ペテンに賭ける!
ー 君はなぜ、絶望する?
ガクリと、かけるは膝をついた。
月光刀の力で票数が入れ替わってしまったのだ。そして選挙が終わるまで5分をきった今、モニターの票数はほとんど動かない。
サトリは、某然とするかけるを見て、ドアの方へと足を進めた。
「楽しかったぜ、ペテン師かける。」
サトリの言葉は、かけるには届いていなかった。
かけるはどこか、遠くを見ていた。
ー あれ。
そこは、一面見渡す限りの花畑。
ここは…どこ…だ?俺…ゲームに負けて…
ふと足下に目をやると、その花はカスミソウ。
カスミソウは、ゆっくりとその身体を揺らしていた。
するとその時、かけるは後ろから誰かの気配を感じ、振り向いた。
「…かける。」
にこっ、と笑ったのは、長い黒髪の少女だった。かけるは驚きの表情をみせた。
「マリ…!お前…!なんでここに…!」
いや、それより…!
かけるはマリに質問を投げかけようとした。しかし、言葉を発する前に、マリは言った。
「今日はね、あやまりに来たの。」
「え…?」
かけるはたじろいだ。マリは辺りのカスミソウを目で追いかけている。
「わたしが月光刀ってこと、ずっと言えなくて……ごめんね。」
「あ…それは! いいんだよ!マリ!俺は別に…!」
「それだけじゃないの。」
「え…」
「かけるのこと好きってずっと言ってたけど…嘘なの。」
「マリ…」
その時かけるの目には、目線を落として髪を耳にかけるマリがとても大人びて見えた。
「ココちゃんを久しぶりに見つけて、近づくための理由が必要だったの。 だから、好きっていうのは、本当の好きっていう意味じゃなくて、普通の好きってこと。だから…」
ココは言葉を詰まらせた。
「何を言ってんだよ…マリ…」
かけるは、マリの目に涙が溜まっていることに気づいていた。 嫌な予感がした。
「マリ…どこにもいかない…よな?」
マリは目を見開いた。それと同時に、大粒の涙がマリの頬を伝う。
「…ココちゃんの、私の記憶はもうたぶんない…。かけるもいずれ…私のことを忘れる…。」
「…そんなわけ…」
「かける、聞いて。」
マリは涙を拭って言った。
「ココちゃんを、幸せにして欲しいの。」
かけるの目が、少し潤んだ。
「ココちゃんは、わたしの初めての友達なの。わたしをちゃんと1人の友達として遊んでくれた。ココちゃんはそういうことは考えてなかったかもしれないけど…わたしは嬉しかった。ココちゃん…もちろんかけるにも…私は救われたの。」
マリは、かけるの方へ近づいた。
「だから…約束して。」
マリはかけるの頭を引っ張ると、懸命に背伸びをしておでこをくっつけた。
かけるは、一筋の涙をこぼした。
その時、辺りのカスミソウが次々に消え始めた。宙に舞ったカスミソウは、儚く消えていく。
「だけど…私本当は…」
かけるははっとしてマリを見た。
「もっと2人と居たかったな…!」
マリの目からとめどなく涙が溢れる。
「3人でもっともっともっと…!色んなとこ行きたかったな…! …もし…わたしが普通だったら… 家族みたいに…なれたかな…?」
「マリ…!待てよ…!俺がどこにでも連れて行ってやる!ずっと一緒にいてやる!」
かけるはマリを抱きしめた。
「人生で1番…楽しかったよ…かける…」
「マリ!俺はまだ何も…!」
花畑は、消えてしまった。
はっ、とかけるは我にかえった。
周囲に先ほどの美しい花畑はもうない。
コンクリートの、冷たい黒だ。
ここは…屋上。俺はゲームを…
かけるはモニターと、歩いていくサトリの姿をとらえた。
「待てよ。」
かけるは言った。
サトリは立ち止まり、かけるの方に振り向いた。
「なんだ…。お前はもう負けたんだ。言い訳など、俺は聞きたくないぞ。」
「俺はまだ負けてない。」
サトリは声をあげて笑った。
「選挙終了まで、あと5分もないんだ。もう何もできることなどないさ!」
サトリ…お前は道化師。…そして…俺はペテン師だ。これからこの名が消えることはないだろう。背負わなければならないだろう。
かけるは胸元についていた無線機に口を近づけた。
だけど、だからこそ俺にできることがある!マリとの約束は…絶対に守ってみせる!
サトリは、かけるの様子が変わったことに気がついた。
1度完全に心が折れていたはずだが…一体、ペテン師に何が起きた…!?
