ゼロ
選挙まで あと1日
「くそがぁ!!」
囚人はそう叫んで壁に拳をぶつけた。
1度自由を垣間見た囚人たちだったが、待ち伏せていた大量のポリスに阻まれ、あっという間に牢獄へ閉じ込められてしまったのだった。
そして肝心のかけるはというと、同室の囚人と共に見事脱獄に成功していた。
「ペテン師が、俺らを利用しやがったんだ!」
「あの野郎…次に会ったら半殺しだ」
「絶対許さねえぞ…」
牢獄のあちらこちらから、かけるに対する憎しみの声が漏れている。 希望を抱かされたあげく、利用されたのだ。彼らの怒りは最高潮に達していた。
「ペテン師ィ…!!」
ぶるっとかけるは身震いをした。 背中に悪寒がはしったのだ。
「囚人の奴ら、こりゃ相当お怒りだな。」
かけるは他人事のようにつぶやいた。
かけるはある場所に向かって歩いていた。既に囚人服は着替えており、お腹の710の囚人番号は無い。
…牢獄を抜け出して、何日か経った。王、サトリはどうやら俺が捕まったことは公にはしていないらしい。 恐らく、明日の選挙に支障を出させないためだろう。今回ばかりは、本当に助かった。
街は、選挙一色だった。あちらこちらでサトリとかけるのポスターが貼ってある。
サトリのポスターのキャッチフレーズが、『元王にしてベッドタウンの創生者』に対し、かけるのキャッチフレーズは、『誰もを欺くペテン師』だった。
「おいおい…」
かけるは呆れたように言った。
「誰がデザインしたんだこのポスター、応援する気ねえだろ…」
しかし、状況が悪いのは変わらなかった。
このままじゃ、俺が負けるのは確実だ。このポスターからも分かるが、俺のイメージはあまりよくない。この4ヶ月でできることはしてきたが…今日もし失敗すれば…負ける…なあ。
かけるは深いため息をついた。そして、最後の希望を託すべく、その場所へ向かった。
「さあ!!今年もやってきたあ!ドキドキ!?ワクワク!?ハラハラ!?ガチンコ!カーチェイスの開幕だあ!」
実況がそう叫ぶと、観客がドッと湧き上がった。
かけるがやってきたのは、ベッドタウンで年に1度開催されるビッグイベント、カーチェイスだった。観客の動員数は万を超え、中継で得る視聴率は50%を超える。この大会で賭け金が莫大なのは言うまでもなく、まさに夏の風物詩ともいえる大会だ。
そんなカーチェイスに、かけるは去年参加し、見事優勝を果たした。
「今年の優勝者は…ナンバー35、ジン選手だあ!!」
汗を輝かせながら、実況は優勝者を発表した。カーチェイスが終わっても、スタジアムの熱気がおさまることは無かった。
その様子を見ると、かけるは意を決してスタジアムに飛び込んだ。
すると、それに気づいた観客たちがざわめき始めた。
「おい、あれ見ろよ!」
「誰だ?あいつ」
「乱入か?」
実況の男も会場の違和感に気づき、思わず振り向いた。
そこに立っていたのは、白髪の少年、かけるだった。実況の男はかけるを見るたび、かけよって言った。
「おおっ!!皆さん!予想外のスペシャルゲストが来てくれましたよぉ!!」
相変わらずの暑苦しさに、かけるは思わずのけぞった。
「うお…おい…」
「そう!去年のカーチェイス覇者にして…明日の超超ビックイベントのド主役!! ペテン師かけるだあー!!」
あっつ苦しいー!! 暑苦しすぎだろこいつ!近くに寄るな!この発熱材め!
とは言わず、かけるは苦笑いでマイクを受け取った。
「えっと、どうも、かけるです。あの…今日は皆さんにお願いがあって来ました。」
かけるはマイクを握りしめた。
「俺に…!投票してください!お願いします!」
かけるは勢い良く頭を下げた。すると今まで盛り上がっていた会場が、一気に静まりかえった。
かけるは頭を下げたまま、唇を噛み締めた。
人は皆、裏切り者なんだ。
…
違うわ、かける。
なにが違うんだよ!何度信じても裏切るじゃないか!
そうだ、ペテン師かける。
信じていいのは自分だけだ。他人なんて、ただの飾りだ。
皆、お前を裏切るのさ。
「う…うるせえよ…!」
誰かが、そう言った。
「お前なんか…誰が信じるかよ…!」
「そうだ…もう信用ねえんだよ…!」
ポツリポツリと、罵声が聞こえてくる。
「このペテン師が…!」
「ペテン師!」「ペテン師!」「ペテン師!」「ペテン師!」
かけるは、自分の感情を抑え込むように歯を食いしばった。
ほらな、やっぱり。
俺はずっと、ペテン師のままなんだ。
一生俺は…
『黙ってください!!!』
突然の叫び声に、会場は再び静まりかえった。発声源は、放送室だった。
「ちょっと…!君…!困るよ!」
「邪魔しないでください!」
その赤髪の少女の鋭い目に、男は思わずたじろく。
「言うの?ココちゃん?」
隣で、マリがそう言った。
するとココは険しい表情で答えた。
「…うん。」
でも、失敗するかもしれない。
またかけるの迷惑になるかもしれない。
だけど、私が私でいる限り、絶対進むしかないの!!
