ウソをつく
かけるは、その景色に思わず息を飲んだ。
今日のためにコツコツと作られてきた特設会場だけにとどまらず、見渡す限り人で埋め尽くされている。
「どうだ?この街1番の高さから見下ろすこの景色は。」
サトリは腕を広げ、軽く天を仰いだ。
屋上であるため風が強く、夏であるというのに少し寒い。太陽は沈みかけていた。
かけるは用意された椅子に座り、近くにあるモニターにちらりと目をやった。 今は何も映っていない。黒い画面に写る自分の顔は、少し強張っているように見える。
「いい気分はしないな。」
かけるが言ったその時だった。
ゴホンと咳払いをする女性の声が街じゅうに響き渡った。
「えー、ただいまより、選挙を行いたいと思います。」
声の主は、ユークだった。ユークは、ニュースキャスターよりもはきはきとした声で選挙の注意点を説明し始めた。
『これから皆様にはお手元にあるボタンを押していただき、投票をしてもらいます。投票権は1人1票までです。また、出馬するお二方には、一回ずつ演説をしてもらいます。演説から10分後までなら、何度でも変更が可能となります。』
ユークが丁寧に説明をしている間、サトリは不規則な動きで屋上を散歩していた。そして、思い出したように言った。
「そういえば、賭ける物を決めていなかったな。」
「…玉座じゃないのか?」
かけるは言った。
しかしサトリは納得のいかない表情を浮かべた。そして、突然閃いたように言った。
「いや…! 人権… 国民の人権というのはどうだ? え?ぞくぞくしないか?」
「な…!」
かけるが反論する間も無く、サトリは拡音機を手に取り国民に告げた。
『皆さん。この選挙に勝利した者は、国民の人権を得ることになります。どちらがいいか、よく考えて投票してくださいね。』
その言葉を聞いた国民は最初、意味を理解出来ず、固まった。
「…今のって…どういう意味だよ…」
「人権を賭けるの…?」
「俺たち…どうなっちまうんだよ!」
「サトリ様…」
徐々に王宮周辺がざわつき始めていた。
かけるはテーブルを勢い良く叩いた。
「ふざけんじゃねえ!!」
「おや、気に入らないのかい?」
余裕の笑みを浮かべながら、サトリはかけるの方を見た。
「当たり前だ!! 今でさえ街では女子供がイカサマを使ったゲームに負けて苦しんでるんだぞ!」
「へえー それは大変だ」
「今すぐ取り消せよ!」
「…」
サトリは一瞬黙り込んだ。ゆっくりと発された声は低く重くなっていた。
「…じゃあ守ってみろよ。」
サトリは見下すように顎を軽く上に反らす。
「……!」
「お前の大切な人とやらも、その女子供とやらも、全部守ってみろ!」
かけるはサトリに対し初めて畏怖を覚えた。サトリは笑っていた。サトリにとって、国民とはただの風景でしか無かったのだ。
「力の無い者がいくら吠えても周りは変わらない。それは身を以て体験してきたことだろう? ペテン師。」
ピエロ という単語がかけるの頭をよぎる。フィアの気持ちが少しだけ分かった気がした。
かけるは拳を握りしめた。サトリの言うことが的を得ていたことが、やり場のない怒りを生んだ。
「…いいさ。」
かけるはためらいぎみに言った。
「…人権を賭けて、勝負だ。サトリ。」
サトリはその言葉を聞くと、何も言わずにただ笑った。
「勘違いすんなよ。俺はお前の余興のためにのこのこゲームをしにきたんじゃねえ。」
「……ほう?」
「命を賭けて……この国を変えに来たんだ。」
『では投票を始めてください!』
ユークの放送を聞いた人々が、一斉に投票ボタンを押し始めた。
すると、王宮屋上のモニターが妙な機会音と共に起動し始めた。画面は驚くほど画質がいい。
「これは…」
「投票結果さ。」
サトリは言った。
「この国で今日投票数を知ることが出来るのは、俺とお前の2人だけだ。」
