収束
「かけるっち…」
警察服を身にまとったフィアは言った。
「……なんだ?」
かけるは一拍おいて返事をした。
かけるの服装はいつもとは少し違っていた。首から足まで続く黄ばんだ白に、腹部には、囚人番号だろうか、「710」とかいてある。そして手にはしっかりと錠がかけられていた。
「メガロポリスが囚人に話しかけるなんて、変な話だよ。」
「かけるっち…なに考えてんの…?」
「…え?」
フィアの顔は、少しゆがんでいた。
「もうすぐ選挙なんだよ? なんで捕まってんのよ…!」
「……」
「ゲームから逃げるの!?」
「……」
フィアがかけるを問い詰めても、かけるは黙ったままだった。そして、かけるは答えることなくその扉をくぐった。
扉の中は薄暗く、淀んだ空気が漂っている。
「かけるっち…!」
フィアがかけるを追おうとすると、そばにいたポリスの男が道を塞いだ。
「フィア様、ここから先は我々が。」
ギイイイと、不気味な音をたててゆっくりと扉が閉まっていく。
「かけるっち…!」
フィアがそう叫ぶと、それまで背中を向けていたかけるが、半分だけ振り向いた。
「悪いな。」
「…!」
バタンという鈍い音と共に、牢獄の扉はついに沈黙したのだった。
「おい!あれ…」
「おいおい…まさか…」
牢獄の中がざわつき始めた。その原因はもちろん、ポリスに連れられた少年だった。 やがて、ざわつきは嘲笑へと変わっていく。
「ペテン師だァ!!」
「ギャハハハ!捕まってんじゃねえか!バァカ!」
「ポリスさぁん、今すぐそいつ、公開処刑した方がいいんじゃないっすかぁ!?」
「ギャッハッハ!傑作だなァ!ペテン師さんよぉ!」
さすがのかけるも、この罵声には顔を曇らせた。 付き添っていたポリスも苛立ち始め、早く歩けと言わんばかりにかけるを突き飛ばした。
かけるを牢屋に入れ、鍵をかけると、ポリスは去って行った。
やれやれ、とかけるはため息をついた。しかし息をつくのも束の間、後ろから声が聞こえた。
「て…!てめえは…!」
かけるが振り向くと、そこには2人の男がいた。どうやら、同じ部屋らしい。
「な!なんでペテン師がここに…!」
小太りの男は、明らかに動揺していた。
「なんでって…捕まったからに決まってんじゃねえか。」
かけるがそう言うと、小太りの男の横に立っていた男が口を開いた。痩せていて、背は高い。
「かけるさん…っすよね?」
その言葉に、かけるは少し驚いた。まさかこの場所で「ペテン師」以外の名で呼ばれるとは思ってもいなかったからだ。
「俺たちのこと、覚えてるっすか?」
え?とかけるは最初キョトンとしていたが、すぐに彼らが誰か分かった。
「ジャム…兄弟…ココをさらった…!」
「思い出してくれたみたいっすね」
2人は、かけるがココと初めて出会った直後、ココをさらった犯人だった。彼ら兄弟はかけるとのゲームに負けた後、人質を賭けた罪に問われ、牢獄行きへとなっていたのだ。
「お前ら…捕まってたのか…」
「そういうてめえも同じじゃねえか」
小太りの男、ジャムは言った。
「あ、確かにそうだ。」
かけるは目線をあげて思い出したように言った。
「なんか緊張感無いっすね…かけるさん…」
「そうか?」
「そうっすよ…」
「うーん…そうだなー…」
かけるは少し考える素振りをみせた。
「そうだ!せっかくの再会だし…」
その発言は2人の男にとって予想外なものだった。
「また俺と…賭けをしないか?」
選挙まで、残り7日
「あと7日…」
王、サトリは不機嫌そうにつぶやいた。
「いかがなさいますか?サトリ様。特別にペテン師を解放することも可能ですが…。」
「そんなことしてたまるか!」
サトリは怒鳴りつけた。
「そんなことをしたら、ゲームの価値が落ちる。そんなことも分からないのか!」
「申し訳ございません、サトリ様。」
いつもは冷静沈着なユークも、今回ばかりは少しばかりの畏怖をおぼえていた。
それほど、サトリは焦っていた。
「くそっ…!こうなれば…!」
サトリは立ち上がったかとおもうと、上着に着ていた分厚いコートを脱ぎ捨てた。
「な…!何を…!サトリ様!」
ユークが声を掛けるが、サトリは止まらなかった。王宮を出て、ある場所へ向かった。 そう、かけるのいる牢獄だ。
「何が目的なのか…聞いてやる… 別の手段をとって、脅してもいい。 」
どっちにしろ、俺の腹の虫は収まらんぞ…ペテン師…
ドカン! と勢いよく牢獄の扉が開いた。
扉を蹴とばし、サトリがズカズカと入ってくる。
「ひいぃぃ!」
悲鳴をあげたのは、監視役のポリスだった。 ポリスは地べたに這いつくばり、目を白黒させながらサトリを見ている。
