ペテン師と道化師
ココが消息を絶ってから6日が過ぎた。
この日と前日はベッドタウンを歩き回ったが、ココが見つかることはなかった。
くそっ…どこ行ったんだよ…ココの奴…
かけるは不安と苛立ちが入り混じったような表情を浮かべながら、マシュマロにかぶりついた。
家の中には、なんともいえない静けさが広がっていた。 ムードメーカーともいえるココがいなくなったのだ。いつもの灯りが、暗く見えるのも仕方がないことだった。
マリはぐったりと横たわっていた。 この一週間で、マリは相当元気がなくなった。
「頭痛い…」
そう言ったのはマリだった。
「…病院行くか?」
かけるはそう尋ねたが、マリは顔をうずめて言った。
「いい。 それより、ココちゃん探す。」
その言葉を聞いて、かけるは思わずため息をついた。 マリは、続けて言った。
「明日はどこ行くの?」
「それなんだが…」
かけるはマシュマロを食べるのを止めて言った。
「明日は王宮に行こうと思ってる。」
「王宮? …なんで?」
マリが尋ねると、かけるは頭をかいた。
「ええと、遊園地に行った日、覚えてるよな?」
「 うん。」
「俺がお前らと別れた後、犬がなんか言ってなかったか?」
「…んー、 」
マリは記憶をたどった。既に曖昧だ。
「ああ、…なんかココちゃんに言ってたような…」
「何て言ってたか分かるか?」
マリはかぶりを振った。
「わかんない。」
「そうか…」
ベッドタウンを探してもいなかった。家にも帰ってこない。 考えられるとすれば、あの時の遊園地だ。 俺がいない時に、メガロポリスの犬に何かを言われた、もしくはされたと考えるしか…
かけるは考えを巡らせた。
まあ、とりあえず行ってみるか。
かけるは無理やり考えをまとめると、ベッドに横たわった。 なんとなく天井を眺めていると、足音が聞こえてきた。
マリ、か。
その方向に目を移すと、予想通りそこにはマリが立っていた。
「ひとり、怖い。」
そりゃそうだよな、とかけるは笑い、マリのためにスペースを開けた。
マリはそこに横たわると、安心したかのようにすぐ寝てしまった。 かけるその寝顔を見ると徐々に眠くなり、いつの間にか寝てしまったのだった。
鳥のさえずりで目を覚ました。
目覚めはあまり良くはない。
かけるはカーテンを開け、眩しさで目を細めた。 天気は快晴だ。
手短に支度を済ませると、かけるはマリを連れ、カスミソウに囲まれた家を後にした。
「たかぁい!」
マリは少し高揚して言った。
2人の目の前にそびえ立っていたのは、この街1番の高さを誇る建築物だった。
「ついたな…」
かけるは上を見上げてつぶやいた。
街の中心に位置するこの建物は、あまり王宮とは言い難い外見だった。まさに現代を象徴しているともいえる。
ココは…ここに来たのだろうか… 。 いや、行けば分かることだ。
かけるはマリの手をとると、一歩前へと足を踏み出した。 しかし、王宮は一般人がやすやすと入れるわけもなく、門番のポリスが2人を止めた。
口を開いたのは髭を生やしたポリスだった。
「お前ら、ここに何のようだ。一般人は立ち入り禁止だぞ。」
低い声で引き止められ、マリは思わず首をすくめた。
「いやあ、メガロポリスの方とお話をしたくてですね、…」
かけるは手の平を上に向けながら言った。
「はあ!?一体何を言ってるんだ君は。」
「お話だけでもさせて頂けないでしょうかね?」
食い下がるかけるに、ポリスの男は苛立ちをおぼえた。怒鳴り散らそうとかけるを睨みつけたその時だった。 建物の中からある人物が現れた。
「よお。ボーイ。」
人物とは言い難いかもしれない。なにせ、建物から現れたのは、二本足で歩くブルドッグだったからだ。
てくてくと向かってくる犬を見たポリスは、勢い良く敬礼をした。
「その2人は知り合いだ。入れてやってくれ。」
犬のアレクがそう言うと、ポリスは慌ててかけるたちに謝罪の言葉を並べ、門を開けた。
「…どうも。」
かけるはアレクに一応社交辞令を済ませた。
「よかったな、俺っちがいて。」
アレクは歩きながら言った。しかし、かけるの方は見向きもせずてくてくと王宮に向かっていく。
「んで、 何のようできた?」
その言葉にかけるは苛立ちをおぼえたが、あえて顔には出さず言った。
「それは…お前がよく知ってるんじゃないのか?アレク。」
「…」
アレクは返事をためらった。
何かを隠している、とかけるは確信した。
「俺についてこれば判る。」
