ペテンにかける
陽は、完全にその姿を見せなくなった。
かけるは屋上の端まで来ると、深呼吸をした。下は、人で埋め尽くされている。
…俺が…やるんだ。 あいつの自由にさせてたまるか。
風が、強く吹いて通り過ぎた。
「突然ですが、国民の皆さんに報告があります。」
かけるの声が、街じゅうに響く。
「おい、ペテン師の演説だ!」
「始まったぞ!」
ココは、手を合わせて祈っていた。
「…かける…頑張れ…!」
「報告とは、現在の投票状況のことです。皆さんにも知る権利があります。なので、僕の方から報告させてもらいます。」
かけるの発言に、サトリはまゆをひそめた。
…何が目的なんだ…? ペテン師の票は今負けている…。 わざわざ言うことは…
「ただいまの投票結果は、僕、かけるが圧倒的に有利となっています。」
「なっ!」
サトリは思わず声をあげた。
ウソをついた…のか!?
かけるは続けて言った。
「続いて、僕の公約内容も発表します。 僕が当選した暁には、国民の皆さんを手厚く保護します。教育、医療、食糧など…生活のサポートをします。」
所々で、感嘆の声があがった。
「ですが」
かけるの公約には、続きがあった。
「それはあくまで、僕に投票してくれた方々のみの話です。僕に投票してくれなかった人は残念ながら、奴隷として国民に尽力していただきます。 僕の演説は、以上です。」
その演説に、国民たちは動揺を隠しきれなかった。
「ど…どういうことだ…?」
「ペテン師に票を入れなかったら…奴隷!?」
「どうすれば…」
王宮最上階。
サトリはうん、と頷いた。
「なかなか悪くない戦術だ。国民にウソをつき、脅して票を入れさせる…。」
サトリはモニターを見た。
「だが…甘いな。」
モニターの赤いグラフは、いぜんとして長い。一方、青、かけるのグラフは伸びてはいるが、赤には届きそうに無かった。
「ハハハ!どうやらその脅しはあまり通じなかったようだね! それに、君にはそんなやり方は似合わないよ!」
サトリは嗤った。
「見ろ!国民は動揺こそはしたものの、動かない!お前を疑っている証拠だよ!!ましてお前はペテン師で名が通ってる! どうした… 付け焼き刃だったか…?」
かけるはうつむきながら歩いてくる。そして、大きなため息をついた。
「確かに、似合わないかもな…。 」
かけるはそう言うと、軽くため息をついた。
「だがまあ、上出来…ってとこか。」
「ハッ!モニターを見てみろ!どこが上出来だ!?ああ!?」
サトリはモニターに手を叩きつけた。
「狗は放してあるんだ…」
「……なに…?」
「なあサトリ、飼われた羊の群れが一斉に動くのはどんな時か知ってるか…?」
サトリは黙り込んだ。
一拍おくと、かけるはうっすらと笑みを浮かべて言った。
「たった一匹の犬が、吠えた時だ。」
「おい!!これ見ろよ!!」
誰かがそう叫んだ。
「投票の情報が漏れてやがる!!」
その時、王宮の壁に2本のグラフが大きく映し出された。 そこには赤と青の棒グラフが映し出されており、グラフは、青が圧倒的に勝っていることを示していた。
それを見た人々は、目を丸くした。
「本当に…ペテン師の圧勝だ…!」
「このままじゃ…王は負ける…」
「ってことは…王に投票したら…奴隷…ってことか!?」
「俺、ペテン師に入れるよ!奴隷だけはごめんだ!」
「お…俺もだ!」
「良かった…まだ間に合う…!」
その光景は、ウソのグラフも一緒に中継され、全国民が知ることとなった。
「一体どうなってる!」
勢い良く手をテーブルに叩きつけたのは、メガロポリスのユークだった。
「投票結果を知ることができるのは屋上の2人だけのはずだ! 誰だ!こんなマネをしているのは!!今すぐ回線を繋げ!私が弁明する!」
「まちなさい。」
ユークは誰かに腕を掴まれるのを感じた。 鋭い目つきで顔をあげるとそこにいたのは、メガロポリスのフィアだった。
「邪魔をしないで。」
「フィア…その手を離せ…!」
ユークが殴りかかろうとしたその時、何人ものポリスがユークの体を押さえつけた。
「そういうこった。ユークちゃん。」
そう言いながら歩いてきたのは、犬の姿をしたメガロポリス、アレクだった。
「アレク…あんたまで…!」
しーっと、アレクは指をたてた。
「黙ってれば可愛いんだから、ユークちゃん。」
「…これで良かったんすね。アニキ。」
痩せた男はそう言った。
「ケッ、あのインチキくせぇ情報屋からもらったファイルを、あそこに映しただけだ。」
小太りの男、ジャムはそう言った。
「それに、あのブタ箱から出れたんだ。こんなのどうってことねえ。」
