treachery
かけるが走っていく姿を見送った女は、ほほを緩めて言った。
「 あーあ、見捨てられちゃったわね、マリ。」
マリはまだうっすらと瞳に涙を浮かべながら、女の方をちらりと見た後、うつむいた。
「さあ、行くわよ。」
「いやだ。」
マリがそう言うと、女は面をくらって一瞬固まった。
「なに言ってんのよ!またお仕置きしなきゃ分からないの!?マリ!!」
「いやだ!!」
マリはくるりと進行方向を変えた。
「わたしはかけると行くの! 邪魔しないで!」
マリは走り出した。
女は最初唖然としていたが、やがて剣幕な表情で叫んだ。
「なにぼさっとしてんのよあんたたち!追うのよ!」
女の声で、男たちは慌てて走り出した。
「ハア…ハア…」
かけるは息をきらせて走る。ギリギリで乗り込んだトレインから降りたのは今から約10分前。 10分でかけるの体力はもはや限界に近づいていたが、スピードが緩まることはなかった。
なあ…
ココ。
俺、黙ってたことがあるんだ。
お前は気づいてなかったんだろうが…
お前…ウソが見抜けるんだろ?
最初はびっくりしたよ。そんなことあり得ないってな。 でもそれは違った。 やっぱりお前はウソを見抜くことが出来て、俺は少し嫉妬したよ。
おまけにお前はすぐ殴るし、自分の意見は曲げないし、自分勝手だし… ほんと、ムカつく奴だよ。
それなのに…なんでかな…
今はそれ以上に…自分にムカついてんだ。
コンクリートに、かけるの汗が落ちて、じわりと広がった。
「もう…おわりみたいだね。」
ケイジは、残りの賭布が下着だけになってしまったココに、見下すように言った。
ココは下唇を噛んだ。
なんで…なんでこの人… ウソが分からないのよ… これじゃあ、勝てっこないじゃない。どうしよう…
「君の力は素晴らしい。上手く利用すればこの街の頂点に立つことだって可能だ。 …そうだ。君、オネストに加わらないかい? 報酬ははずむよ? どうだい?」
「バカなこと…言わないで。」
「ハハ。強気だねえ。」
ケイジは大げさに笑ったあと、急に顔つきを変えて言った。
「実際、ペテン師は君をうまく扱えていないじゃあないか。僕なら上手く扱える。君を有効に活用できるんだ。 それとも? かけるくんが助けてくれるとでも?」
「かけるは来ないわ。」
予想外の返答にケイジは思わず眉をひそめた。
そう…かけるは来ないのよ… 自分で何とかしなきゃ。 決めたじゃない。1人でゆみちゃんを助けるって。
ココは体操座りをしたまま、力を入れる。
ココは、自分の目が少しずつ潤んでいくのを感じた。
あれ、なんで… 目が…おかしいな…
ケイジは気持ちを表情に出さず、動きを止めた。
かけるは来ない、だと!? どうなっているんだ。いや、今部下がペテン師に接触しているはずだが…
もしペテン師が本当に来ないのなら…
「もう、要らないな。」
ケイジはうずくまるココに目を向けた。
「君はもう負ける。君は敗者だ。僕に従わなければならない。 こっちにくるんだ。」
ケイジが一歩、ココに近づく。
ココは、ケイジの冷徹な表情に恐れを感じた。
ココの視界が涙でかすむ。
だめよ…泣いたらダメなんだから…。 賭布はまだあるわ。勝負は終わってない。 立たなきゃ。 勝って、万能の秘薬をもらって、ゆみちゃんの病気が治って ー
だから… 立たなきゃ…
ー いけないはずなのに。 どうして… 体が動かないのよ…!
どうして私は ー
ケイジがまた一歩、近づこうと足を踏み出した、その時だった。
バブルの塔の最上階に、衝撃音が響き渡った。
ココとケイジは、反射的にその音の原因である方向を見た。
そこには、扉を蹴飛ばしてたたずむ1人の少年がいた。
ココの瞳がその少年を捉えた瞬間、せき止められていた涙が重力に耐えきれず、頬を伝った。
「 なんで来ちゃうのよ…バカ。 」
かけるは息を切らせながら言った。
「ハア… バカはどっちだ…バカ。」
かけるはココに駆け寄り、華奢な肩をつかんだ。
「なんで1人でこんなとこ来てんだ! お前、賭け事は苦手だろうが!! なのに、なんで…!」
なのになんで…俺はあんなことしてたんだ。 謝らないと…ココに… 俺は…
「ごめんね。」
そう言ったのは、ココだった。
かけるは狼狽した。
「あんなこと言って、ごめんね。」
「な!何言ってんだ! なんでお前が…!」
かけるはココの肩から思わず手を離した。
その時、かけるはある異変に気が付いた。
ココをよく見ると、服を着ていない。
ー ん?なんでこいつ、下着しか着てないんだ…?
