月の光と宣言者
ギイ、と重く錆びついた扉が音をたてて開いた。
王が扉をくぐったのを確認すると、側に仕えていた男は一礼して再び扉を閉じたのだった。
「何度来ても、ここの空気は気分の良いものではないな。」
サトリはそうつぶやいた。
サトリが来ていたのは、王宮から約1キロほど離れた場所に位置する、巨大な監獄だった。犯罪者はもちろん、イカサマが発覚した者もここに収容されているため、ベッドタウンの犯罪者はほとんどここにいることになる。
サトリは囚人を眺めながらゆっくりと歩いた。そしてあてつけるかのように言った。
「凶悪犯の皆、君たちは一体どうしてここにいる?」
ガン、と壁を叩く音が所々から聞こえてくる。
「ペテン師のせいだ、と言う者がどれくらいいるのかな…?」
そう言うと、ある男の方に目線を向けた。男は丸々とした体型をしていた。
「君もこの前、ペテン師に爆弾のゲームで負けたんだよね?」
サトリはそう尋ねたが、男は口をつむいだままだ。喋らないと判断したサトリは目線を戻した。
「さて、今日は俺に挑む者はいないのか!?ハハ、勝てば自由だぞ?」
サトリは笑い声をあげながら言った。しかし、誰も反応を示すことはなかった。彼らは知っていた。サトリに勝負を挑んだ者の末路を。そもそも、サトリに勝てる者などいなかったのだ。
「さあ! …花火師のヒューマくんはどうだい? …ああそうだ!君は…?」
そう言ってサトリが立ち止まったのは、割れたメガネをかけた男の前だった。
「…ケイジくん。」
「……」
ケイジは黙ったままだった。
「無視かい?全く…いったい誰が君の命を助けたと思っているんだい?」
「……ち…がう…」
手足を縛られ、弱りきったケイジはかすれ声で言った。
「あれから、君は俺の期待通りに動いてくれた。いや、期待以上だ。 オネストなんていう組織までつくって… ハハ、だが、結局はペテン師に負けるのか。」
「だ… だまれ…!あんたが…! あんたが悪いんだ!」
ケイジは狂ったように身をよじらせた。鎖がこすれる音がした。
「ハハハ!滑稽だな!」
サトリはそう言うと、ケイジに近づいた。そしてケイジの髪をつかむと、ぐいと引っ張りあげて言った。
「負け犬の役目は終いだ。お前はここで、その穴だらけの目に焼きつけておけ。そしてちっぽけな脳に刻め。揺れる世界を。踊る未来を…!」
「あ…あ…!」
サトリはケイジを突き飛ばすと、出口に向かって歩きだした。
「ようやくこの時がきたんだ誰も…誰も俺の邪魔をするなよ…。」
出口の側には、ユークが姿勢を正して待っていた。
「サトリ様、回線の準備が完了しました。」
サトリはユークの報告を聞くと、笑い声をあげた。
「さあ…ショータイムの始まりだ…!」
サトリの笑い声が、暗い監獄に響き渡った。
一方その頃、ゲームセンターのクレーンゲームに没頭していたのは、犬の姿をしたアレクだった。彼はかけるに頼まれた通り、マリのおもりをしていた。マリがあまりにつまらなさそうにしていたので、ゲームセンターで気分転換させようと思ったのだ。
「もうちょっと…もうちょっと…」
頼りないクレーンゲームのアームは、ゆらゆらと揺れながら取り出しぐちの方へ向かう。 しかし、ぬいぐるみが落ちたのはその穴の手前だった。
「あああ!!おっしぃーー!!」
アレクは頭を抱えて悔しがった。
くっそぉ〜…もう20回目だぞ?なんで取れないんだよ〜! このアーム、力弱すぎるだろ!もっとがっしり掴みやがれ!そんなんだからいつまで経っても女の子のハートがつかめねえんだよ!
アレクはクレーンゲームのボタンを勢いよく叩いた。
「ねえマリちゃん!これ絶対ぼったくりだよね?俺っち、店員に… ってあれ?マリちゃん?」
さっきまでいたマリはそこにはいなかった。アレクはきょろきょろと辺りを見回した。すると、向こうの方からマリがてくてくと歩いて来るのが見えた。
「あ、マリちゃん、どこいってたの?」
「…そこのクレーンゲーム…」
そう言ったマリの手元には、一つ目ウサギのぬいぐるみがあった。それはマリがアレクに頼んだ品そのものであり、アレクが20回やって取れなかった品だ。
「ま…マリちゃん…!どうしたのそれ!?」
「…とった。」
「ええ!? だって、マリちゃんお金無いんじゃ…!?」
「さっき、100円拾った。」
「えええ!?じゃあ、一回でそのぬいぐるみ取ったってこと!?」
「…うん。」
マリはこくりと頷いたあと、アレクに尋ねた。
「犬は…とれた?」
「お、俺っちは…その…」
きまりのわるそうなアレクの表情を見ると、マリは言った。
「ほんと…ださい」
「おふぅ!」
アレクの心に、その言葉が刺さった。しかし、アレクの反応は以前とは少し違った。
「くっ…!だが…美少女に罵られるのも悪くない…ぜ!」
アレクがそう言って顔をあげると、もうマリはそこにはいなかった。マリはちょうど店を出るところだった。
「ま、まってよ!マリちゃん!」
アレクは半泣きになりながら、マリのあとを追いかけた。
アレクが自動ドアを通り抜けた時だった。突然、街じゅうのモニターがある1人の男を映した。その男は、相変わらずの不気味な笑顔を浮かべ、こう言った。
「 こんにちは。国民の皆さん。」
アレクはそのモニターを見たとき、驚きの表情をみせた。