アレクはそれだけ言うと、王宮の中へ足を踏み入れた。
「ここだ。」
アレクは言った。
目の前には大男が通るかのような大きな扉がある。
「あいてるから、入っていいそうだ。」
犬は腰に手を当て、そう言った。
かけるは扉に目をやった。
「マリ、お前は来るな。」
マリは驚きの表情を浮かべた。
「え、なんで?」
「いいから。 おいアレク、マリをよろしく頼むわ。」
「いや! わたしも一緒に行きたい!」
反抗するマリに、かけるは口調を変えずに言った。
「マリ。今回は言うことを聞いてくれ。たのむ。」
その真剣な目に、マリは思わずうつむいた。
かけるはそんなマリの姿を見て、頭にぽんと手を置いた後、振り向いて扉を手を添えた。
悪いな、マリ。 今日はなにか… 妙な胸さわぎがするんだ。
バタン、という音と共に、かけるの姿は消えた。
取り残されたマリはうつむいたままだった。隣に立つアレクはそんなマリを見て声をかけた。
「マリちゃあん、邪魔者もいなくなったところで、デートにでも行く!?」
気遣いと本音が入り混じったアレクの言葉だったが、結局それは墓穴を掘ることとなる。
「わたし、犬アレルギーなの。」
それは、皮肉たっぷりの嘘だった。
その幼い容姿から繰り出された言葉の暴力に、アレクは思わず膝をついたのだった。
バタン、と背後で扉が閉まる音がした。
かけるが目にしたもの。広い部屋に赤い絨毯、真ん中にポツリと置かれた高めのテーブル。 そしてなにより、最初に目に飛び込んできたのは、部屋の奥の椅子に堂々と居座る男の姿だった。
「ああ…」
若い男は声を発した。
「君が…」
かけるは男と目があった。 少しくせ毛がかった黒い髪、沈んだ瞳…
かけるは、朝鏡で見た自分の顔を一瞬思い出した。
「誰…だ?」
かけるは戸惑いながら尋ねた。
男は口角をあげた。
「この国の王…と言えば分かるか…?」
かけるは意表を突かれたように唾を飲み込んだ。
まさか…王とはな…。 王…サトリ…
かけるははっとした。
そういえばフィアが、王が月光刀を探していると言っていた…! …確か月光刀の元所有者はココのおじだったはず。 もしそれが王の耳に入ったとしたら…ココがさらわれることにも合点がいく。
かけるが考えを巡らせていると、王がゆっくりと口を開き始めた。
「…お前は…‘天才’の存在を信じるか?」
唐突な問いに、かけるは え、と声を漏らした。少しの沈黙が流れ、かけるはようやく声を発した。
「…信じない。天才なんていない…ただ他より得意なだけのことだ。」
その言葉を聞くと、王は声をあげて笑った。
「ハハ、面白いね。実に面白い。」
笑う王であったが、急に真剣な目つきへ変わる。
「だが…それでは困るね。」
その時はまだ、かけるはその言葉の真意が分からなかった。
「それで」
王は言った。
「俺に聞きたいことがあるんだろう?」
「…ああ。」
かけるは答えた。
「赤い髪の女の子が、ここに来なかったか…?」
「来たよ。」
王はあっさりと認めた。
「一週間前ぐらいか。アレクをつかって王宮に呼んだよ。」
結果は予想通りだった。しかし、かけるの中で釈然としない感情が広がる。
「じゃあ…今どこへいるのか知ってるんだな…。」
かけるが尋ねると、王はわざとらしく笑みを浮かべた。
「…さあな。」
かけるは動揺した。なぜそんな嘘をつくのか、なぜそんなあからさまな態度をとるのか分からなかったからだ。
「今頃街のどこかを歩いているのか…はたまた家へ帰っているか…はたまた…機関の牢獄に囚われているか…かな?」
「なっ…!」
「不安か?…知りたいか?」
かけるは王を睨みつけた。
「教えてやろう。」
王は言った。
「…俺にゲームで勝てば…の話だがな。」
ゲーム…だと?
唖然とするかけるに、王は近づいて行った。真ん中のテーブルに手をつくと、王は静かに笑って問いかけた。
「得意分野だろ…? ペテン師。」
ドクン、と鼓動が波をうった。かけるはちらりと王の目を見た。そこに宿っていたのは、不気味で明らかな好奇心。
こいつは…
かけるは決意を決めたかのように一歩踏み出した。テーブルのそばまで来ると、ふうと息を吐いて言った。
「全部思い通りになると思うか。この道化師が。」
ハハ、と王は笑った。
「道化師か。悪くないネーミングだ。」
ペテン師かけると道化師サトリが、一つのテーブル越しに向き合う。そしてこの瞬間、国じゅうを巻き込む闘いの火蓋が切って落とされた。
「「ゲーム開始だ。」」




