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「うっふっふっ!まさかかけるっちとデートできるなんてね!!」
フィアはそう言って腕をかけるの腕に絡ませると、大きく膨らんだ胸を押し付けた。
「うっ、おい…あんまりひっつくな…。」
かけるはどうしていいか分からず、とりあえず空を仰いだ。
「いいじゃん別にぃ〜」
それでもぐいぐい圧倒してくるフィアを、かけるは力の限り押し返した。
「もう…!やめろって…!」
かけるは、何か気をそらせないかと話題を模索した。
「お前…本当にデートが目的だったのか?」
かけるはなんとか質問を絞り出した。その付け焼き刃のような質問に、意外にもフィアは困惑した。
「いや…!そりゃそうよ…!」
「本当か?」
「……」
「違うんだな。」
かけるが問い詰めると、フィアは誤魔化すように笑った。
「ハハっ!さすがかけるっちね!」
フィアはてへっ、と舌をだした。
「…サトリって、…知ってる?」
その名前を聞くと、かけるは記憶をたどった。
「ああ、ベッドタウンの王か。」
こくり、とフィアは頷いた。
「10年前、9歳にして玉座につき、独裁政治を行うことでこの国を丸ごと変えてしまった人よ。」
フィアは先ほどのおどけた顔とは一転、真面目な表情を浮かべていた。
確かに、この国は昔から賭博が行われていたが、賭博が国の代名詞となるほど有名になったのはここ最近だ。
「私たちメガロポリスも彼に選定され、巨大な権力を行使することを許されたわ。」
「独裁政治とは聞こえが悪いな。俺は王は優秀だと思うぞ。実際、景気はいいし、経済もよくまわってる。さぞ、頭の良いお方なんだろうな。」
かけるは皮肉混じりに言った。
「んで、その王がどうした?」
かけるが尋ねると、フィアは決まりが悪いように1度ためらった。
「実は…最近、ある宝を探し回ってるの。」
「宝…?」
かけるは首を傾げた。しかし、フィアがその宝の名を発した時、かけるは思わず驚嘆の声を漏らした。
「 ー …月光刀よ。」
ー この国の王が、月光刀を探しまわっている…か。
かけるは日が落ちかけた空を眺め、ため息をついた。
1人で帰っているため、自然に考え事が多くなる。かけるはココの顔を思い浮かべた。
あー、ココに何て言えばいいんだ。死んだおじの宝っていうんだからなあ。 王にとられたなんて知ったら、あいつ王宮に殴り込みにいくぞ…? それに…なんかあいつ今日不機嫌だったし…。
面倒だ、とかけるはつぶやいた。
それと、フィアの様子も少し気になった。 フィアは、なんというか、王を恐れているというか、なんとなく避けたがっているような気がした。
かけるはフィアの言葉を思い出した。
「あの人…サトリ様はなんというか…たとえるならそう、道化師。 どれが本当の顔なのか分からない。本当の心か分からない。そんな人なの。」
「じゃあ月光刀を探してる理由も…」
かけるは尋ねたが、フィアはかぶりを振った。
「分からない。 探っても、あざ笑うかのようにはね返される。 まるで…… ピエロの遊戯みたいにね。」
愚痴みたいになっちゃったね、と笑うフィアが、かけるの頭に妙に残った。
ガタン、とドアが開いた音がした。
トクン、と胸が高鳴る。
かけるが帰ってきたんだ、とココは思った。
「お、おかえり。」
ココが言うと、かけるはふいをつかれたようにたじろいた。
「おう、ただいま。」
てっきり責められるかと思った。
とかけるは思った。かけるにとってココの反応は意外だった。ココはただいま、と言うとかけるからすぐに目をそらしたのだ。
「もう遅いし、早く寝ろよ。」
今日はたぶん、身体の具合でも悪いのだろう、とかけるは思い、ねぎらいの言葉をかけるとその場を後にした。
チッ チッ チッ
時計の針が動いている。
ハッ、とココは目を覚ました。隣ではマリがスヤスヤと寝息をたてている。
ココは顔を赤くして頭を抱えた。
なんて夢を見てるのよ私ー!! どうしてかけるの夢ばっかみてんのよ私ー!! そんでもって…なんであそこで終わっちゃうのよ! …どんな夢か忘れちゃったのに、なんかすごく損した気分…
ココは夢の続きをどうしても見たくて、何度も寝ようとするが、全て失敗に終わった。
ココは時計を見た。短い針が2あたりを指している。 ココは少しぼーっとしたあげく、外に出ることにした。
「夜のカスミソウ…」
ココは、目の前に広がる美しい風景に、思わず息をのんだ。 月の光で照らされたその花々が、初夏の風に揺られてざわめいている。
ココは花畑に適当な場所を見つけると、ゆっくりと座った。
ココは今日の出来事を思い返した。 ふと思い出したのは犬が別れ際に言った言葉だった。