「サトリ様… どうしたんだ…?」
「今日は皆さんに、重大なお知らせがあります。」
アレクの問いも、モニターのサトリには届くはずもない。
「今日をもって…国王、サトリは… 王の座を手放すことに決めました。」
サトリはそう言った。
一瞬、街全体が凍りつくような静けさに襲われた。
「そこで99日後、選挙を行います。国民の皆さんには投票をしてもらいます。出馬するのは2人のみ。1人目はわたくし、サトリです。そしてもう1人は…皆さんも一度は聞いたことがあるでしょう、ペテン師と名高いかけるくんです。」
先ほどの静けさから一転、街は一斉にざわめき始めた。誰もが、突然の宣言に困惑した。
「おい…どうなってんだ… 俺っち…何も聞いてねえぞ…」
困惑していたのは、メガロポリスのアレクも同じだった。国民の戸惑いを無視するかのように、サトリは続けて言った。
「投票方法は、後ほど投票用の機器を配布し、当日に投票してもらいます。場所は王宮で行いますが、現地で投票しても、自宅で投票しても構いません。では、4ヶ月後に。」
サトリは最後に不敵な笑みを浮かべると、モニターから姿を消した。 モニターは普段通りの映像を流し始め、束の間の緊張感は緩和されていった。
あとでサトリ様に事情を伺おう。
とアレクは心の中でつぶやくと、周りを見渡した。その時、アレクは大変なことに気づいた。
「マリちゃんが…いない…」
恐らくモニターに夢中になっている間にいなくなったのだろう。 アレクは眉間にしわを寄せると、マリの名を呼びながら歩き始めた。
「やあ!久しぶりじゃないか!かけるくん!」
フードをかぶった若い男は、店に訪れた客を見て声を弾ませた。
「よお。」
白髪の客は、軽く手を上げてこたえた。
かけるが訪れていたのは、情報屋だった。この男、インフォとは過去にも一度訪れたことがあり、それ以前にも何度か面識はあった。
「聞いたよ!かけるくん!君、選挙するんだって? 街は大騒ぎさ!」
「ああ、どうやらそうみたいだな。」
「他人事かい?街では早速、どちらが勝つかをメインにした賭けも始まってるってのに。」
「そう言われてもな…」
かけるはそう言って頭をかいた。 インフォはかけるの顔を覗き込む。
「なにしたんだよ…?」
インフォがそう尋ねると、かけるは全てを話した。ココが失踪したこと、犯人は王だったこと、ゲームに負けたこと、そして、今やらなければならないこと…。
「ええ!?王様とゲーム!?負けた!?」
インフォは大げさとも思えるほど驚いていた。
「確かに、王がめちゃくちゃ強いってことは情報ではちょくちょく耳にするけど…」
「負けたよ。そのせいで、やることが増えた。」
「それが選挙って訳かい…。」
「それもそうだが、お前に会いにきたのはそれが目的じゃない。」
「え?そうなの?」
「さっきも言ったろ?とりあえずココを探すのが最優先だ。 月光刀の情報が欲しい。」
「ああ、そうなの。 月光刀かあ…まあこの前よりは情報は揃ってるけど…やっぱりレア度が他の物とは桁違いだよ。」
「あるだけでいいよ。」
「はいはい。 じゃあ、いくよ…?」
インフォはカタカタとパソコンをいじり始めた。インフォの、機械に対する知識は相当のものである。ゲーム攻略からハッキングまで、これほど情報を持っている人間はこの街にはいないといえるほどだ。 かけるはそれをよく知っていた。今から2年半前のかけるにとって、インフォとの出会いは必要不可欠だったといってもおかしくはなかった。
「あったよ。」
インフォは言った。
「心して聞いてくれよ。月光刀はね…」
「月光刀は…?」
一瞬の静寂が部屋を包む。 かけるは思わず唾を飲んだ。
「月光刀は…足が生えているらしい!」
「……」
「……」
「…お前、ふざけてんのか?」
かけるが真顔で言うと、インフォはいやいや、と首を横にふった。
「ほ、ほんとなんだって!月光刀はね、独りで逃げ回るらしいんだ! それで足さ!」
「独りで逃げ回る…」
かけるは頭をくしゃくしゃにかいた。
「まあ…今日は帰るよ。 また来るわ。」
かけるは心をきりかえたように言った。
「そうかい? ま、できるだけ情報を集めておくよ。」
「分かった。 あ、そうだ…」
かけるは思い出したように言った。
「インフォに一つ…頼みがあるんだけどさ…」
かけるはそう言って、頬を緩めたのだった。
店を出たかけるは夜空を見上げながら歩いていた。丸い月が明るく照らされている。
月光刀…か。 分かっていることといえば… 月の光を反射する… 足が生える…? くらいだ。 …情報が少なすぎる。これじゃ見つけられるわけがない。
かけるは思わずため息をついた。
かけるは再び月を眺めた。 兎の餅つきと呼ばれる月の模様を見ていると、なぜだか一つ目ウサギが思い出された。
その時、かけるはふと思った。
そういや、月光刀は月の光に反射するんだよな… じゃあなんで誰も、その光を見ていないんだ…?
かけるは脳内で、あらゆる可能性を模索し始めた。 そして、ある仮定を思いついた。 しかしそれは、証拠が不十分すぎて、仮定というよりはもはや妄想だった。
「そんなわけないか…」
かけるはそうつぶやくと、月の光のもとを再び歩き始めた。
選挙まで あと97日




