ハイドメモリー
「マスターは、私に務めさせていただきます。」
奥の方から、女性の声が聞こえた。一切の隙も見せない歩き方でこちらに近づいてくる。
「ユーク、いたのか。」
王は言った。 女性ははきはきとした声で返事をした。
「はい。サトリ様の護衛は私の仕事ですから。」
ハハ、と王は軽く笑った。
「相変わらずだな、ユークは。そんなに畏まらなくてもいいと言ったはずだぞ?」
とんでもない、と彼女はかぶりを振った。
かけるはそんなやり取りに割り込むようにして尋ねた。
「おいサトリ、こいつがマスターになることはお前にとって有利じゃないのか?」
「貴様!サトリ様に向かってなんだその口の利き方は!この無礼者が!」
ユークはかけるに怒鳴り散らした。 まあまて、とサトリは彼女を落ち着かせ、答えた。
「確かにこいつはメガロポリス、俺の部下だ。だが、彼女の性格がどれほど厳格かは、今お前自身の目で見ただろう?」
「…」
かけるは何も言わなかったが、実際のところ何も異論は無かった。
「それとも、お前が今からマスターを連れて来てくれるのか?」
「いや、そこの彼女でいい。」
かけるが承諾すると、ユークはテーブルに一歩近づき、かけるを睨みつけた。王に対する態度が、よほど気に入らないらしい。
「では、ルールを説明します。」
ユークは相変わらずはきはきとした声で言った。
ゲームの内容は、実に単純なものだった。
① まず、互いにカードが2枚ずつ配布される。その2枚のカードにはそれぞれ‘協力'、‘裏切り'とかいてある。
② プレイヤーはどちらか1枚を選び、裏向きのままカードを場に出す。
③表向きにして、カードの組み合わせによりアクションが変化する。
1、互いに‘協力'カードだった場合、賭けたものを交換する。
2、互いに‘裏切り'カードだった場合、何も起こらずゲーム終了となる。
3、どちらか一方が‘裏切り'カードだった場合、裏切ったプレイヤーは賭けられたものを手に入れることができる。
サトリはココについての情報を賭け、かけるは頼み事を一つきくという権利を賭けた。
かけるは2枚のカードを眺めた。
単純に考えて俺が勝つ場合は2通り。相手が‘協力’を出して俺も‘協力’を出す。もしくは、相手が‘協力’を出して俺は‘裏切り’を出す。 つまり、サトリも俺も‘協力’を出すメリットはない。だが、だからと言って2人とも‘裏切り’を出せばゲームは終わってしまう。普通なら、勝ち目はないゲームだと思うだろう。だが…
「2人で、‘協力’しないか?」
サトリはかけるにそう問いかけた。
そう、この場合だ。互いが信じ合い、‘協力’カードを出し合えば、即解決だ。しかし、そう簡単にいかないことは分かっている。 つまりこのゲームは、いかに相手を信用させるかがキモだ。
かけるはサトリの方を見た。サトリはカードを見ている。 すると、サトリは1枚のカードを裏向きのままテーブルに置いた。そしてサトリはこう言った。
「これは‘協力’カードだ。さあ、協力し合おうじゃないか。」
突然の行動に、かけるは若干の動揺を見せた。
「そんなことを言われて、素直に協力すると思ってんのか。」
「お前がどう思うかなんて、俺の知ったことじゃない。ただ俺は、このカードが‘協力’だと言っているだけさ。」
サトリはそう言うとうっすらと笑みを浮かべた。
何が目的なんだ…?
かけるは目を逸らし、考えた。
こんなことをすれば、信用させるどころか余計疑い深くなるだけだぞ…?しかも、既に相手のカードは決まっている。俺がカードを出した瞬間決着がつくということだ。 ここはやはり慎重にいくべきか…?
