メガロポリス
ー あれから、数ヶ月ほど経った。辺りはすっかり温かくなり、白い蝶が季節の移り変わりを祝うかのように舞っている。 俺たちは結局、真由美さんの家に住むことにした。最初は、真由美さんのことを思い出して辛くなるだろうからと、少し抵抗する気持ちがあったが、宿屋をまわるのは疲れがたまるし、なにより金がない。 それに、やはり真由美さんの大切な家を放っておくのも気が引ける。庭のカスミソウも、ココとマリが喜んで手入れをしてくれているし、支障はない。 俺たちは、ベッドタウンでの生活から一転、穏やかな生活を送っていた。
「ねえかける〜!」
花畑の方から、ココが走ってきた。 そういえば、月光刀を探すんだったな、とかけるはココの顔を見て思った。
「さっきマリちゃんと話してたことなんだけど、今日行きたいところがあるの!」
「へえ、どこ?」
「それはまあ、着いてからのお楽しみよ!」
「俺もいかなきゃダメか?」
「あったりまえでしょ!」
「えー…なんか、嫌な予感がするんだが…」
「気のせいよ!ま、とにかく行くわよ!」
目を輝かせるココを見て、かけるはしぶしぶ頷いた。
月光刀に関係があればいいんだが…
…と期待した俺が馬鹿だったな。
かけるの嫌な予感は的中した。
「ついに来たわぁ! 遊園地ー!」
ココは両手をいっぱいに広げた。無邪気な目が、ココの純粋さを表すように爛々と踊っている。
ゴォ、というジェットコースターの落下音と共に、悲鳴と歓声があがった。 かけるはその音を聞いて、思わず首をすくめた。
ベッドタウンで最大の規模を誇る遊園地、笠野原ハイランド。 平らをイメージさせるその名前とは裏腹に、ジェットコースターは、乗ったせいで高所恐怖症になった人が現れるほど怖いことで有名だ。
「…自慢じゃねえが、俺は遊園地において楽しめるアトラクションが限りなく少ない。もともと体を動かすのは苦手なんだ。悪いが俺は…」
「ん?なんか言った?」
マジか…こいつ…
「あ!早くしないと次のジェットコースター行っちゃうよ!」
ココはかけるの袖を引っ張った。かけるは振り払おうとしたが、力で敵うはずがなかった。
「たのむぅ…あれだけはいやだぁ…」
かけるの願いも虚しく、ジェットコースター乗り場に吸い込まれて行く。
「ココちゃん、私、身長足りないから、待っとく。」
マリは残念そうに言った。
するとかけるもここぞとばかりに言った。
「お…!俺も身長が…!」
「あんた私より大きいでしょ!」
ジェットコースターが、ギシギシと嫌な音をたててレールをゆっくりとのぼっていく。
下では、マリが羨ましそうにこちらを見ている。
かけるはカチカチと歯を鳴らした。
うああ…死ぬ…死んでしまう… この前のカーチェイスはまだしも、これはやばいよ! しかもこの永遠とも感じられる時間…! いっそ殺してくれぇー…
「うわぁ! たっかーい!」
ココが横ではしゃいでいたが、かけるにはもうツっこむ元気も、余裕も無かった。
ジェットコースターは、高さが最高点まで達すると、前の方からゆっくりとスピードをあげ始めた。
かけるはついに、死を覚悟した。
さようなら、昨日までの俺…
ジェットコースターは、叫び声のような音をあげて、急降下した。
「本当に…死ぬかと思った…」
かけるはうなだれると、疲れ果てた様子で言った。
「一生、もう一生遊園地などという場所には来たくない、いや、来るもんか。」
かけるは弱々しい声で決意を表明した。
…ジェットコースターをかろうじて生き延びた俺は、ココとマリと共に観覧車に乗った。ここでは落ち着いた時間を過ごせるだろうとたかをくくっていたが、それは違った。あの乗り物は、高度が上がっても速さは変わらなかった。あれではまるで拷問だ。俺はココたちに気付かれないよう目を閉じてなんとかやり過ごした。 続いてお化け屋敷。非科学的なものは信じない俺にとってここはたいして苦ではなかった。今度こそ大丈夫だ、と安心したのも束の間、ビビりまくったココが俺に右ストレートをお見舞いしてきたのだ。 そして終いには、回るティーカップで十分すぎるほどの遠心力を堪能した。 周りの人の視線が痛かったのをココとマリは気付いていただろうか。