サトリははじめ、自分の存在に怯えているのかと思っていた。 しかし、辺りを見回した瞬間、それは違うと確信した。
目の前の光景に、サトリは目を疑った。
「なぜ…」
唖然として、サトリは言った。
「何故、囚人が誰も居ないんだ…!」
1時間前
「かけるさん…?」
細身の男が言った。
すると、かけるは鍵がかかったドアノブを見つめながら言った。
「そろそろ…か。」
その時だった。
ガチャリと心地よい音がなったかと思うと、かけるはなんのためらいもなく扉に圧力をかけ、外へ出て行った。
もちろん、他の囚人もすぐに異変に気づいた。
「おい…あいつなんで出てるんだ…?」 「あれ…ペテン師じゃないか?」
牢獄の中が徐々にざわつき始めた。
かけるはタイミングを見計らうと、大きく息を吸いこんだ。
「お前らァ!!」
牢獄内のざわめきが、ピタリとやんだ。
絶妙な間を挟み、かけるは続けた。
「何で俺が外に出ているのか、分からないだろう?」
かけるは薄い笑みを頬に浮かべていた。
「俺なら、お前らを外に出してやれる。」
かけるがそう言った時、再びざわめきがおきた。
「言っとくが、希望を聞く気はないんでよろしく!!」
かけるはそう言うと、右手を高々と持ち上げ、パチンと指をならした。
その瞬間、全ての囚人を閉じ込めていた鍵が、爽快な音と共に開いた。
最初囚人たちは目の前で起きたあり得ない出来事にたじろいていた。しかし、誰かがその沈黙を破った途端、何かが吹っ切れたかのように囚人たちが飛び出てきた。 囚人達は皆興奮し、自分の自由を喜んだ。腕を突きあげる者もいれば、雄叫びをあげる者もいる。
かけるは彼らに負けないように叫んだ。
「あっちの扉があいてる!皆!これで俺たちは自由だ!!」
囚人たちは迷いなく、かけるの示した扉に突進した。扉は力なく開くと、大勢の囚人たちを吐き出した。
その様子をかけるは見おさめると、まだ動いていなかった2人の男に話しかけた。かけるの目線の先にいたのは、ジャムとその弟だった。
かけるはニヤリと笑うと、言った。
「ゲーム、スタートだ。」
誰もいない牢獄を前にしたサトリは、呆然と立ち尽くしていた。
何人の囚人がいただろうか。 王の座に就いてから、少しずつ増えていた犯罪者。やむなく拡大したこの牢獄。 希望を失った囚人たちの目…。 その全てが、今目の前から消え去っている。まるで、最初から何も無かったと言わんばかりに、ただ静けさだけが広がっている。
静寂を破ったのは、彼の秘書だった。
「サトリ様!大変です!!」
「ああ。大変だな。」
サトリは報告の内容を悟っているかのような態度をとった。 しかし、実際は違った。 現実は、常に予想外の連続だったのだ。
「たった今…ポリス達が大量の脱獄者を捕らえたとの連絡が…!」
「……!!?」
「実は、一般の方からの情報が届いておりまして…最近、囚人が3番ゲートで何やら企んでいると… 警戒していたところ、案の定囚人が出てきまして…!」
「…まて!」
サトリはたまらずユークの報告をさえぎった。
「囚人を全員捕らえたのか…?あんなにいたんだぞ?」
「今確認中ですが…ほぼ全員といって間違いありません。 一網打尽といったようなものだったそうなので…。」
「なんだ…と…。」
「ポリス達の報告によれば、応援要請があったので行ってみたところ、3番ゲートから突然囚人が…とのことです。 このような偶然が重なったため、無事確保できたのではないかと…」
…ありえない。
サトリは拳を握った。
そんな偶然…重なるわけが無い。
その時、サトリの脳裏にふとある少年の顔が浮かんだ。
「そうだ…!あいつは…!」
サトリは思わず辺りを見回した。
「ペテン師は…今どこにいるんだ…?」
「…それが…」
ユークは決まりが悪そうに下を向くと、恐る恐る言った。
「…ペテン師とあと何人かの消息は…未だつかめておりません…。」
タタン、と軽快にキーボードを叩いたのは、フードをかぶった若い男だった。
彼はふう、と息を吐くと、フードをとった。
「集中モードお〜わりっと。」
薄暗い店内で、男は1人伸びをした。今日も客足が少ないその情報屋は、隠れ家には最適だった。
「それにしても、かけるくんも結構鬼だよねえ〜」
不満の言葉とは裏腹に、その表情はどこか満足そうだ。
「ま、いい暇つぶしになったよ。」
情報屋のインフォは、あの日のことを思い出した。
「インフォに一つ…頼みがあるんだけどさ…」
ふふ、とインフォは笑った。
「まさか3ヶ月の期限つきで、牢獄セキュリティにハッキング…なんてね。」