ハハハ、という笑い声が響いた。
サトリだった。 かけるはサトリを睨みつける。
「…なにが可笑しい…。」
「悪いな…ハハ、余りに楽しいものでな。 こうしてペテン師とゲームができることが。」
「…そうかよ。」
「そうさ! 2年も待ったんだ!当たり前だよ!」
その発言にかけるは疑念を抱く。
「…待った……だと?」
「ああ待ったさ! なにせ…」
サトリは口角をあげた。そして唇を濡らして言った。
「… ー 君をペテン師と名付けたのは、…俺だからだよ。」
かけるは目を見開いた。どこか胃のあたりが、キリキリと痛む。
どういうことだ…
かけるの脳裏に蘇っていたのは、2年前のある日のことだった…
今から2年前
真由美が余命を告げられた数日後
白髪の少年は、ベッドタウンに来ていた。
ハア…ハア…
少年はある一つの情報を頼りにこの街へやってきた。 どんな病気も治す、不思議な薬があると聞いたのだ。 少年はある人を救うため、その薬が必要だった。
ハア…ハア…
かけると名乗るその少年は、息をきらせながらある店主に尋ねた。
「この辺に…秘薬があると聞いてきたんですが…!」
店主は少年の勢いに思わずのけぞった。
「お願いです!俺何でもします!雑用でもなんでも!だから!秘薬を…!」
「いや…うちにはないんだ…」
その言葉に、少年は肩をおとした。 諦めて店を出ようとした時だった。
「なあ坊主、俺持ってるぜ。」
そう言ったのは中年の男だった。 かけるは勢いよく振り返った。
「本当!?」
「本当だよ。たまたま手に入れたけど、使い道が無くてね。」
「お願いです!ゆずってくれませんか!?」
「いいぜ。…だが、ただで譲るわけにはいかないなあ。」
中年の男の言葉に、かけるは戸惑いを隠せなかった。かけるは一銭も持っていなかったのだ。
「俺、お金は…」
「じゃあゲームだな。」
男は言った。
「ゲーム…?」
「ああ。ここはそういう街じゃあないか。さあ、ゲームをしようぜ。」
男はニヤリと笑っていた。こんな緊迫した空気は、かけるにとって初めての経験だった。冷や汗が肌を伝い、足が少し震えるのをかけるは感じていた。かけるは相手に緊張が伝わらないよう、できるだけ声を低くして言った。
「分かった。やるよ。」
かけるは大通りを歩いていた。次の標的を鋭い目つきで探している。
かけるは一つ、気付いたことがあった。人は簡単にウソをつく、ということだ。中年の男はイカサマを仕掛けてきたうえ、全てを見透かすような態度で嘘をついた。挙げ句の果てには賭けたはずの秘薬さえ持っていない。
「勝てばいいんだ…」
驚きで腰を抜かす男の表情を思い浮かべながら、かけるは次の店へと入っていった。
場所は変わり、ここは王宮のとある部屋
バタバタと走る音がしたかと思うと、勢い良く扉が開いた。扉を開いたのは、ブルドッグの姿をしたアレクだった。
「大変です!サトリ様! 街で…ある少年がカジノを荒らしているという報告が!」
退屈そうにしていた王は、突然の報告に胸を踊らせた。
「詳しく話せ、アレク。」
「はい、何やら万能の秘薬を探しているとか…」
アレクがそう言うと、サトリは首をひねった。
「万能の秘薬…?そんな昔の迷信を信じる奴がいたのか?」
「はい、なぜかは不明ですが、とにかく恐ろしく賭けが強いと、カジノにいたポリスがそう言っています。」
すると、王は考える仕草をみせた。そして突然立ち上がると、頬を緩めて言ったのだった。
「この国も、まだまだ捨てもんじゃない…か。」
「くそがあぁぁぁぁ!!」
白髪の少年は発狂した。 頭を抱え、黒目は焦点を探している。
「どいつもこいつも嘘ばっかりだ!皆、人の不幸しか望んじゃいない! …この街は腐ってるんだ…!!」
幼い頃の、黒い記憶が走馬灯のようにかけるの頭を駆け巡る。 8年ぶりのベッドタウンは、表面が整えられただけのただのハリボテだった。
かけるは立ち並ぶ店々を視界に入れた。
『万能の秘薬、入荷しました。』『期間限定商品、万能の秘薬』
そんな看板ばかりが、店に掲げられている。
さっきはこんな看板無かった…
かけるは葛藤を繰り返しながら、店に入っていったのだった…
それから3日が過ぎた。
「おい…あいつ、ペテン師だよ…」
「あいつが噂の…」