『おい……え…か?』
『………』
『……開けてくれ。』
かけるは、誰かと話しているようだった。しかし、サトリはその内容を聞き取ることができない。
サトリは耐えかねて言った。
「おい…ペテン師。誰と喋ってる。何を言ったんだ!」
かけるは答えた。
「お前が一生…考えもしないことだ…。」
情報屋。
インフォは、目の前のコンピュータに向かって叫んだ。
「さあ2人とも!せーので開けてね!」
インフォの目線の先には、強固な扉の前に立つ2人の男。
男は、納得いかないような顔でつぶやいた。
「ったく…なんで私がこんなこと…!」
割れた眼鏡をかけたもう1人の男は、思い悩むように扉を見つめた。
「かけるくん…なのか。」
インフォは元気良く声をあげていった。
「さあヒューマくん!ケイジくん! せーの!!」
そのかけ声と同時に、全ての鍵が開く音がした。
サトリはその時、異変に気づいた。下の方から、怒号が聞こえてきたのだ。最初は遠かったその音は、あっという間に王宮前の広場までたどり着いた。
なんだ…あいつらは…
サトリは目を凝らしてその大量の人影を見つめた。彼らは全員、白い服をきていた。 サトリはようやく気づいた。
「まさか…!囚人達をまた解放したのか…!」
かけるは小さく返事をした。
「…そうだ。」
「何のために!? 奴らを解放したところでお前には何の利益も…!」
そう言いかけたところで、サトリは固まった。
月光刀………!!!
「気づいたか?…今、国民たちの意志は天邪鬼状態…。俺に恨みを持てば持つほど… そいつは俺を応援する。そうだろ?…サトリ。」
「まさ…か…!」
囚人達は、叫んだ。
「なんなんだよ…この気持ち…ペテン師を応援したくてたまらねえ!!」
「ああ…俺のこの命ある限り…ペテン師に尽くす…!!」
「あの野郎…次会ったらサインもらってやるぜ!」
囚人達の勢いは、それだけにとどまらなかった。なんと、一般市民の投票ボタンを取り上げ、かけるに投票し始めたのだ。
サトリはその信じられない光景に、頭を抱えた。
「まさか…!こんな…!」
そしてサトリは、思い出したようにモニターを見た。赤のグラフ、サトリの票はまだかけるより多かった。
サトリは安堵のため息をついた。しかし、首を伝う冷や汗はまだ確かに残っていた。
あと2分もない。逃げきることができれば…いや、逃げきれる! …勝てる!
かけるの票が着々とその数を増していく。しかし、時間はあまり残されていない。
「うおおー!!ペテン師LOVEぅ!!」
囚人が、叫ぶ。
「…あと30秒だ…!早く…!」
サトリが、祈る。
皆に迷惑かけたよな、俺。
かけるは、空を眺めていた。
何人を不幸にしたのかな、俺。
モニターが指す時間は、あと10秒。
たくさんの人を傷つけた。泣かせてしまった人もいる。
5
かけるの票が時間と反比例して伸びていく。
4
皆、ごめん。
3
サトリは叫んだ。
2
「止まれぇぇぇ!!」
1
だけど、ありがとう。
0
モニターのベルが、選挙の終わりを告げた瞬間、サトリは崩れ落ちた。青のグラフは間一髪、赤のグラフを追い抜いたのだ。
かけるが歩いてきた。
かけるはサトリの前で立ち止まると言った。
「このゲーム、俺の…」
ー いや。
「俺たちの…勝ちだ。」
ー 勝者、ペテン師かける。
「ここは…私…一体…」
赤髪の少女は立ち上がった。彼女はふらつきながら辺りを見回した。
先ほどまでの記憶がほとんどない。自分はなぜここにいるのか。何をしていたのか。思い出そうとすればするほど、何かが陰に隠れるようにわからなくなっていく。
確か…かけるの選挙があって…私はその応援を1人で…1人で…?