かけるは前ではしゃぐ2人を見て、深いため息をついた。
「ねえねえ、次どこ行く?」
ココは疲れた様子もなく、今にも走り出しそうだ。
「休みたいんだが…」
「わたし、メリーゴーランド!」
マリはかけるの声を遮るようにして言った。
「よおし!行くわよ!」
「おい…聞けよ。」
ココが振り向いて走り出そうとした時だった。 ドスン、と体がぶつかる音がした。
「あっ、すみません…ん?」
ココは困惑した。なぜなら、ぶつかった人が誰か分からなかったからだ。周りを見渡しても皆知らん顔をして通り過ぎるだけだった。
「ピンク…」
声が聞こえた。ココは発声源をたどるように目を下に移した。
「いっ…!!」
ココは思わず声をもらした。それもそのはず、ココの目に映っていたのは、紛れもなく、犬だった。その犬は、2本の足で直立しており、手を顎にそえると、軽く首をひねった。
「ピンクのティーバックとは、大胆だねぇ。うん。」
「犬がしゃべっったぁぁぁ!!」
「殴ることはないでしょう…」
ブルドックの犬はそう言って顔にシワを寄せた。
「だ…だって…!誰だって初対面の人…犬にパンツ見られて、匂いまで嗅がれたら殴るわよ!」
ココは顔を真っ赤にして言った。
「ほんとに犬さんがしゃべってる…」
マリは犬に興味を示すように顔を近づけた。
犬はマリに目を移すと、ヒュウ、と口笛を鳴らした。
「おやおや、ここにも麗しきお嬢さん。」
犬は2本の短い足で華麗なステップを踏むと、前足をマリの顎に添えた。
「君との出会いに、thank you。」
無駄に良い発音で犬はセリフを決め込むと、マリの唇をペロリと舐めた。
マリは突然のことに動揺して口を手で覆い、後ずさりした。
「なぁにしてんのよ…このクソエロ犬ぅ…!」
犬の背後で、メラメラと紅い髪が逆立った。
次の瞬間、犬の頭に強烈なかかと落としが炸裂したのは、言うまでもない。
「まごとに…もうじわけあびばせんでしだ。」
たんこぶを頭に膨らませたブルドックは、そう言って膝をついた。
「つい…その…出来心でっていうか…あ、お2人があまりに可愛かったもんで…」
「言い訳はききたくありません。」
ココが犬を睨みつけると、犬はひいっ、と声をもらした。
「お前ら…その辺にしとけよ…。あんまりやると可哀想だ。」
かけるがそう言うと、ココはわかってる、と言ってそっぽを向いた。
「んで? お前何者だ?」
かけるが尋ねると、犬は鼻で笑って答えた。
「俺っち、秘密は女性にしか言わないポリシーなんだわ。男は黙って引っ込みな。」
ピキ、とかけるのこめかみに青い筋が入った。恩を仇で返すとは、まさにこのことだなとかけるは実感した。
「おーい、ココさぁーん。 この犬サンドバックにしていいぞー。」
かけるがそう言うと、縛られたブルドックがジタバタし始めた。
「ハッ!頼む!待ってくれ…! わ、分かった!言うよ!言うから!」
犬が観念するのを見て、かけるはため息をついた。
「ったく… 最初から白状しろよ。 んで、お前は一体なんだ? 何で犬なんだ?」
犬は真面目な顔をつくり、答えた。
「俺っちはもともと人間さ。 だけど、秘宝の力で姿を変えられちまった。」
「…そうなのか。」
「だが、今はそんなことはどうでもいい。実は俺っち、君たちに用があったのさ。」
「用…?」
かけるは首を傾げた。 この犬とは面識も、心当たりもなかったからだ。
…確かにあの時ココにぶつかったのは偶然ではなかった気がするが…
「あーー!見つけたぁーー!」
それは、ココでもマリでも、まして犬でもなかった。 突然聞こえてきたその声は徐々に近づき、かけるたちのもとにたどり着いた。
「んもう、探したんだよ!アレク!」
甲高い声に、大胆な胸元を大胆にあけた服を着た女性は、犬にむかって言った。