「だけど、かける…あんたは…」
はい!とかけるは返事をする。
ココはゆっくりと顔をあげた。顔を真っ赤にして、少し涙ぐんでいる。
かけるは少しのけぞった。しかし、既に遅かった。
「いつまでじろじろ見てんのよ!!ばかァ!」
ココのパンチで、かけるは勢いよく吹っ飛んだ。かけるは危うく、意識を失ってしまうところだったが、なんとか踏みとどまることができたのだった。
「結局殴られるのか…」
かけるはうんざりして赤く腫れ上がった頬をさすった。
するとその時、かけるの中にある疑問が生まれた。
「そういえばお前、人質だったんじゃ…」
「来ると思っていたよ。」
かけるはその声を聞いた途端、はっとした。
目線を移した先に立つ見慣れた男は、眼鏡を持ち上げた。
「随分、長い道のりだった。」
ケイジ ー !?
ケイジはニヤリと笑った。
ケイジがなんでここに…
マリの仲間… オネスト …
リーダー… 人質 …
そうか。ケイジ。お前だったのか…
かけるは状況を理解した。
「お前が… どうして…!」
かけるは眉毛を八の字に曲げた。
ケイジは背を向けて、メガネをあげると、低い声で言った。
「ようやく、君と闘れる。」
「おい!聞いてんのか!?」
「黙れ。」
ケイジはかけるを睨みつけた。レンズ越しに見えるのその目には、暗くて鈍い光が宿っていた。
「姉さんを、助けたくないのか?」
「てめえ…」
かけるは立ち上がった。
「かける!」
ココは耐えきれず叫んだ。かけるが
、怒りというより戸惑いの目をしていたからだ。
「大丈夫だ。俺がゲームで勝てば、それで済む。」
かけるは、下の階で拾っていた上着を、ココに投げた。
ー ウソだ。
ココは直感した。
かけるの奴、すごく動揺してるじゃない!闘っちゃダメよ!
「さあ、始めよう。」
ココの願いも虚しく、ケイジがゲームの段取りを進めていく。
「ルールは同じにするが…どうだい?あれにしないかい?」
「あの時の…ポーカーか…?」
「そう!11本勝負のあれさ!懐かしいなあ!僕は結局、一回しか勝てなかった。」
ココはその言葉に一驚した。
この人かけるに勝ったことがあるの!?そんな…
「そして賭けるものは服なんかじゃない。」
ケイジは口角をあげた。
「 ー 人生だ。」
ゲーム スタート
ゲームは序盤から傾きをみせた。
1戦目、ケイジ、スリーカードで勝利。
ケイジ、1ー0
2戦目、ケイジ、フラッシュで勝利。
ケイジ、2ー0
3戦目、ケイジ、フラッシュで勝利。
ケイジ、3ー0
「あ…ありえないわ!こんなに連続で揃うなんて!イカサマよ!」
ココは思わず叫んだ。
「かける!ねえかけるってば!」
「 ん…ああ。」
かけるは、はっとして顔をあげた。
「しっかりしてよ!このままじゃ負けちゃうじゃない!」
「え…うん。 大丈夫だ…。」
全然大丈夫じゃないじゃない!かける、完全に動揺しまくってるじゃない!どうしよ〜!