ズキ、と頭が痛くなった。なにか、なにか大切なことを忘れてしまったような、そんな気がした。
とにかく、今はかけるが選挙を…
そう思って王宮の方に目を向けた。その光景を見たとき、ココは絶句した。
王宮から炎があがっていた。王宮のそばでは、なにやら大勢の人が争っている。
かけるが屋上にいる…
ココは走り出した。
「かける…!」
「おい…」
屋上にいたかけるも、驚きを隠せないでいた。
「何で国民とポリスたちがいきなり暴走してんだよ!」
かけるが叫んでも、サトリは虚ろな目を泳がせるだけで、反応を示さない。
ちっ!とかけるは舌打ちをした。
これも月光刀の影響なのか…? …とにかく今は脱出だ。早くしないと炎に囲まれる…。
かけるは屋上から出ようとした。その時、後ろからか細い声が聞こえてきた。
「待ってくれ…。」
へたりと座り込むサトリには、先程までの覇気はもうない。
「俺と…ゲームをしてくれ…。」
その言葉を聞いた時、体が思わず止まってしまった。
「…頼むよぉ…ペテン師…。」
こいつ…
かけるは拳を握った。
そして、ゆっくりとサトリに近づいた。
「ゲームをしよう。サトリ。」
かけるはそう言うと、自分のポケットをまさぐった。かけるが取り出したのは、4枚のカードだった。そして、そのうち2枚のカードをサトリに投げつけた。
サトリはの目に映った2枚のカード。それは、「協力」とかかれたカードと、「裏切り」とかかれたカードだった。
かけるは1枚のカードを選び、地面に叩きつけた。
「俺のカードはこれだ。」
裏返しになったカードは、「協力」なのか「裏切り」なのかわからない。
サトリは狼狽した。
王宮一階
ココは人混みをかきわけ、ようやく王宮のそばまでたどり着いていた。しかし、王宮は既に火の海だ。
「どうして…」
ココは歯を食いしばった。そして決意するように、地面を蹴った。
サトリはコンクリートに手をついた。サトリの周りには、既に少しずつ炎がやってきていた。
屋上にはいたのは、サトリだけだった。
サトリの目には、裏になったままの1枚のカードだけが映っていた。
サトリの頭の中で、かけるの言葉がぐるぐるとまわる。
5分前
「なぜ…」
サトリはかけるに尋ねた。
「そんなに人を信用できるのか、教えてくれないか…。」
かけるはくるりと方向を変えた。屋上の扉へと向かっていく。かけるは扉に手をかけると、一言、サトリに言った。
「人を信用できない奴が、人を救えるか。」
そして、かけるは去って行った。
サトリは自分が持っている2枚のカードから、どちらかを選ぶことが出来なかった。
「くそっ…!くそっ…!くそっ…!」
サトリは頭を抱えこんだ。
「どうして……!」
「どうして?」
幼いサトリは問う。
「どうしてお父さんはいつも「協力」カードばかり出すの?」
「サトリ…それはね。」
サトリの父は、優しく微笑んだ。
「人を信用できない人は、人を救えないだろう?」
「…」
「お父さんは王様だから、皆を助けたい。だから、皆を信用するんだ。」
「…ふーん。」
サトリは父の笑顔を思い出していた。目には涙を浮かべ、観念したように小さく笑った。
そして、かけるが残したカードを表にした。それは、「協力」カードだった。
サトリはうずくまった。
「……完敗だよ。…かける。」
「ハァ…ハァ…」
王宮内部
ココは息をきらせながら、かけるの名を呼んだ。
「かけるーー!!!」
しかし、かえってくるのは物が燃える音と黒い煙だけだ。
ココの視界が揺らぐ。足どりもおぼつかなくなってきた。
「かける…」
一瞬視界が真っ暗になり、ココは前のめりに倒れこんだ。
しかし、ココの体が地面につくことはなかった。
ココが目を開けるとそこにいたのは、かけるだった。かけるは、力の入らないココの体を支えた。
「なにやってんだよ。このバカ。」
かけるはそう言って笑った。
「探したよ…かける…」
ココはか細い声で言った。
辺りは炎で包まれていた。そして徐々にその距離を詰めていく。
「…そういやさ、あの時の返事…まだしてなかったよな。」
「あの時…?」
「ほら、その…ココが俺のこと好きって…」
かけるは目を泳がせた。
「…返事してくれるの?」
「…うん。」
かけるは一拍おいて言った。
「俺も…ココのことがさ…」
そう言いかけた時だった。
ココが、かけるの言葉を遮るようにキスをした。
「……!?」
突然のキスにうろたえるかける。
「また今度…聞きたいの。」
ココはそう言って微笑んだ。
「だから…約束して…。 また今度言うって…。」
「ココ…。」
かけるは最初戸惑っていたが、ココの表情を見て、優しく微笑んだ。
「わかった。 約束する。」
かけるはそう言うと、おでこをくっつけた。
「約束だ…。」
炎はあっという間に王宮を飲み込んだ。王宮は骨組みだけを残し、崩れ落ちてしまった。