「子供のくせに、生意気なんだよ…」
「本人は心底楽しんでいるに違いないな。」
「ほんと、ふざけてるよ。」
常に周りから視線を感じた。まるで、檻の中にいるみたいだった。結局3日間で手に入ったものはお金だけ。秘薬はどこにも見つからなかった。そして俺はいつの間にか「ペテン師」と呼ばれるようになった。
かけるはうつむきながら、大通りを走る。顔をあげることなど、到底出来なかった。
もう、真由美さんにもケイジにも合わせる顔がない…。
かけるは唇を噛み締め走り続けた。かけるは逃げるようにしてベッドタウンを後にしたのだった。
かけるは花に囲まれた家を見上げた。ドアの前に来たが、開けるか迷った。ゆっくりと腕を伸ばすが、1度ためらう。
もう会わない方がいいのではないか、そんなネガティブな感情ばかりがわきあがってくる。
そしてようやく、決意するかのように勢い良くドアを開けた。部屋に行き、扉を開ける。そこには穏やかに眠る真由美の姿があった。かけるはほっとため息をついた。そしてそばにいたケイジに目を移した。
「お…おかえり…」
ケイジは少しきまりが悪いように言った。
かけるは思わず目を逸らした。その時感じたのは罪悪感のようなものだった。
その後すぐにかけるは家を出ていった。
3日間で手に入れたお金を、治療費だと言って家に置いていったのだ。
「ごめんケイジ。ごめん真由美さん。」
かけるは遠のいて行く家を尻目につぶやいた。
もう、迷惑はかけたくないんだ。
「疑問には思わなかったのか?」
サトリは、かけるにそう尋ねた。
かけるは声が出せなかった。
「突然万能の秘薬の噂が出回り、誰もが秘薬を持っているとウソをつき、お前はペテン師と呼ばれ忌み嫌われた…。」
「な……」
「おかしいとは…思わなかったのか?」
…なんで…
「誰かが…なにか大きな力がお前を押しつぶしたと…そうは思わなかったのか?」
かけるは、頭の中が真っ白になっていくのを感じた。唖然として、サトリの姿をかろうじてとらえている。
「その大きな力というのが…」
「…やめろ……」
「この俺だと、そう言っているんだ。」
「黙れ!!」
バン、とかけるは手を思いきりテーブルに叩きつけた。息は乱れ、冷静ではいられないようだった。
かけるは'裏切り'カードを握りしめた。そして、血走った目でサトリを睨みつけた。
「てめえが軽々しく名付け親を名乗るんじゃねえ…。 てめえが平然と俺の運命を決めるんじゃねえ…。」
かけるは震える手で'裏切り'カードを持ち上げた。
「覚えとけ…。俺はペテン師なんかじゃない。 …俺は…俺の名は…かけるだあぁぁ!!」
かける
かけるが今にも腕を振り下ろし、カードを出そうとした時だった。 誰かの声がかけるの中で響く。
かける、独りで歩かないで。
その透き通るような声はどこか儚く、懐かしくもある。
かける、独りで叫ばないで。
かける、誰かを憎まないで。
かける…約束したでしょ?
ハッ、とかけるは勢い良く息を吸い込んだ。 かけるの中でそう呼びかけた銀髪の女性は、あっという間に消えてしまった。
今のは…!
かけるは動きを止めた。そして、ゆっくりとカードを手元に戻した。大きく息を吐くと、1枚のカードを選び、場に出した。
ごめん…。皆。俺、見失うとこだったよ。 忘れてたんだ。もっと大切なものは、目に見えるようなことじゃない… そうだろ…? …
かけるが出したカードは、'協力'だった。
サトリは意外そうな顔でそのカードを見た。
「なぜ、'協力'にした…?」
かけるはうつむいたまま言った。
「この世には、裏切りありきでは成り立たないものがたくさんあるんだと、ある人に教えられたんだよ。」
「……それがお前の答えか…。」
「……ああ。」
悪いな、ココ。もうちょっとだけ、待っててくれ。
ハハハ、とサトリは高笑いした。
「やはり俺の見込んだ男だ!最高だよ!」
その嘲笑に、かけるは微動だにしない。
「お前に一つ、教えてあげよう。」
サトリは言った。
「人は何故、絶望するのか…」
それを合図にしたかのように、マスターであるユークはカードを表にかえした。
'裏切り'の文字が、かけるの目にとびこむ。
サトリは口角をつりあげて言った。
「それでも人は、裏切るからだ。」