アレクと名乗るその犬は、ココに向かって言った。
「もし誰かに何かを思ってるなら、伝えな。伝えなければ、意思は生まれない。伝えなければ、思いは存在出来ない。だからよ…お嬢ちゃん、真っ直ぐ生きろよ。」
…あれは、どういう意味だったのだろうか。
細かいことは聞けないまま、犬は去っていったのだった。
しばらく物思いにふけっていると、後ろから声が聞こえた。
「なにしてんだ?ココ」
「うひゃあ!?」
ココは突然声をかけられ、驚きで肩を震わせた。
「か、かける!? もう、驚かせないでよ!」
「悪い、けどココが出ていくのに気づいてさ。 …どうかしたのか?」
ココはぷいと顔を背けると、言った。
「ちょっと…眠れなくて…ね。」
「ふーん、そっか。」
かけるはそう言うと、ココの横に座った。そこからはしばらく会話はなく、カスミソウがざわめく音だけが辺りを包み込んだ。
ココはチラリとかけるの方を見た。 かけるは、コクリコクリと首を上下に動かしていた。
「寝ちゃってるし。」
ココはその様子を見て、微笑んだ。
…間抜けな顔だなあ、もう。
ココの心情は、締め付けられるような思いから一転、温かく、やわらかいものへと変わっていた。
…そういえばこの前、ゆみちゃんが亡くなってここで号泣したっけ。 かけるが泣いたのを見たのは初めてだったなあ。 私なんてしょっちゅう泣いてるのに。 男の子ってそういうものなのかな。
…あと、何回も助けられたなあ。 私はバカで本当にどうしようもない奴なのに、かけるはそれでも助けてくれた。
気付けば、そこにかけるはいてくれた。
ねえかける…私は…
ううん。大丈夫。もう、分かってる。
「かける。」
ココが声をかけると、かけるははっとして目を覚ました。
「あ、わりぃ、俺寝てたか。」
「うん、ちょっとね。」
「そうか…」
「ねえ、かける。」
なんだ?とかけるはココの方を見た。
「あれから1年とちょっとかな?」
「…ああ、もうそんぐらいか。」
「早かったね。」
「ああ、そうだな。」
かけるがそう言うと、ココは夜空を見上げた。 透き通る空気が星の輝きを際立たせている。
「かけると出会って、マリちゃんと会って、ゆみちゃんと会って… 本当に良かった。」
「…俺もだよ。」
「本当に楽しくて…こんな毎日が、この星空みたいな輝きがずっと続けばいいなって思ってる。」
ココはそう言うと、目線を下に落とした。
「一生雲がかからなきゃいいのに、って思ってる。」
かけるは、地平線を見つめるココを視界に入れながら言った。
「雲はかかるさ、雨だって降る。 …だけどまあ…その時は3人でてるてる坊主でも作ればいいさ。」
不器用な笑顔をつくるかけるを見て、ココは息を吸い込んだ。
「…かける…。」
ココは立ち上がった。そして、かけるを置いて家へと歩きだした。
「おい、戻んのか?」
かけるは振り返ってココを見た。 ココは返事をしないまま、1歩また歩いた。
「ねえ、かける…」
ココはそう言うと、くるりと体をこちらに向けた。 花なのか、ココなのか、とてもいい匂いがした。
「…好きだよ。 かける。」
月明かりがその微笑みを美しく照らした。
ココは唖然とするかけるを身収めると、おやすみ、と言い残してそそくさと家へ戻っていった。
カスミソウの花畑にポツリと1人、かけるは取り残されたのだった。
少女の思いを受け止めて。
翌朝
かけるは目をこすりながら時計を見た。 午前9時すぎくらいを指している。
かけるは顔を洗うと、鏡に映る自分を見て思った。
…気まずい…!
昨日のあれって、告白というやつだよな?愛を伝えるってやつだよな? …全然気づかなかった。 まさかココが俺のことを…
かけるははっと我にかえり、頬をつねった。
そんなことを考えるな、俺!落ち着け! 今からまた顔を合わせるんだぞ!?いちいちそんなことを考えてたら、一言も喋れなくなるじゃねえか!
かけるは再び水を顔に打ちつけ、タオルで拭くと、深呼吸で心を落ち着かせココたちの部屋へ向かった。
扉を開けると、ベッドに眠るマリが目に入った。かけるはふう、とため息をつくと、声をかけた。
「もう9時だぞ、そろそろ起きろ。」
すると、マリがだるそうに起き上がってきた。 昨日の遊園地で遊び疲れたのだろう。
マリは目をこすると、かけるに尋ねた。
「ねえ、ココちゃんは?」
かけるは黙り込んだ。確かにココがどこにも見当たらない。庭にいるのだろうか。 それともどこかへ出かけたのだろうか。
かけるは辺りを探したが、結局ココは見つからなかった。 そのうち戻ってくるだろうと思い、ベッドタウンまでは行かなかった。
しかしその日、ココが帰ってくることはなかった。
次の日も、ココは現れなかった。
次の日も、その次の日も…
ココが帰ってくることはなかった。