かけるはモニターを見た。赤と青の棒グラフが、共にその身長を伸ばしている。赤の棒グラフの下にはサトリ、青の棒グラフの下にはかけるとかいてあった。
かけるは結果が出るのを待たず、立ち上がった。そしてモニターに背を向けると目をつむり、深呼吸をした。
棒グラフはやがて、ゆっくりとスピードを落とし、止まった。
サトリはそのグラフを見ると、自分の目を疑った。
赤の棒グラフの高さは、青に達していなかった。それは、現時点においてのかけるの勝利を示していた。
「なんだ…これは…」
「どうやら、お前もただのガキ大将だったってわけだ。」
澄んだ空に向かって、かけるは言葉を吐く。
サトリは、かけるが目の前に立っていることに気づいた。モニターから視線を移した時、かけるは口を開いた。
「絶対に奪わせはしねえからな…。」
『サトリ様、演説を始めてください。』
ユークが言った。
その放送を聞いたサトリは、フンと鼻をならすと、かけるから視線をはずし国民の方に向けた。
…思った以上に、あの赤髪の女の影響は大きかったようだね。
「お前に、今から面白いものを見せてやる。」
そう言い残すと、拡音機を使って演説を始めた。
何を喋る気だ…?
『私からは一言だけ、言わせてもらいます。』
サトリはそう言って一呼吸置くと、予想外の発言をした。
『実は、私の投票ボタンは、赤です。』
かけるはその演説を聞いて、面食らったように固まった。
…今さら何を言ってんだ? こいつの投票ボタンは赤。それは間違いない。事実を繰り返しただけだ。こんな演説で誰の心が動かされるんだ…?
演説を終えたサトリがかけるの方へ体を向けた。
「解らない、といった表情だね。」
サトリはかけるにそう言った。
「では、一つ問おう。 さっきの投票率を知っているかい?」
…投票率…だと?
かけるは、心が黒雲に覆われたような気分になった。
もし…もしも、投票率が少なかったとしたら…その原因はなんだ?目的はなんだ?そして…
結末は…どうなる?
「…まさか!!」
かけるは勢い良くモニターの方を見た。
かけるはその光景に絶句した。
赤のグラフが青の背丈を軽々と超えていたのだ。
「な…!」
「ハハハ、どうやら国民の中には、どちらのボタンがどちらの人物なのか、分からなかった者がいたようだ。」
「なんで…!」
「つまらないからさ。」
サトリは口角をあげて言った。
「圧倒的勝利なんてね、もう飽きたんだ。 だから、全国民には教えてなかったのさ。」
「…!」
「お前は言ったな。俺の余興に付き合う気はない…と。」
サトリは爛々とした目で言った。
「余興にもならないぞ、ペテン師。」
『それでは、かける様の演説です。』
「くそっ…」
かけるは思わず後ずさりした。
これだよ…これこれえ!やはり何度味わってもたまらない…この優越感…俺は、ペテン師を負かすことで俺の生命を実感することができる…!
「さあ、君の番だ。心に訴える演説、期待してるよ。」
さあどうするペテン師…! この演説がお前の遺言となるか…!?
笑いをこらえきれないサトリだったが、かけるの返答は意外なものだった。
「つらかった…」
かけるは言った。
諦めの言葉ともとれるその発言に、サトリは一瞬言葉を失った。
「ペテン師なんて呼ばれてさ…」
「…ハン、何を今更。」
「俺はペテン師のくせに、ウソをつかれるのはいつも俺の方だ。」
かけるは歩きだした。
「苦しくて、生きるのが辛かった。」
サトリの横を通り過ぎ、壇上へ向かう。
「ペテン師と呼ばれるのが本当に辛かったんだ。 今だってそうだ。」
まさか…
「…だけど、それ以上に守らなきゃいけないものができた。」
かけるは顔をサトリの方へ向けた。サトリはその目を見て、固まった。
踊るのか?ペテン師。
「それを守るためなら…大ウソつきにだって、なってやる。」