かけるは女を見たとき、目を丸くした。 彼女に見覚えがあったのだ。金髪のツインテールが特徴の彼女は、紛れもなくフィアだった。 フィアは花火大会のゲームの際にかけるを援護した、メガロポリスなのだ。
「何してんのよアレク!人探し中に迷子になってどうすんのよ!」
「いやー、それがかわいこちゃんに出会っちまってよー。」
「まったく…、 ってあれ!?あんたなんで縛られてんの!?まさかアレク、あんたまた新しい快感に目覚めたの!?」
「ふっ、そうだ…と言いたいところだが、少し違うぜ。 犯人は、こいつらだ。」
アレクが移した目線の先をたどると、そこにはかける達が気まずそうに立っていた。
「…よ、よう…。」
あー!とフィアは声をあげた。
「かけるっちじゃない! 私たち、あんたを探してたのよ!」
フィアはそう言って、かけるの手を握った。するとかけるは戸惑いながらその手を振り払った。
「お前ら…知り合いなのか…?」
「そうよ!なんてったってこの犬は…」
フィアは万年の笑みでブルドックのアレクを指した。アレクに注目が集まる。
「メガロポリスよ!」
えええ!?とかける達は感嘆の声をあげた。とくにココの反応は大きかった。
「このエロナルシスト犬が!? ベッドタウンの平和と秩序を守るメガロポリスだっていうの!?」
メガロポリスとは、いわば警察のようなもので、不正をはたらく人や店を検挙する、ベッドタウンの法律のようなものだ。 賭け事やマスターを務めるのはポリスであり、それをまとめるのがメガロポリスだ。メガロポリスは数人しかおらず、王に直接仕えることができる数少ない人材だ。 それだけ偉い人が、この場所になんと2人もそろったのだ。彼らが驚くのも無理はなかった。
「この犬がメガロポリスだったとはな。」
かけるはあきれたように言った。
「でも、メガロポリスが2人もそろって、俺らに何の用だ?」
「あ、そうそう!実はね…」
フィアは笑顔でかけるに振り向いた。
「私と、デートしてほしいの!」
一瞬、沈黙が流れた。 ココはその言葉を聞いて、頭がこんがらがるのを感じた。
「ちょちょちょ! なんでそうなるのよ! いきなりデート!?なにいってんのよ!」
ココは慌ただしく尋ねた。
「あら、悪くない話だと思うわよ?」
「あなたとデートができることがですか!?」
ココの舌がもつれそうになるのを見て、かけるも口を開いた。
「確かに、急な話だ。 悪いが俺は…」
「借金をチャラにすると言っても?」
フィアは微笑んで言った。
かけるはその言葉を聞くと、固まった。
そういえば花火大会のとき、フィアに借金してたことすっかり忘れてたぁ…!! バブルの塔で得た金はなんやかんやで無くなったし…くそっ…俺としたことが…!
「さ、どうするの?」
「うっ…仕方ない… 悪い。ココ、マリ。先帰っててくれ。」
かけるは諦めたように言った。
マリはガッカリしたようにうつむき、かけるのバカ、とぼやいた。
そしてココはかけるから目をそらして言った。
「あーあ、良かったわね!かける!美人さんとデートできて!ほら、早く行ってきなさいよ!」
「おい…俺は借金を返すために…」
「分かってますって。だからはやく、ほら、フィアさん待ってるよ。」
そう言ってココはかけるに背を向けた。
かけるは、冷たい態度をとるココに困惑しながらも、その場をフィアと共に後にした。
…なんなんだ…?あの態度…?俺、なんかしたか…?
かけるが立ち去った後、ココは気分が晴れずにいた。
あれ…なんで私、こんなにイライラしてんのよ。 別に怒ってるわけじゃない。 だけど、なんかモヤモヤする…
脳内で葛藤するココを見て、アレクは思わずぷっ、とふきだした。
わっかりやす。、この子。犬でも分かるわ。 しかし、かけるといったか、あいつ、鈍すぎるにも程があるだろ!鈍感通り越してもはや鈍器だ!
アレクはココとマリをじっと眺めた。 その目は決していやらしいことを考えている目ではなく、まぎれもなくメガロポリスとしての目だった。
…まあ、フィアのおかげで場は整ったな。
アレクはそうつぶやくと、ニヤリと笑った。