「皆さんはペテン師がきらいですか…!」
ココは、言った。
「じゃあ知ってるんですか…!? どうしてペテン師が人を助けるんですか!? どうしてペテン師が人の借金をせおうんですか!? どうして人質のために…腎臓を…賭けるんですか…?」
その声は震えていた。そして目は涙でいっぱいだった。
「ココ…お前…」
かけるはただ呆然と立ちつくしていた。
ココは涙を拭いた。そして勢い良く息を吸い込んだ。
「あいつが皆さんを傷つけましたか!?不幸にしましたか!? …教えてください! どうしてペテン師と呼ぶんですか!? あいつの名前はペテン師じゃない! あいつの名前は…かけるです…!」
しん、と静けさが会場を包む。
誰かが、口火をきった。
「そ…そんなこと信じられるか!」
「そうだ!ペテン師はペテン師だ!」
かけるの耳に、そんな声ばかりが聞こえた。
人は皆、裏切り者なんだ。
…
かける、どこを見ているの?
どこって…
ちゃんと見て。かける。あなたがもっているのは嫌われた名前だけ?
「ちょっとあんた、黙りなさいよ。」
「そうだ、何も知らないくせに!」
「俺、ペテン師に助けられたんだ!」
「私も、彼に感謝してるの!」
「俺もだ!」
「私もよ!」
「頑張れよ!かける!」
「俺、お前に投票するからな!」
「負けんなよ!」
「かける!」 「かける!」「かける!」 「かける!」
静まっていたスタジアムが、一気に盛り上がる。罵声は、あっという間にかき消されてしまった。
「なんだよ…これ…」
かけるは瞬きをするのも、息をするのも忘れていた。 世界の色が、変わった気がした。
「かけるー!」
聞き覚えのある声に、かけるは振り返る。 ココとマリが、こちらに走ってきていた。
迷わないで。かける。
あなたがペテン師だろうがなんだろうが関係ない。
あなたはかける。
そして、その名を呼んでくれる人がいる。
そうでしょう?
……ああ…
ちゃんと、聴くのよ。
…うん。
…じゃあ、そろそろさよならね。
…え…
聴いて。かける…
まって!まってよ!俺まだ何も…!真由美さんに何一つ…!
しっかり守れよ!かける…!
真由美さん…!まっ…
ハッ、とかけるは我にかえった。
周りからはなりやむことない歓声。 目線の先には走ってくるココとマリがいた。
「すごいよかける!皆応援してくれてる!」
「かける、人気者!」
そう言いながらココとマリが駆け寄ると、かけるは2人を抱きしめた。
ココは困惑と恥じらいが入り混じったような表情を浮かべた。
「…かける…?」
「ごめん…少しこのままにさせてくれ。 俺、今ひどい顔なんだ。」
かけるがそう言うとココはくすっ、と笑い、
「ほんと、不器用なんだから。」
とつぶやいた。
かけると直接会ったのは何ヶ月ぶりだろう。 かけると話したのは何ヶ月ぶりだろう。かけるとこうして触れ合っていられるのは… あと、どのくらいだろう。
「…じゃない。」
ココは言った。
「もう選挙なんてやらなくていいじゃない。3人そろって、家に帰っちゃ…だめなの…?」
言ってしまった。 言ったらダメって分かってたのに、つい心の声が漏れてしまった。
かけるはゆっくりと2人から手を離した。その表情は明るいとは言い難かったが、決意に満ちている。
「ごめんな。ココ、マリ。」
「……」
「あいつさ、俺にそっくりなんだ。」
「……知ってるし。」
「まあ…見た目もそうだけど…」
「……?」
「あいつを止めるのは、俺なんだ。」
「…」
「…」
「すぐ戻ってくるでしょ?」
「何言ってんだよ、選挙が終わればすぐ帰るに決まってんだろ?」
かけるはそう言って笑った。
「そう…だよね」
「ああ。ま、のんびり待っててくれ。」
「じゃあな。」
「じゃあ…な。」
かけるが2人の横を通り過ぎた。ふわりと服が揺れる。
ココは振り返らなかった。 じっとして、下を向いていた。
「あ、そうだ。」
かけるが思い出したように言った。
「今度、海行くか。」
かけるはたぶん、笑っていた。
ココが思わず振り返ると、もうそこにかけるはいなかった。
ただ、蝉の鳴き声のような観客の声だけが、耳に残っていた。
「やっと来たか、ペテン師。」
サトリは言った。
「途中はヒヤヒヤしたぞ。監獄なんかにぶち込まれやがって。けどまあ、最後は良かったなあ。 赤髪の女様々ってわけだ。」
かけるは立ち止まり、サトリを睨みつけた。
「観てたのか。」
「もちろんさ。」
「随分余裕だな。」
「そうかな?」
「そうさ。」
「ハハッ、まあいい。早速始めようじゃないか!」
サトリは両手をいっぱいに広げた。王宮屋上からの景色は壮観だった。
「この国を賭けた、最初で最後のゲームを!!」




