ロイヤルストレートフラッシュ
「あいつは…化け物か…?」
バベルの塔 1階
裸の男は、そう嘆いた。
ペテン師? そんな生易しいもんじゃねえ。確かに、最初に来たメガネの男も、アホっぽい女も強かった。 だが、あいつはその比じゃねえ。なんなんだ。ありえねえ。あいつは…あいつは…
この街にいるべき人間じゃない…!
ウソ…だろ…?
ケイジは硬直した。
なぜストレートフラッシュが出てくる!?不可能だ! 僕はあらゆるイカサマの手段を把握している。 奴はそれをするどころか素振りすら見せなかった! ならどうやって!? まぐれだったのか!?
「続けるんじゃなかったのか?ケイジ。」
かけるがそう言うと、ケイジは拳を握り、かけるを睨みつけた。
「くっ…!やるさ…!」
落ち着け… あと一勝で俺の勝ちなんだ。その事実は動かない。 今のをどうやってしたかは分からないが、何度も出せるような簡単なゲームじゃない。できれば、それこそイカサマだ。 この勝負…必ず勝つ。
カードが場に出た時、ケイジは目を見開いた。
スコア 5ー3
また…ストレートフラッシュだと…!?なぜだ…! くそっ…!
狼狽するケイジは、かけるを見た。かけるは黙々とゲームをこなしている。
かけるの快進撃は、さらに続いた。
スコア 5ー5
負ける…。 このままでは、僕は負ける。
一生牢獄? 負ければ? 僕が? 負ける? 敗者?
いやだ。
いやだいやだいやだいやだいやだ
ケイジはメガネをゆっくりと外した。
そして、それを地面に落としたかと思うと、勢い良く踏みつけた。 メガネは、金切声のような音をたて、割れた。
負けるもんか。
せめて、引き分けにでも…!
ケイジは、手札をギロリと睨んだ。
その時、ココは異変に気付いた。
あっ! …今…!
ー イカサマをした!!
常人ならば気づくはずもない小さな異変だったが、ウソを見抜くココにとって、危険をおかしてイカサマをするケイジは、明らかに違った。
「かける!」
ココが叫んだが、かけるはうつむいたままだ。
「かけるってば!!」
ココが何度呼んでも、無駄だった。
そしてついに、ゲームは終わろうとしていた。
「僕が…負けてたまるかあああああ!!」
ケイジの雄叫びと共に、最後の勝負は終わりを告げた。
ケイジ側のカードは、黒いスペードに染まり、かつ数字が美しく並んでいた。
このまま、引き分けになるかに思えた。
少なくとも、ケイジはそう確信していた。
しかし、結果は違った。
ケイジは膝をついた。原因は、その目線の先にあったカードだった。
5枚のカードは、数字が10〜Aに並んでおり、ダイヤが整然と揃っていた。
それはまさしく、ロイヤルストレートフラッシュだった。
あ… あ……
うそだ…
ケイジは必死に口を動かしたが、しばらく声が出せなかった。
ウソだ! なんで! ありえない!!
こんなことが…
「…違う!」
ケイジはやっとのことで言葉を発した。
「ウソ…なんだろ? またお得意の… なあ…そうだろう?」
ケイジは息を荒くして言った。
「…そうだ、イカサマか…!イカサマだろう!? なあペテン師!! お前、やったんだろう!?」
「やってねえ。」
かけるは、低い声で答えた。
「あ!?じゃあなんだ!マグレだってのか!? 」
「マグレじゃねえ。」
「じゃあなんだってんだよ!!」
ケイジは力の限り拳を叩きつけた。
その衝撃で、場のカードが散らばった。
ケイジは、表になったかけるの山札を見た。
ケイジは、目を見開いた。
かけるのカードの数字が、順番に並んでいたのだ。さらに、マークも統一されていた。
「なんだ…これ… てめえ…いつこんな…」
「6回の勝負の間に並べた。」
なんだ…と!?
まさかこいつ…!
ケイジは、敗因を悟った。
なんとかけるは、自然に手札が揃うように、勝負をさなかに山札を操作していたのだ。
確かに、6回でカードは最大60枚操作可能だ。勝負の後に手札を山札に戻す時、意識すれば並べることはできる。
だが…!!
シャッフルもあるんだぞ?もし全てのカードを順番に並べるなら、カード1枚1枚の居場所を全て把握し、かつカードがシャッフルでどこに移動したのかを把握し、記憶し、順番に並ぶように操作しなければいけないんだぞ!?
そんな芸当が…
ー 人間に…できるのか!?