「邪魔をしないでくれるかな、ココさん。」
あまりに穏やかな声に、ココは思わず身ぶるいした。
「これは、僕たちのゲーム。幾年も続く、終わりなきゲームに今、決着がつこうとしているんだ。 黙って見守ってやってくれないか?」
「ケイジ…お前は…」
「かけるくん、覚えていますか。」
ケイジはかけるの言葉を遮るようにして言った。
「君は僕に、ポーカーを教えてくれた。全て、君のおかげですよ。 なにもかも…」
君の せいですよ …。
僕は幼い頃から弱気な正確で、外に出ればよくいじめられた。
その度に姉さんがきまって相手をボコボコにしてしまうのだった。
僕は外出を控えるようになった。たまに姉さんとベッドタウンに行くこともあったが、基本は家に閉じこもり、花の世話をしたりしていた。
そんなある日、かける君は家に来た。
最初、かける君は僕にどことなく似ているなと感じた。
だけど、日が経つにつれて、それは違うんじゃないかと思うようになった。
「ケイジ、ポーカーって知ってるか?」
「ポーカー?知らないなー」
「んじゃ、教えるから一緒にやろうぜ。」
かける君は僕にポーカーを教えてくれた。
その後のゲームで、僕は何度も負けた。
次のゲームで、僕は何を思ったのか、ずるをした。
言うまでもなく、僕は初勝利をおさめた。
「すげえ!ケイジ!強いじゃん!」
僕は罪悪感に見舞われながらも、少しばかりの優越感を感じていた。
僕は、勝利の味を知ったのだ。
その勝負を最後に、かける君とポーカーをすることはなかった。
そして別れの日は、突然訪れた。
姉さんが倒れたのだ。僕は何をすればいいのか分からず、ただ姉さんの部屋をうろついた。僕は無力だった。そしてそれを痛感した。
そんな時、かけるは違った。かけるは、大金を抱えて帰ってきた。姉さんの治療費だと言って。
そしてその時、僕の中で、張りつめていた何かがぷつりと音をたてて切れた。
僕は走った。叫んだ。走った。
なんでいつもあいつなんだ。なんでいつも僕は役立たずなんだ。才能なんて、なければいいのに。皆、凡人だったらいいのに。
走れなくなり、僕はコンクリートに倒れこんだ。
涙も声も枯れた。僕はこのまま死ぬんだ。そう思って、目を閉じた時だった。
「君はなぜ、絶望する?」
誰かの、声がした。
僕は、命を拾った。
命の恩人は、僕が回復するとどこかへ行ってしまった。 …ある一つの情報を残して。
ー ペテン師と名乗る男がいる。と。
その人物がかけると知った時、僕は高揚した。
ペテン師を倒すことで、僕は地位を獲得できる。社会にも認められるんだ。
僕はイカサマを極めた。1人の男を倒すために。 いつしか僕は作り笑いしかできなくなった。涙も出なくなった。 完全なるポーカーフェイスを手に入れたのだ。 僕は無敵だ。 ペテン師などもう、目ではない。
それを今日、証明してやる。
4戦目、ケイジ、フラッシュで勝利。
ケイジ、4ー0
僕は、イカサマを使えばポーカーで負けることはない。 フラッシュなら、ほぼ100%ばれずに仕組むことが可能だ。無論、難易度は上がるがフォアカードまでなら高確率で当てることができる。
今の時点で既に4勝。あと2勝で勝利は確定だが… 念には念だ。奴がイカサマを最後までできないようにしてやる。
ー ここであえて負ける。
5戦目、かける、ツウペアで勝利。
ケイジ、4ー1
…どうやら本当に意気消沈しているらしい。
…ペテン師かける…
「僕の気持ちを教えてあげるよ。」
ケイジは言った。
「僕は昔から…君のことが大嫌いだったよ。」
かけるは目を見開く。
「君が憎くてしょうがなかったよ。 殺してやりたいほどだった。 そして今、その願いが… 叶いそうだ。」
カードが場に揃い、一斉に表に変わる。
ケイジのカードは再び、一色に揃っていた。
ケイジ、5ー1
ー 次で、僕の勝ちだ。
ケイジは場のカードを見て、鼻で笑った。
はは。あっけないものだったな。 そうだ、次はフォアカードにしてやろう。 冥土の土産ってやつだ。
「さあ、続けようか、かける君。」
ケイジは慣れた手つきで、手札を入れ替えた。あっという間に、フォアカードが手札に揃った。
「昔、俺に家族ができたんだ。」
そう言ったのは、かけるだった。
「家族は、優しくて、温かくて、安心できた。」
「……」
「そしてお前は、俺の大切な家族だ。」
「何を言っているんだ、君は。」
「だから、俺は待つよ。」
「黙れ!僕はお前と家族なんかじゃない!それに、お前はここで消えるんだよ!」
ケイジは手札のカードを叩きつけた。
「ハハハ!お前の負けだあ!ペテン師ぃ! 早く、その手札を見してみろ!あぁ!?」
かけるは手札を置いた。
「どんなに時間がかかってもいいんだ。それでまた一緒に笑いあえることができるなら ー 」
「終わりだぁ!!」
カードが一斉に、裏返った。
フォアカードが、揃っていた。
そしてそれと向き合って置かれるカードは、ハートに染まり、数字は美しく並んでいた。
ケイジは、唖然とした。
ー ストレート…フラッシュ…!?
「一生かかったって、待ってやる。」
スコア、5ー2




