今度俺が迷ってたら…思いっきり殴ってくれないか?」
質問に答えるどころか妙な頼み事をされたため、ココは一瞬戸惑っていたが、すぐに無邪気な笑顔に戻って言った。
「ハン、任せときなさい!」
その屈託のない笑顔に、かけるははっとする。
「えと…骨折らない程度にな…」
そう付け加えると、ココは笑って言った。
「手加減しないんだから!」
「…優勝は…チームペテン!!」
実況の声が会場内に響き渡ると同時に、観客がドッと盛り上がる。
…だから、俺はチーム名をそんな名前にした覚えはねえ!
そんなかけるのぼやきを聞く人がいるはずもなく、会場と隣にいるココのテンションはMAXだ。
かけるは、まだ少し暗い顔をしたマリの頭をポン、と叩いた。
「よく頑張ったな、マリ。」
マリは上目使いでかけるの顔をのぞいた後、かけるの胸に飛び込んだ。
「…ありがとう。」
かけるは軽いため息をつき、マリの頭を撫でた。
「これが月光刀…?」
ココは受け取った優勝商品を見て顔を曇らせた。
すると、商品を渡した実況の男が首をかしげた。どうやらこの男は、実況兼マスターだったようだ。
「月光刀?なんのことだい? これはね、“血行刀”といって、刃がない、美容のためのものなのさっ」
「「な!なんだってえ!!!」」
かけるとココは驚愕した。
落胆する2人だったが、ココは少し嬉しそうでもあった。
「しょうがない!また探すしかないね!」
ココはかけるとマリの手をひいて表へでた。
外はまだ夏の匂いが残っていた。
セミがやけに騒がしい。
寂しい未来を予感させる、そんな秋のような風が、ちらりと通り過ぎては消えた。