かけるは2人と、ある取引をしていた。牢獄から脱出させてやるかわりに、一つ頼みをきくというものだ。
「でも、ペテン師を恨んでたっすよね?」
「……」
「もう許したってことっすか?」
「バカヤロウ、誰が許すか! …だがなあ、借りを貸しっぱなしにするのは、男としてはありえねえ。だからこれっきりだ。 次会った時は…必ず勝つ。」
ジャムは、そう言って歩き出した。
人混みに消えるジャムを追いかけながら、痩せた男は笑った。
「やっぱカッコイイっすね!アニキは!」
王宮屋上で、サトリは唖然としていた。
「なんだ…!これは…」
サトリの目線の先には、モニターがあった。本当の投票結果を示すモニターだ。しかしそのグラフも、王宮の壁に映し出された偽物のグラフに近づきつつあった。 赤は縮み、青は徐々にその高さを増していく。そしてついに、青のグラフは赤のグラフを追い抜いた。
「こんなバカなことが…!」
サトリははっとしてかけるの方を見た。
「まさか…!わざと捕まったのか…!?」
「そうだ。」
「あの偽グラフも…お前が仕向けたのか…。」
「そうだ。」
「…ハハ…。やるじゃないか。」
サトリはそう嘆いた。
「もうお前は演説も出来ない。あと10分で投票は締め切りだ。サトリ…この勝負…お前の負けだ。」
かけるがそう言うと、サトリは固まった。うつむき、若干震えている。
かけるはその時、勝利を確信した。この震えは怒りや悔しさからきている、そう思ったのだ。
しかし、それは間違っていた。
「参ったよ、かける。」
かけるはその表情を見たとき、鳥肌がたつのを感じた。
サトリは、笑っていた。
「お前は最高だぁ!!」
サトリは高らかに笑い声をあげた。
「ハハハ!!やっぱ最高だよ!ペテン師かけるぅ!!」
かけるは動揺の色をみせたが、負けじと言い張った。
「なに笑ってんだ!サトリ!お前は負けたんだ!ゲームに負けたんだよ!」
「確かに、俺は負ける。」
サトリはそう言うと、口角をつりあげた。
「天災でも起きない限り…な。」
「かけるのやつ、大丈夫かな…」
心配そうに塔を見上げていたのは、ココだった。
さっき王宮に映ったやつではかけるが勝ってたけど…あれ、本物なのかな…
「ココちゃん…」
ぎゅっ、と服を握られる感触に気づき、ココは隣を見た。マリが、震えていた。
「どうしたの!?マリちゃん!」
マリは泣きそうな顔で答えた。
「頭が痛いよう…ココちゃん。」
「お前は、月光刀という宝を知っているか?」
サトリが尋ねると、かけるは目を細めて言った。
「ずっと探してたんだ。知ってて当然だ。」
「でも、見つからないよなあ。」
「…何が言いたいんだ。今はもう関係ない話だろ。」
かけるが言っても、サトリは動じなかった。もったいつけるように間をあけ、かけるの表情をうかがっている。
「その理由は二つある。」
サトリはついに、その口を開いた。
「一つは月光刀が…人間の姿をしているからだ。」
「……!?」
突拍子もない話に、かけるは思わず言葉を詰まらせた。
「その正体を知った時、俺も驚いたよ。まさか月光刀が…ペテン師と行動を共にしていたとは、夢にも思わなかったからね。」
「何を…言ってるんだよ…お前…!」
かけるは棒のように突っ立ったまま、目を泳がせた。
「何を言ってるんだよ……」
おちた陽の代わりに、月が夜空に輝いた。
ココは心配そうにマリの肩に手を置いた。
「大丈夫!?ココちゃん!!」
「…ごめんね。」
「…え?」
予想外の返事に戸惑うココ。
「最後まで言えなかった…ずっと、私、言おうと思ってたのに…」
マリは声を震わせながら言った。
「ど、どういうこと!?マリちゃん…急にどうしたの!?」
「ねえココちゃん……」
マリがそう言った時、ココはマリの表情を見て動揺した。
マリは、涙を流していた。
「マリちゃん…どうして…」
すると突然、マリの体が光を発し始めた。皮膚が、ボロボロと剥がれ落ちている。
「ココちゃん…」
マリは言った。
「私が…何に見える?」
月が赤く染まった。
「ココ、ココ、こっちへ来なさい。」
ヘッドタウン郊外。
「おじちゃん!今日は何のお話するの!?」
ココ、5才。
「今日はお話じゃあないよ。お友達を連れてきたんだ。」
月の美しい、夜のこと。
「お友達?」
「ほら、こっちへおいで、マリ。」
少女が、戸惑いながら現れた。身長は、ココよりも大きい。
「この子はマリ。仲良くしてやりなさい。」
「やったー!お友達!ねえ遊ぼうよ!マリー!!」
ココがマリの手を強引に引っ張ると、マリは力の限りに振り払った。
「私、遊ばない。」
「どうして?遊ぼうよ!マリー!」
「私はマリ。マリーじゃない。それに…」