ケイジの目が、白目の中をぐるぐると泳いだ。
そんな時、思い出したのは昔の思い出だった。
かけるとポーカーをした記憶 ー
僕はずっと、かける君はイカサマをしていたかと思っていた。
僕はずっと、そう信じていた。いや、信じたかった。
そうでないと、君は僕にとって、とても遠い存在になるから。
小さい頃の僕は、難しくは考えてなかったけれど、無意識にそうおもっていたのかもしれない。
かける君、君はいつだって…
僕の憧れだったんだ。
ケイジはフッ、と笑った。
その時、別の足音が近づいてきた。
かけるとココが振り向くと、そこには、受付にいた若い男が立っていた。
「決着が…ついたようですね。」
男は言った。
「ベッドされたものは‘人生’。ケイジ様には、それを払ってもらわねばなりません。」
その言葉を合図にするかのように、屈強な男たちが、ケイジを取り囲んだ。
身動きがとれなくなったケイジは、ゆっくりと顔をあげた。
「僕が…間違っていたと…思うか?」
「…」
「ハハ……どっちにしろ…僕はもう、あの家には帰れない。」
ケイジは、一滴の涙を流した。
「姉さんに…ごめんと伝えてくれ。」
かけるは唖然とした。
ケイジの雰囲気が、昔に戻ったような気がしたからだ。
「お…い…」
声をかける間も無く、ケイジは連れ去られていってしまった。
何度か転んだせいで、膝がすりむけた。だけど、あの家はもうすぐ ー
「…ついた」
マリは扉を開けた。花のような、良い香りが飛び込んでくる。
「…あら。」
真由美はマリに気付き、か細い声をあげた。
「おかえりなさい。」
その言葉に安心したのか、マリは目を潤ませた。
「ゆみちゃん…」
マリは横たわる真由美に飛びついた。
ベッドが、キイと小さな音をたてて揺れた。
「わたし…わたし…怖かった! すごく…怖かった…!」
「はいはい、もう大丈夫よ。私がついてる。だから…もう泣かないで。」
真由美が震える手でマリの頭を撫でると、マリは顔をうずめた。
「……嫌だよう。ゆみちゃんが死んじゃうの、嫌だよう。死なないでよう…!」
「大丈夫、大丈夫だから。」
冷たい風が、少しだけ開けられた窓から吹き込んでくる。秋特有の澄んだ空気の匂いが、部屋に広がった。
「…ねえマリちゃん、あそこの日記を…とってくれる?」
マリが日記を持ってくると、真由美はありがとう、と笑った。
真由美は、何かをかこうとしていたが、手が震えてなかなかかけずにいた。
マリが、手伝うよ、と声をかけようとした時だった。
真由美は、突然涙を流し始めた。
「ゆみ…ちゃん…?」
「ねえ…マリちゃん…。 かけるに、伝えて欲しいことが…あるの。」
「かける?」
うつむくかけるに、ココは呼びかける。
しかし、かけるは反応を示さなかった。
ココは口をハの字に曲げた。
「かける!いつまでそうしてるの!ゲームは終わったわ!だけど私たちにはまだ、やることがあるでしょ!」
ココの激励で、かけるはようやく顔をあげた。
「ああ…そうだな。」
かけるのぎこちない笑顔に、ココは思わずたじろく。
「俺はもう、1人じゃないんだよな。」
「そ…そうよ! わ…私だっているんだから!」
そう言って、ココは目を泳がせた。
「優勝、おめでとうございます。」
声の主は、あの若い受付の男だった。
「これは…つまらないものですが、バブルの塔では優勝者に渡すのが恒例になっておりまして…。」
差し出されたのは、手のひらサイズの袋だった。中を見ると、粉のようなものが入っている。
「あ、ありがとうございます!」
ココは袋を受け取った。
「じゃあ行くわよ!かける! ゆみちゃんを助けなきゃ!」
「ああ。」
2人は、バブルの塔を無事抜け出すことができたのだった。
時間短縮のために、2人はトレインに乗り込んだ。
「なあ、ココ。」
かけるは、窓の外を眺めながら言った。
「なに?」
「ええと、その…」
「 なによ〜、行って御覧なさいよお。」
ココはニヤニヤしながら、かけるの顔を覗き込んだ。
「その、い…いろいろありがとな。」
「…!」
「あの時、ココが殴ってくれなかったら、俺、勝手に1人で諦めてたと思うんだ。 絶対に無理だって。 だから…ココには感謝してる。」
ガタンと、車内が揺れた。
「あ…いや…別にそんな…!」
「…? なんで顔が赤くなってんの?」
「え!?ウソ! 顔に出ちゃってる!? …じゃなくて! ええと!これはその…息を止めてたのよ!」
「そうなのか?」
「そうよ!もう!うるさいわね!」
ココは拳をかけるの前に突き出した。
「おうおう!わかったわかった! わかったから、その武器をしまえ!」
ココはぷうと頬を膨らまし、そっぽを向いた。
かけるはため息をつくと、バブルの塔で得た袋に目を移した。
… この薬で…真由美さんは治るのか…。
治ったら…そうだな、まずケイジのことだな。 全部…話さないとな。 それと…どこかへ遊びに行こう。 ココとマリも一緒に連れて。 …またトランプとかもしたいな。 たまには負けてもいいかな。 そしたら真由美さん、喜ぶかな。 いや、あの人はすぐに気付いて、怒るだろうな。 ハハ、ココかっての。 …とにかく、元気でいてくれればいいんだ。そう、俺はただ ー
「かける、着いたよ。」
ココの声で、かけるは我にかえった。
「お、おう。今行く。」
まっとけよ、真由美さん、今行くから。
ガラリ、と扉を開く音がした。
カーテンが揺れ、心地よい音を響かせる。透き通るような冷たい風と、ため息をつきたくなるような香りが、部屋を通り過ぎて、消えた。
かけるの目に最初に映ったのは、イスにちょこんと座るマリだった。 マリは扉を開ける音に反応せず、こちらに背を向けたままだ。
「よかった。無事だったか。」
かけるは安堵の息をもらした。
かけるがベッドの方に目を移すと、美しい銀髪を枕に拡げる、真由美の姿があった。 真由美は目をつむり、じっと動かない。
「寝てたか。」
かけるは言った。
「かける…」
久しぶりに聞いたマリの声に、かけるは驚いた。 その声が、震えていたからだ。
「あのね、……」
マリは半身だけ、こちらに向けた。 ようやく見えたマリの右目は、涙で溢れていた。
「ゆみちゃんがね、…」
かけるは、硬直した。 心のどこかにしまっていた、ある感情が、再びかけるを襲う。
マリの目が、かけるの目をとらえる。 ようやくしぼりだした声は、小さく、儚いものだった。
「…ウソ言って、… …ごめんね。 …って。」