マリは腕を突き出した。月の光に反射して、薄く光っている。
「私、人間じゃないの。」
「……」
「私が…何に見える?」
マリは真剣な顔つきで尋ねた。しかし、ココの反応は予想とは違った。
「すごーい!!キラキラ!きれい!」
「……え?」
「ねえ早く遊ぼ!マリー!」
ココはニカッと白い歯を見せた。
「おーい!ココ!マリ!もう夜だから、遊びは明日にしなさい!」
遠くで、おじの声が聞こえた。ココは、つまらなさそうに返事をした。
「じゃあ、約束しよ!」
「約束…?」
「明日遊ぶって、約束するの!」
「え…でも私は…」
戸惑うマリにおかまうことなく、ココはおでこをマリのおでこにぶつけた。
「約束…!!」
月はいつの間にか、雲に隠れていた。
数ヶ月後
おじは、マリを呼びつけて言った。
「いいかいマリ、1度ベッドタウンに行ってきなさい。そして、十五夜の夜が明けたら戻ってくるんだよ。」
こくりと、マリは頷いた。
「あー!!ここにいた!マリー!」
「ココ!まだ起きてたのかい!?」
「マリー!遊ぼー!!」
「こらっ!ココ!もう寝なさい!」
ココは舌をだすと、マリを連れて何処かへ行ってしまった。
「ココちゃん…私…」
「いーのいーの!おじちゃんね、優しいから大丈夫!」
「そういうことじゃ…」
月が、赤く輝き始めた。
その時、マリの体も月に呼応するかのように光り始めた。
そして雷のように一瞬で辺りを光で包み込むと、再び夜の暗闇が訪れた。
「ここにいたのか…!マリ!」
息をきらせて走ってきたのは、ココのおじだった。 おじは気絶して倒れているココを見た瞬間、全てを悟った。
「まさか…間に合わなかったのか…!」
「おじさん…私…」
マリの目は涙で溢れていた。
「マリ!早く行きなさい!ココの目が覚めないうちに!早く!」
「うわああああああん!」
マリは、夜の闇に消えて行った。
しばらくして、ココは目を覚ました。
「あれ?私どうしてこんなところに… あっ、おじさん?どうしたの?こんな夜に…」
「…ああ…いや、何もないよ。さあ、帰ろう。」
「うん!」
丸い月が、沈んだ。
「私ね、もう会っちゃだめだと思ってた…!ココちゃんにひどいことして、もう友達じゃないからって…!」
マリが発する光が、徐々にその範囲を広げていく。
「だけど…!あそこでココちゃん見て、話しかけちゃったの…!だけど…!だけど…!」
「…マリー……なの?」
マリは目を見開いた。ココの目から大粒の涙がこぼれている。
「マリー…なのね…マリー…やっと…思い出せた…。」
「ココちゃん…!」
その時、マリははっとして言った。
「忘れちゃう…ココちゃん!お願い!早く逃げて!この光は駄目なの!」
「…わかってる。でも、行かない。」
ココはそう言うと、マリを抱きしめた。
「…え…!でも…」
月が、輝き始めた。
「2回も友達になったのに、忘れるわけないじゃない…」
ココが言うと、マリは息を吸い込んだ。
ココは、おでこをマリのおでことくっつけ、ささやいた。
「約束…!」
マリは一瞬驚いた表情をみせたが、ココが微笑むと、マリも嬉しそうに笑った。
「……うん…!」
その時、眩い光が街を一瞬で包み込んだ。
「うっ…」
かけるはゆっくりと目を開けた。
「何だ…今の光…」
「月光刀の光さ。」
声の方を向くと、サトリがいた。
「月光刀の力…それは、光の浴びた者の意識を一時的に反転させる力、つまり、思ったことと逆の行動をとってしまう、天邪鬼にさせてしまう力だ。」
王宮の屋上を覆っていたガラスが、ゆっくりと開き始めた。
「それ故に、昔から誰かによって守られ続けていた。このガラスが無ければ、お前も俺もどうなっていたか分からなかったぞ。」
そうサトリが言っても、かけるは呆然としていて、返事もできなかった。
「4年に1度放たれるその光は、その記憶と、月光刀に関する記憶を全て消してしまう。それが、月光刀が見つからないもう一つの理由だ。」
「…マリが…月光刀だった…のか…?」
「そうだ。 …実際、苦労したよ。俺はそのごくわずかな情報を知っている老人を捕らえ、あの赤髪の女を使って聞き出した。」
サトリはそう言って、モニターを指差した。かけるはその方向に目を向けると、モニターに映るグラフを見て唖然とした。
「全ては…今日の投票のためだったのさ。」
赤のグラフは、青よりも高かった。その投票数は、先程までの数と見事に逆転していた。
「グラフが…入れ替わって…」
「その通り。」
かけるは信じられない現状に、思わず立ちつくした。
「ペテン師かける…」
サトリはその表情を見て、笑った。
「お前の負けだ。」




